1 日常a ②
「あれ、今日は観客がいないね。いつもはこのゲームニヤニヤして見てるのに」
「
女子生徒が言った。彼女は由紀の後ろの席で教科書を開いている。すでにほとんどの生徒が登校しており、席で勉強をする姿が多かった。
「えー、どうしよう」
由紀が悲しげな表情で福原に訴えた。
「由紀がいまさら
「君はいいよね。のんびり植木鉢に水をやっていてもいい点数が取れるんだからさ」
「いいから、続けようぜ。このテストの点が原因でお
「……絶対だよ」
福原は窓の外を見た。大きな雲がゆったりと流れていた。鳥の
「……あのさあ」
福原は外を見たまま口を開いた。
「うーん、もうちょっと待ってね。ここがターニングポイントだから。
「なあ由紀」
「え、どうしたの?」
声のトーンの変化に気づいたのか、由紀がいぶかしげに顔を上げた。
「
「……はあ?」
「だから、超能力が使えたりしたらどうする?」
福原は由紀の目を見つめて言った。
「超能力……あはは」
由紀が
「よし、ここはレオパルドを発進させちゃおう……あれ、私のタンクがない」
「ほら、レオパルド。これを動かすと思った」
福原はタンクの駒を放り投げた。
「あれ? さっきまで盤上にあったのに」
「俺って最近変なんだよな」
「ずるしたでしょ。前だってそんなこと言ってたじゃん。
「変な夢も見るんだよな。やけにリアルな映像のような」
「……また
「妙に心臓の
「カフェインの取りすぎじゃない?」
「由紀がそう言うなら気のせいかな」
福原はため息を
「でもさ、超能力使えたりエスパーだったりしても、君は君なんだから、超能力使ってずるしたりしなきゃ、こうして遊んであげるからさ」
「……そっか」
「気をつけな、そういうのって人に言っちゃいけないらしいよ。実は私も未来から来ているんだけど、
「タイムマシーンに乗って?」
「そこらへんの設定は秘密だよ。でもね、この総合チェスで負けるたびに時間を戻しているから、絶対に私が勝つわけなんだよね、エヘヘ」
「へーえ、ラベンダーの香りがしそうな話だな……よし、ランサーを動かす。
「ちょっと待ってよ。うーん、あ、食べてていいから」
由紀が弁当箱を差しだしたので、ハーブの香りのするチキンをつまんだ。
「うまいよ。このチキンのコックに愛してるって伝えてくれていい」
「チキンを作った三丁目の肉屋さんの主人に?」
「由紀の
「それ、
見ると、由紀がじっとこちらを見つめていた。
「なんで?」
「だって、速水君も飲んでるもん、そのインフレコーヒー」
由紀が、コーヒーを飲んでいる速水
速水の周囲は人がいなかった。
連帯感のあるこの一組において、距離感のある生徒は速水を含めて二人いる。言い換えれば、二人しかいないとも言えるが。
ちなみに、由紀の言うインフレコーヒーとは、この学校の三階の
「
福原は雑談している男子生徒たちを見た。青いパッケージの缶コーヒーを持って
「あれは遊びで取ったやつでしょ。ロッカーに入れて
「意外にクセになる味なんだよ」
「……うぐう、飲めないよ」
由紀が一口飲んで首を振った。
「君と
由紀が、後ろの席で教科書を広げていた女子生徒に缶を渡した。
「いろいろ成分が入っててまずくなってるんだな」
「えー、何が入ってるのお? うわあ、まずいね、これ」
コーヒーを飲んだ彼女が言った。
「あっちのほうがすごくなるやつ。だから、
「ふへへっ、ちょっと興味あるなあ」
彼女はコーヒーを
「俺がいろいろ教えてやるよ。ローションプレイとパンストプレイは両立できないとか」
「もう、やめなよ福原」
「由紀といろいろ研究したんだよな。見せ合ったりし、
「それは大昔のことでしょ。君がそんなことばっかり言うから、クラスの女の子たちが私をからかうんだよ。違うんだからね。福原のお姉ちゃんと仲がよかったの。お姉ちゃん、すごく
「その話になると、すごくむきになるねえ」
女子生徒が由紀の
「あーあ、汚いなあ。セーラー服がコーヒーで汚れちゃってるじゃん」
「大丈夫だよ。そのコーヒー、コーヒーっぽい飲料水だから洗うと落ちるから」
由紀は机を
「……あんまりさ、いい
「速水と? 別に仲良くもないけど」
「でも、たまにひそひそ話したりしてる。それで、よくコーヒーとかガムとかもらっているでしょ」
由紀は不満げだ。
「インフレコーヒーは当たったから、もらっただけだよ。逆に断ると
「コーヒーなら私があげるよ。飴とかガムとかもあるし。みんながいろいろくれるから机がいっぱいで困っちゃう。みんないつも私がお
「……もしかしていろいろ困ってる?」
「なんで?」
「だって、ほら、もともとお姉さんとふたり暮らしだったのに。ねえ、よかったら、うちの親に相談しようか…………ごめん」
由紀が目を伏せた。



