第2話 絶対に炎上します ①

 ──目の前に、図書室のとびらがあった。

 もう、数え切れないほどの回数開けてきた、そしてじようしてきた見慣れたとびら

 クリーム色の、木製の、ありふれた引き戸。

 ところどころそうがひび割れ、すきにかすかに木目がのぞいている。


「……うおーきんちようする」


 そんなとびらの前で、俺は一人激しくためらっていた。

 この向こうには──がいる。

 水曜の放課後。今週も、俺と彼女の図書委員の日がやってきたのだ。

 つまり……あんな放送をいてしまってから、初めて顔を合わせる日が……!

 あたりにチャイムの音がひびく。図書室を開ける時間だ。

 まだまだきんちようは解けていない。心臓はBPM150くらいで鳴り続けている。


「……でも、もう引き返せねえ……」


 かくを決めると──俺は深く深呼吸した。


「……よし!」


 とびらに手をかけ、勢いよく開ける。

 そして、そのままのスピード感でカウンターへ近づき、


「──おつかれ! !」

「……ああ、おつかさまです、せんぱい


 パソコンを立ち上げていたが、フラットな顔でこちらを見上げた。

 その表情に──もう一度心臓がぎくりとねて、


「……いやー! 今日も暑いな!」

「え、すずしいですけど。ていうか、声裏返ってますよ、どうしたんですか?」

「そ、そうか!? もしかしたら気味だからかも、あははははは……」


 ……やべえ。全然、つうにしゃべれねえ!

 の言う通り今日全然すずしいわ! なんで暑いとか言っちゃったんだ!

 しかも気味ってのもうそだし! 完全に健康体だよ!

 初っぱなからめちゃくちゃじゃねえか!


「はあ……。なら、無理しなくてもいいですよ。つらいなら、早めに帰っていただいて」

「いやいや、そこまでじゃないからだいじよう!」

「そうですか?」

「うん。だから、つうに仕事はしてくよ!」

「……わかりました」


 こくりとうなずく。よかった、なつとくはしてもらえたらしい。

 かばんをカウンターにしまいながら、俺は気合いを入れ直す。

 よし……がんばるぞ!

 ぐずぐずになったけど。一発目から派手につまずいたけど、今さらすわけにもいかないんだ。

 あんな放送をいちゃった上……にも大口をたたいちゃったんだから!


       *


「おはよう……」

「おはようお兄……って、どうしたの!?」


 ──放送をいた、翌朝。

 いつものように自室を出て、いつものようにリビングに着くと。

 先にテーブルでごはんを食べていたが、こちらを見て目を丸くした。


「めちゃくちゃ……ねむそうだけど」


 の言う通り──そくだった。

 例の配信でどうようしたせいで、ほとんどいつすいもできていなかった。

 ねむろうとしてとんに入り目をつぶっても、頭の中でサキのセリフがエンドレスリピート。ねむが来るどころか、むしろみようにドキドキして目がえる一方だった。


「いやあ……ちょっとびっくりすることがあって。昨日、ほとんどねむれなかった。ふぁああ……」


 あくびをしながら、俺もとなりの席に座る。

 今日の朝ご飯は……和食らしい。

 ご飯に焼き魚、ほうれん草にやつこ、ネギのしる……。

 そくつかの胃には、こういうご飯が一番ありがたい……。


「……ああそうだ、夜のうちにギターっといた。メールしたから、いておいて」

「それはわかったけど……なにがあったの?」


 手にちやわんを持ったまま、がこちらをのぞんでくる。


「びっくりすることって、どういう?」


 ちょっと迷ってから……俺はに打ちあけてみるかと考える。

 内容的にていこうあるけど……こいつになら、相談できるんじゃないか。

 しかも、的確なアドバイスをもらえそうな気もする。

 身内ながら、俺は内心かしこさにしんらいを置いているのだ。


「……それがさ。なんか、知り合いがやってるっぽいネットラジオ見つけちゃって。しかもその中で、俺のことっぽい話してて……」

「話ってどんな? まさか、悪口?」

「いや、悪口とかじゃなくて……やや好意的な感じの……」

「へえ。ならよかったじゃん。わたしがラジオで悪口言われてたら、マジギレしちゃうもん。再起不能になるまで追い込んじゃう」

こわ……。再起不能て……」

「学校はとうめいな戦場なんだよ。生き残ろうと思ったら、報復が必要になることもあるのです」

「どういう世界観で生きてるんだよ、お前は……」


 しかも、そう言うがおは『前線で戦う兵士』ってより『部隊を動かす指揮官』だったぞ……。

 マジでこええよ……。学校でどういうポジションなんだ、……。


「……とにかく、それでなやんでて。これからそいつとどう接すればいいんだろうって考えたら、ねむれなくて。ああ~、どうすっかなあ~……。放送いたよ、っていうのも気まずくなりそうだし。かくしたままっていうのも罪悪感あるし……」


 そう、身のかたが難しいのだ。

 ぐうぜんとは言え配信をいてしまった。知らぬ存ぜぬでいるよりも、できればはっきり相手に伝えてしまいたい。俺の性格的にも。

 けれど……今回、内容が内容なわけで。

 どうも、俺のことを……好きっぽい……話をしていたわけで。

 さすがに本人に「おうおうおう、いたぜ~!」みたいな感じでいくわけにはいかない。

 じゃあ俺は、これからにどうやって接すれば……。


「んー。ちなみにそれって」


 と、なやむ俺にが言う。


「100%相手がその人って、確定した感じなの? フルネームで本名名乗ってるとか、その人しか知らない情報話してるとか」

「ああ……そういうわけじゃないんだけどな」


 確かに、絶対のしようがあるわけじゃない。

 個人的には確定だと思っているし、あそこまでしようそろって他人だってことはほぼないとも思っている。それでも、100%かといえば、そこまでは言い切れない。


「だったらまずそこじゃない? それっぽい話題で反応を見たりして、確証がつかめるかどうか」


 言いながら、ご飯を食べ終えたはしを置く。


「ごちそうさま」

「なるほどなあ。まずはそこからか……」

「うん。で、やるならしんちようにね」


 席を立ち台所に食器を運びながら、はこちらににやりと笑った。


「お兄、そういうのめちゃくちゃ下手そうだし」

「そ、そんなわけねえだろ! むしろ得意だよ、きは……」

「でもさ、相手って、昨日言ってた例の冷たいこうはいでしょ?」

「うぇ!?」

「しかも、彼女に好意的に見られてて、どうようしてるんでしょ? そんなじようきようで、うまく立ち回れるかなー」

「な、なんでわかるんだよ!? のことって……。俺、一言も言ってないよな!?」


 思い返してみるけれど……うん、やっぱり言ってねえぞ!

 こうはいだとか、話題のあいつだとかそういうことは。なんなら、女子だってことさえ言ってないはず。なのに、なんでは……。

 混乱する俺に、


「……ほらー、ひっかかった」


 心底楽しそうには笑う。

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恋は夜空をわたって2の書影
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