第2話 絶対に炎上します ③

 とつぴようもないことを、俺がいきなり聞き始めたみたいな空気……。


「……ほらー、その! 配信者って、今たくさんいるだろ?」


 あせった俺は、口からでまかせで適当なことをしゃべる。


「だから俺もためしにやってみたくて。もし、くわしかったらなにか教えてもらえないかなって、思ったんだけど……」

「すいません、ならお力になれそうにないですね」

「そっかそっか。そうだよな、うん……」


 さらに彼女は、作業の手を止めこちらを向き、


「それに、せんぱいには配信、あまりおすすめできないですね」

「なんで?」

「絶対に、不用意なことを言ってえんじようします」


 ごく真面目な顔で、はっきり言い切る

 言い返そうとしたけれど、とっさにそんなことないと言おうとしたけれど。

 ……思い出されるのは、さっきまでの俺の不用意発言の連発だった。


「……くそ、反論できねえ」


 くやまぎれにそうつぶやくと、俺はあきらめてブックカバー作業に集中し始めたのだった。


       *


 ──その日の夜。俺の自室にて。

 スペースキーを押し、DAW──音楽制作ソフトの再生を止める。

 真面目な顔をしていたがヘッドフォンを外し、やわらかそうなほおをほころばせた。


「うん、やっぱりいいよ、この曲。次は、これにしよう!」

「おう、わかった」


 その表情に、思わずこっちもがおになってしまう。

 だんはなんだか底知れない俺の妹だけど。こういうときには年相応の、なおにかわいい表情も見せてくれるんだよな。

 ずっとこの感じでいてくれねえかなあ。じやなおな妹でさ……。


「じゃあこれで、ひとまずワンコーラス作ってみるわ」

「お願いね。……そうそう、ところでさ」


 と、はキャスターをきしませこちらにグッと近づき、


「例の、こうはいの子にさぐり入れるの、どうだった? うまくいった?」

「ああ、あれな」


 ……まあ、当然その話題になるわな。

 にもあんな風にたん切っちゃったわけだし。

 けど、ニマニマ笑うその顔な……。

 あっさりじやなおモードがしゆうりようして、兄ちゃんちょっと悲しいよ……。


「やってみたんだけど、うん。やっぱり俺のかんちがいだったっぽいわ」


 とは言え、なおにそう結論を話した。


「あの放送、じゃなかったんだと思う」

「そうなの? なんで?」

「結構深めにさぐったんだけど、全然どうようしてなかったんだよ。で、考えてみれば、やっぱりあいつのキャラと、放送内容が全然合ってないんだよな。だから、うん。別人だ。あの配信は」


 そう、あれから色々考えてみて、結局そういう考えになったのだ。

 いくらといえども、もしも本当に配信をしていたなら。しかも、その中に話題にしていた相手に「配信したことある?」なんて聞かれたら、さすがにどうようすると思う。なんかちょっと、態度が変わったりすると思う。

 けれど──はいつも通りだった。

 ちようでもなんでもなく、マジでまったくだんと変わらなかった。

 だから……多分、ぐうぜん似てただけなんだ。

 声がそっくり、立場もそっくりの女の子がたまたま配信していただけ。

 ドッペルゲンガー並に自分に似てる人は世界に三人いる、みたいな話を聞いたことがある。サキは、にとってその声バージョンみたいなもんだったんだろう。

 せんぱいいつしよに帰れなくて落ち込んでいる女子高生だって、多分あの日だけで日本国内に数千人くらいいたんじゃなかろうか。そのうちの一人の配信を、たまたま俺が聞いちゃっただけなのだ。

 そういう風に、俺は理解した。

 だけど、


「えー……。なんかなつとくいかない」


 はそう言ってほおふくらませている。


「どうせお兄、めちゃくちゃ下手くそにさぐったんじゃないの?」

「失礼なやつだな! ちゃんとできたって!」


 まあ、結構なミスもしたけどな。会話ぐちゃぐちゃでひどいもんだったけど。

 でも、さぐるの自体はちゃんとできたはずだ。

 あれ以上に、なにかできることがあったとは思えない。

 それでも、あきらめきれない様子で、


「でも、今日もまた配信あるんでしょ?」


 こちらをのぞみ食い下がってくる。


「だったら、それいてもう一回考えてみなよ。もしかしたら、やっぱりあいつかも、って思うかもしれないし」

「んん……」


 うでを組み、せきばらいして考える。

 確かに、前回の放送から一週間。今夜もまた、サキが生配信をするはずだ。


「まあ、それは別に、構わないけどさ……」


 もう一度いたって、なにか損するわけでもないだろう。最後のかくにんの意味でも、今夜も配信をチェックするのはアリだと思う。それで、最終的に判断をする、っていうのは。


「そっか。じゃあまた、それでどうだったか教えてよ」

「おう、わかった」


 仕方ねえな、風にうなずきつつも……同時に、俺はちょっとうれしい気分な自分に気付く。

 正直なところ……俺は今夜も、放送をきたいと思っているのだ。

 先週ぐうぜん見つけたあの配信を、今週もきたい。

 サキの放送は、単純にいていてここかった。話はおもしろかったし、考えさせられる部分もあった。あの声とトークを、もう少しいていたかった。

 ──つまるところ。

 俺はサキの配信を、じゆんすいに楽しみにしているのだった。


       *


 ──スピーカーから、BGMが流れ出した。

 先週も耳にした、おしやおだやかなリズムマシンのビート。

 それが一度小さくなってからかすかに大きくなり──、


「始まった……!」


 ──俺は、そのスマホの向こうで。

 電波をへだてたどこかの部屋で、サキが配信の音量調整を始めたのを実感する。

 そして、数秒後。


『……あー、どうでしょう』


 そんなサキの声が、スマホからひびいた。


『音量、だいじようでしょうか? 声大きい? 少し下げます……はい……』


 先週もいた、落ち着いた声。

 によく似た──というか、やっぱり本人にしか聞こえない、かわいらしいひびき。

 けど……これは他人なんだ。

 図書室でかくにんした通り、別人の声なんだと自分に言い聞かせるように考える。


『ということで、こいはわからないものですね。みなさんこんばんは、サキです。今週も、ラジオ「こいは夜空をわたって」を、やっていきたいんですが』


 と、彼女はそこで息をつき──、



『……ねえみなー!』

「うおっ!?」


 ──大声だった。

 サキが、初めてく大声を上げた。

 ビビるあまり、身体からだがびくっとねた。


『今日は……ちょっとヤバかった。本当にヤバかった……』


 みしめるように。ふるえる声でサキは言う。


『ごめんなさい、まずはその話、させてもらっていいですか?』

「どうした……? なんだ、このテンション……」

『あのね、好きな人に……例の彼に、配信がバレたかもしれなくて!』

「ええっ!?」

『今日また、二人になる時間があったので、少し話をしたんです……』


 サキは、親しい友人に相談するような口調で話を続ける。

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恋は夜空をわたって2の書影
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