第一章 保父になりたい男 ④

「というわけなんだ。僕達のテニスサークルに入らないかい? 週に二回、うちの大学のテニスコートでやるんだ。先輩後輩の区別もないし年に二回、しんぼくを深めるためかるざわの僕のべつそうで合宿するイベントもあるんだ」


 負けた。

 鈴雄はがっくりとこうべれた。

 格の違いというものを思い知らされた。

 自分は別荘どころか車すらない。

 もりもとが今着ているような洒落しやれた服も、高そうな腕時計も、キラリと光る歯すら持っていない。

 クールなボイスも持っていなければ身長もない。


「さぁとりあえずどこか喫茶店にでも行こうか? そこで話をしよう」


 森本はごういんあさの腕をつかんだ。


「あの、申し訳ございませんが私今、こちらの方とお話を」

「いいじゃないですか。そんな人」

「でも」

「さぁ」

「でも」


 朝香はていこうりを見せている。

 さすがに鈴雄もここでだまって見ているわけにはいかない。

 ここで黙って見ていたらオチンチンを切り落とされてももんは言えない。

 ワルガキ専の男はやっぱりなよなよしたやつばかりだと後ろ指差されてしまう。


「ちょっと待ってくださいよ」


 鈴雄は勇気を振りしぼるとその二枚目に近寄った。


「なんだね君は」


 森本が向けた視線。

 それはべつだった。

 自分より頭悪い奴、自分よりも金持ってない奴、自分よりもルックスがおとる奴、自分よりも身長が低い奴。

 悲しいことにすべて当てはまっていた。

 鈴雄はたんにおよび腰となる。

 一度は上がった勇気バロメーターがぐぅぅぅぅぅんと下がった。


「いえ、そのあの。その。彼女いやがっているようだし」

「子育て研究サークル?」


 森本は鹿にしたような目でそのおめでたい旗をいちべつした。


「こんなサークルより僕達の所の方が面白いよ。君も入るかい」


 もりもとすずの頼りないかつこう、ひ弱な手足をいちべつして、


「ちょっと君にはかなぁ。あんまし運動できる方じゃないだろ」


 なんて笑いやがった。

 高校時代体育の授業中テニスの硬球を顔面で受けとめてまみれになったにがい経験を持つ鈴雄は言い返したくとも返せない。


「さ、車へどうぞ」


 さらわれてゆくあさを鈴雄はくちびるをへの字に曲げつつ涙目で見つめた。

 どうして世の中はこんなにも不公平なのだ。

 そう自問しつつ。


「あ~~~~~~もうまんできない!」


 とつじよ、そんな叫び声が響いた。


「ざけんじゃないわよ! このスケコマシろうが!」


 鈴雄がき出したい言葉をだいべんしてくれる人物がいた。

 初め鈴雄はそのパンチのいた言葉がだれから発声されたのか分からなかった。

 女の声だった。

 自分ではないことは確かだ。

 当然森本でもないだろう。

 あたりに人影はない。

 と、いうことは…………。

 鈴雄は信じられないといった顔で朝香の後ろ姿を見つめた。

 朝香は森本の手を振りほどいた。


「あんたのような鹿こんたんなんかとっくに分かってるのよ」


 やはり朝香だった。

 森本もぼうぜんと目をぱちくりさせている。


「あわよくばどっかのホテルに連れ込んで×××で×××で×××んなことまでやらせて、ついでに△△△で△△△なら△△△しようとでも考えてるんでしょ」


 横で聞いていてもほおが赤くなってしまうような言葉をれんする朝香。

 かみをかき上げた朝香の顔がかい見える。

 そこには清純とかせいとかそういったたぐいの言葉は見られなかった。

 動物的で攻撃色の強いひとみの光が鈴雄にも確認できる。


「さっさとその玩具オモチヤに乗り込んでさるやまへ帰りなさいよ。しないうちにね」

「な、な」


 森本は口をぱくぱくさせた。

 とつぜんあさひようへんぶりに言葉を失っているのだ。


「それにしてもくだらないものに乗ってるわね」


 朝香はツカツカと車に近寄るとかかとを振り上げてそのドアにきようれつりを入れた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 森本が叫び声を上げて蹴りを入れられた部分に飛びついた。

 そして絶望的な声を上げた。


「傷がついてる!」

「傷がこわけりゃこんなものに乗らなきゃいいのよ。いやがる女の子を車に乗せようとする。それが悪い事だってことくらい幼稚園生でも知ってるわよ」


 森本はゆがめた表情を朝香に向けた。

 いつたん理性が切れるとこの手のタイプはさくらんするのだろう。

 こぶしにぎり締めて朝香に向かった。

 危ない!

 鈴雄があわてて飛び出したがそれは必要なかった。

 朝香はただものではない身のこなしでその拳をするりとかわすと軽く身をかがめた。

 チ~~~~~ン。

 手を合わせたくなるようないい音が響いた。



 あさきようれつなひざりが男のとっても大切な部分を直撃したのだ。

 もりもとは自分のお守り袋を両手で押さえつつ顔面そうはくの状態でその場にへたりこんだ。


「女の子に暴力を振るおうとする。最低の男よね」

「ぐぐぐっくく」


 森本は体をるようにして車へ乗り込む。

 もんの表情のままエンジンをかけた。


「覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 痛みを押し殺しての叫びか、かすれた台詞ぜりふが四月のすがすがしい空気を駆け抜けていった。


「どこいってもああいう鹿な男っているのよね」


 朝香はポケットから取り出したゴムバンドで長いかみたばねた。

 活発さにはくしやがかかる。


「さてと」


 朝香は肩越しに振り返ってすずを見た。

 そのするどい目つきに、鈴雄はせんりつした。

 彼女が先程までのお人形さんのような少女と同一人物とはとても思えないはくというものがあった。


「あんなやつに比べたらあんたの方が多少はマシだけど」


 そこで朝香は鼻をフンと鳴らした。


「情けないわね。それだからワルガキ専の男はオカマだって言われるのよ」


 もののような鋭い言葉は鈴雄の心臓をグサリとつらぬいた。


「さてと、鈴雄とかいったわね」

「は、はい」

おれさあ。こんな形でもいちおう保母さん目指してるのよ」

「はぁ」

「でもさ。学生時代から馬鹿やってたような保母さんなんて世間が認める思う」

「さぁ」

「だからてつていてきネコかぶろうって決めてたわけ。でもしてできるもんじゃないわね」

「はぁ」

「止めた止めた! 猫かぶるの止めたわ。たった一日でもうこりごり。十年分くらいつかれた」


 朝香は大きくびをした。


さるしばなんて疲れるだけって分かっただけでも今日一日はじゃないわ」


 朝香は言いたいだけ言うともう一度伸びをした。

 鈴雄はというと最初抱いていた朝香のイメージと現実のギャップにいまだ精神の安定が保たれていない。


「それじゃ」


 あさは右手を突き出した。

 すずはにのような顔をしている。


「男ならシャキッとしろよシャキッと!」


 朝香はごういんに鈴雄の手をにぎると上下にぶんぶんと振り回した。

 そしてするどい目を鈴雄にえたまま、


おれの名前言ってみな?」

「はぁ」

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