一.御柱ノ少女 ⑤

「それが、私には何も──ないないのお話のようなのです。まずはレミギウス様にお会いしてからとおおせでした」


 着替えを終えながら、レミギウスはおうよううなずいた。

 寝室を出ると、廊下を抜けたしつしつから明かりがれていた。じんの住むいちぐうは、神殿の中にありながら、一つの家のようなていさいをもっている。執務室に入るのにも、外の廊下で衛兵の制止を受ける。コウきようを先に通したのは、従者であるメイヤーのてんらしい。

 レミギウスが執務室に入ると、そこには背の高い見慣れた影がたたずんでいた。

 しんかんのフードをぶかにおろし、影はゆっくりとレミギウスに向き直る。


「──お休みのところ、申し訳ありません。レミギウス司教」


 澄んだ青年の声だった。こわは極めてやさしいが、それでいて不思議なげんを感じさせる。

 レミギウスは、かしこまって一礼をした。メイヤーはそばに控える。


「いえ、まだ眠ってはおりませんでしたから──それより、何かございましたか」


 影の主であるコウ司教は、フードで顔をかくしたまま、ゆっくりと頷いた。


「ついさきほど、御柱ピラーの響きを感じたのです。おそらくは、来訪者ビジターかたが参られたものかと」

「……来訪者ビジター?」


 レミギウスは問い返し、数秒ほどもってから、大きくそのを見開かせた。


来訪者ビジターですと!? 確かなのですか!?」


 とし甲斐がいもなく、声がうらがえった。コウ司教が、ことさらにゆっくりと頷く。


「その可能性が高いかと思われます。ここしばらく、くだんゆうれいうわさを受けて、注視しておりましたところ──ついさきほど、人には知覚できぬ響きと光が、私達の一族には感じられました」


 コウはみつだんをするように、その声音を低く落とした。


「ですがレミギウス様、落ち着いてくださいませ。貴方あなたにとっては初めてのことでしょうが、これはこの世のことわりのようなもの──平静に、言い伝えの通りにたいしよすればよいのです。私もはしらもりの一族として、そのお手伝いをいたします。ただ──」

「ただ……?」


 レミギウスは息をんで、次の言葉を待った。かたわらのメイヤーはわけがわからない様子だったが、立場上、口をはさむこともできずに押し黙っている。

 コウ司教は温和な声で続けた。


かんじん来訪者ビジターかたが今、どこにいるのかがわからないのです。私は異変を感じてすぐに柱の元へ急いだのですが、すでにどなたもおられませんでした。しかし、何者かがいたらしく、ランプと血のあとが残っておりまして」

「血の跡……」


 レミギウスはうめいた。


「では、衛兵のだれかが、来訪者ビジターに剣を向け……?」


 コウは、フードに隠れた頭を小さく左右に振った。


「わかりません。ですが死体もありませんし、おそらくは神殿の中で、まいになられているのではないかと思うのです。ランプのことはよくわかりませんが、だれかが置き忘れたものか、来訪者ビジターかたが持っていたものか──ともあれ、取り急ぎ衛兵のご協力をお願いしたく思います」


 コウきようの依頼に、じんレミギウスは力を込めてうなずいた。


うけたまわりました。では、コウ司教はここでお待ちください。見つかりだい、ご連絡いたします」

「よろしく頼みます」


 頷くコウに一礼を残して、レミギウスは足早にしつしつを出た。

 部屋を出るなり、メイヤーが小声にささやく。


「レミギウス様、あの──」

「何も聞かないでください、メイヤー。今の貴方あなたには、まだくわしくは話せません」


 レミギウスは緊張した声でそう告げた。


「神の御心か、それとも気まぐれか……いずれにせよ、これは神殿のみつかかわることなのです。くらいがあがれば、貴方もいずれ、知ることになるかと思います。それまではお待ちなさい」


 祖父のかたくなな言葉を受けて、メイヤーは小さく首を縦に振った。


「そう、これは──昔から、まれにあることなのです。とりたてて、騒ぐほどのこともない……」


 レミギウスは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 そして、衛兵達にしんしやの〝保護〟を直接命ずるべく、そのあしつめしよへと向けた。


       +


 たいの知れない少女を寝台ベツドに横たえると、フェリオはまず、彼女の傷口を確かめようとした。ズボンとながそでからなる白い衣服は、しかし腰の部分でも分かれておらず、上下が一つながりになっている。脱がし方もよくわからない。

 素材はちりめんに似ていたが、表面は水をはじく性質があるらしく、血があまりみていなかった。その代わりに、血は服に吸われず外へ流れ、たちまちにシーツを黒く染めていく。どうやら服の中にまっていた血が、寝かせたことで外にあふれたらしい。

 少女をかついできたフェリオの体にも、その血は付着していた。

 少女の両腕には、柱の中で光っていたうでがある。間近で見れば、かざのない、ごくシンプルな白い腕輪だった。金属のようなこうたくはあったが、それ単体で光を発しそうには見えない。

 りようを呼びにやらせたエリオットは、まだ来ない。

 フェリオは腕輪を気にしながら、部屋に備え付けのランプを一つ取り外し、少女の身を照らした。

 あおけにさせた少女の体に視線をえ、傷のありそうな場所を探す。

 ひときわに血の多い腹部を探ると、その部分で服が薄く切り裂かれているのがわかった。えいな刃物で真一文字に裂かれたそこが、出血の元と見て間違いない。

 フェリオは服の切れ目に短剣ダガーわせ、傷を広げないよう、しんちように服だけを裂いた。ランプをそばに置き、布で血の汚れをぬぐいながら、薄暗い中に傷口を探す。

 少女の白いはだは、目を見張るほどになめらかだった。

 ──滑らかすぎて、〝傷口〟がまるで見当たらない。

 フェリオはまゆをひそめた。

 他に衣服の裂けている場所がないかと探したが、血のみからしても、腹部のそこ以外に大きな傷があるとは考えにくかった。しかし、実際の少女の身には傷口らしきものがない。

 フェリオは衣服の裂き目をさらに広げて、その肌にらした。

 わきばらに、かすかに細い古傷の跡はあった。だが、すでに傷口としてはふさがって久しいものである。血など出ているはずもない。

 首をかしげるフェリオの耳に、廊下側からの足音が聞こえた。


「フェリオ様。りようのクゥナ様をお連れいたしました」


 エリオットの声が響いた。連れられてきたのは、フェリオも顔を知る神殿の施療師である。

 フェリオは、すぐに声を返した。


「あぁ、お通ししてくれ」

「はい。クゥナ様、では、こちらへ」


 エリオットが寝室のとびらを開けるや、施療師の娘がしやくと共に入ってきた。

 にゆうな微笑をたたえた、人の好さそうな顔立ちの娘である。

 身にまとった白くせいじようころもは施療師の仕事着で、しんかんが着る長衣ローブとは異なっていた。上はながそでだが、腕が動かしやすいよう、肩の部分だけがしゆつしている。下は左右に深く割れたスカートで、動きやすさと清潔感を重視したしようとなっていた。

刊行シリーズ

空ノ鐘の響く惑星で外伝-tea party’s story-の書影
空ノ鐘の響く惑星で(12)の書影
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