長い間、ずっと捜していた。他のどんなロボットにも興味はなかった。いいロボットを捜してやるとしつこく持ちかけるおせっかいなドールマスターもいたし、ロボットなしの半端者とずいぶんいじめられた。それでも、ひとりでずっと捜し続けた。古文書を漁り、トルクのあちこちをさ迷った。ずいぶん危ない目にも遭った。怪物のような野良ロボットに襲われて右の後足を折られたこともあるし、毒黴の病気にかかって死にかけたこともある。
それでも、あきらめようとは一度も思わなかった。
猫の手もロボットの手も借りず、たったひとりで、ひたすらに捜し続けてきたのだ。
『──自分が賞金首だってこと、知ってた?』
ダンボール箱は答えない。
『朧・三十六番は、殺される前に審問にかけられた。異端文書を詰めた瓶を残したことを喋ったんだ。宣教部隊は血眼になってトルクの隅々まで捜したけど、その瓶も、その瓶のありかを知ってるはずのロボットも、結局は見つからずじまいになった。──そのこと、知ってた?』
やはりダンボール箱は答えない。
それでも、幽にはわかる。取っ手の穴からこっちを見ている。長い長い間、希望を常に裏切られてきたことだろう。もう何も信じられなくなって、これ以上傷つかないですむように張り巡らせた壁は生半な厚さではあるまい。
『でもね、そんなのは三十六番の計算のうちだったはずだよ。計算が得意でなきゃスカイウォーカーは務まらないからね。審問で頭を塗り潰されなくても、三十六番はきっと同じことを喋るつもりだったと思う。そうでなきゃ、瓶のことは誰にも知られないままになっちゃうし、ぼくだってその瓶を探そうなんて思わなかったはずだもの。きみはぜんぶ見てたんだろ、三十六番は死にもの狂いで研究をしてたんだろ? その瓶の中には、三十六番の研究の成果がぜんぶ詰まっているんだろ?」
そのとき、展望台の窓の外に青い光が射した。
青い光は右から左に窓の外を走り抜け、展望台の夜を追い散らし、渦を巻く漂流物のすべてに色と影を与えた。
何時間かに一度やってくる、展望台の夜明けだ。
『その研究の続きはぼくがやる』
言う。
『ぼくは、幽・スカイウォーカーの三十七番だ』
夜が明けた。
展望台は、トルク中心柱のてっぺんにある大きな球状の部屋だ。黴の森に囲まれ、無数の漂流物が舞い漂うその場所で、黒い子猫が「ひろってください」と書かれたダンボール箱をじっと見上げていた。
その背景をなす半球状の窓を埋め尽くして、青い地球は、白い乱雲とともにあった。
『約束する。必ず、あそこにたどり着いてみせる』
幽は思う。
自分こそは。
今度こそは。
トルクの誰もが「地球儀」と呼び、死者の魂が行き着く彼岸であると信じるあの場所に、自分は必ずたどり着いてみせる。大集会の長老たちもたまにはまともなことを言う──その通り、トルクは大昔に天使たちの手で築かれた城であり、宇宙に浮かぶ島だ。その高度は地上6000キロ、軌道速度は秒速5600メートル。このふたつの悪魔の数字に打ち勝つためには、強力な噴射のできるエンジンと堅牢無比な耐熱機構があればいい。軌道速度を殺すための大きな力と、途方もない熱に耐えられる硬い盾さえあれば。
──お前がどこにどう隠そうとも、三十七番は必ずやその瓶を見つけ出す。見つけられん奴には永久に見つけられん。よいか、いつの時代でもそうだが、世の中には二種類の猫しかおらん。
不可能なことには興味のない奴と、不可能なことにしか興味のない奴だ。
「ひろってください」と書かれたダンボール箱のフタが、おっかなびっくりに開いていく。