突拍子もないことを、俺がいきなり聞き始めたみたいな空気……。
「……ほらー、その! 配信者って、今たくさんいるだろ?」
焦った俺は、口からでまかせで適当なことをしゃべる。
「だから俺も試しにやってみたくて。もし、詳しかったらなにか教えてもらえないかなって、思ったんだけど……」
「すいません、ならお力になれそうにないですね」
「そっかそっか。そうだよな、うん……」
さらに彼女は、作業の手を止めこちらを向き、
「それに、先輩には配信、あまりおすすめできないですね」
「なんで?」
「絶対に、不用意なことを言って炎上します」
ごく真面目な顔で、はっきり言い切る御簾納。
言い返そうとしたけれど、とっさにそんなことないと言おうとしたけれど。
……思い出されるのは、さっきまでの俺の不用意発言の連発だった。
「……くそ、反論できねえ」
悔し紛れにそうつぶやくと、俺は諦めてブックカバー作業に集中し始めたのだった。
*
──その日の夜。俺の自室にて。
スペースキーを押し、DAW──音楽制作ソフトの再生を止める。
真面目な顔をしていた二胡がヘッドフォンを外し、柔らかそうな頰をほころばせた。
「うん、やっぱりいいよ、この曲。次は、これにしよう!」
「おう、わかった」
その表情に、思わずこっちも笑顔になってしまう。
普段はなんだか底知れない俺の妹だけど。こういうときには年相応の、素直にかわいい表情も見せてくれるんだよな。
ずっとこの感じでいてくれねえかなあ。無邪気で素直な妹でさ……。
「じゃあこれで、ひとまずワンコーラス作ってみるわ」
「お願いね。……そうそう、ところでさ」
と、二胡はキャスターを軋ませこちらにグッと近づき、
「例の、後輩の子に探り入れるの、どうだった? うまくいった?」
「ああ、あれな」
……まあ、当然その話題になるわな。
二胡にもあんな風に啖呵切っちゃったわけだし。
けど、ニマニマ笑うその顔な……。
あっさり無邪気&素直モードが終了して、兄ちゃんちょっと悲しいよ……。
「やってみたんだけど、うん。やっぱり俺の勘違いだったっぽいわ」
とは言え、素直にそう結論を話した。
「あの放送、御簾納じゃなかったんだと思う」
「そうなの? なんで?」
「結構深めに探ったんだけど、全然動揺してなかったんだよ。で、考えてみれば、やっぱりあいつのキャラと、放送内容が全然合ってないんだよな。だから、うん。別人だ。あの配信は」
そう、あれから色々考えてみて、結局そういう考えになったのだ。
いくら御簾納といえども、もしも本当に配信をしていたなら。しかも、その中に話題にしていた相手に「配信したことある?」なんて聞かれたら、さすがに動揺すると思う。なんかちょっと、態度が変わったりすると思う。
けれど──御簾納はいつも通りだった。
誇張でもなんでもなく、マジでまったく普段と変わらなかった。
だから……多分、偶然似てただけなんだ。
声がそっくり、立場もそっくりの女の子がたまたま配信していただけ。
ドッペルゲンガー並に自分に似てる人は世界に三人いる、みたいな話を聞いたことがある。サキは、御簾納にとってその声バージョンみたいなもんだったんだろう。
先輩と一緒に帰れなくて落ち込んでいる女子高生だって、多分あの日だけで日本国内に数千人くらいいたんじゃなかろうか。そのうちの一人の配信を、たまたま俺が聞いちゃっただけなのだ。
そういう風に、俺は理解した。
だけど、
「えー……。なんか納得いかない」
二胡はそう言って頰を膨らませている。
「どうせお兄、めちゃくちゃ下手くそに探ったんじゃないの?」
「失礼なやつだな! ちゃんとできたって!」
まあ、結構なミスもしたけどな。会話ぐちゃぐちゃでひどいもんだったけど。
でも、探るの自体はちゃんとできたはずだ。
あれ以上に、なにかできることがあったとは思えない。
それでも、二胡は諦めきれない様子で、
「でも、今日もまた配信あるんでしょ?」
こちらを覗き込み食い下がってくる。
「だったら、それ聴いてもう一回考えてみなよ。もしかしたら、やっぱりあいつかも、って思うかもしれないし」
「んん……」
腕を組み、咳払いして考える。
確かに、前回の放送から一週間。今夜もまた、サキが生配信をするはずだ。
「まあ、それは別に、構わないけどさ……」
もう一度聴いたって、なにか損するわけでもないだろう。最後の確認の意味でも、今夜も配信をチェックするのはアリだと思う。それで、最終的に判断をする、っていうのは。
「そっか。じゃあまた、それでどうだったか教えてよ」
「おう、わかった」
仕方ねえな、風にうなずきつつも……同時に、俺はちょっとうれしい気分な自分に気付く。
正直なところ……俺は今夜も、放送を聴きたいと思っているのだ。
先週偶然見つけたあの配信を、今週も聴きたい。
サキの放送は、単純に聴いていて心地好かった。話は面白かったし、考えさせられる部分もあった。あの声とトークを、もう少し聴いていたかった。
──つまるところ。
俺はサキの配信を、純粋に楽しみにしているのだった。
*
──スピーカーから、BGMが流れ出した。
先週も耳にした、お洒落で穏やかなリズムマシンのビート。
それが一度小さくなってからかすかに大きくなり──、
「始まった……!」
──俺は、そのスマホの向こうで。
電波を隔てたどこかの部屋で、サキが配信の音量調整を始めたのを実感する。
そして、数秒後。
『……あー、どうでしょう』
そんなサキの声が、スマホから響いた。
『音量、大丈夫でしょうか? 声大きい? 少し下げます……はい……』
先週も聴いた、落ち着いた声。
御簾納によく似た──というか、やっぱり本人にしか聞こえない、かわいらしい響き。
けど……これは他人なんだ。
図書室で確認した通り、別人の声なんだと自分に言い聞かせるように考える。
『ということで、恋はわからないものですね。みなさんこんばんは、サキです。今週も、ラジオ「恋は夜空をわたって」を、やっていきたいんですが』
と、彼女はそこで息をつき──、
『……ねえ皆ー!』
「うおっ!?」
──大声だった。
サキが、初めて聴く大声を上げた。
ビビるあまり、身体がびくっと跳ねた。
『今日は……ちょっとヤバかった。本当にヤバかった……』
嚙みしめるように。震える声でサキは言う。
『ごめんなさい、まずはその話、させてもらっていいですか?』
「どうした……? なんだ、このテンション……」
『あのね、好きな人に……例の彼に、配信がバレたかもしれなくて!』
「ええっ!?」
『今日また、二人になる時間があったので、少し話をしたんです……』
サキは、親しい友人に相談するような口調で話を続ける。