モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する

1章5話

 季節は春。


 今年の桜は例年よりも遅咲きで、四月中旬の東京でもまだ花が残っている。


 俺が住んでいるこのアパートにも、誰が植えたか知らない桜の木が庭に立っていて、花びらが風に乗って幾片も舞っていた。


「そう、この花はサクラというのね。綺麗ね……私の故郷でも、春は色とりどりの花を咲かせるけど、それとはまた違った趣があるわ」


 異世界にも四季があるのなら、俺もいつか見てみたいものだ。


『なあ、ナビゲーター。マーリィがこの世界に来たように、俺も異世界に行くことってできるのか?』


『その質問の答えは長くなりますので、ここでは控えさせてください。今のマスターの目的はマーリィさんを恋人にすることです。このようにスマホを見てばかりいるのは、マーリィさんの印象を悪くするのではと懸念します』


「アラタ? どうしたの、早く私をガイドしなさい?」


「……ああ、ごめん。目的地を検索してたところなんだ」


 この場所は、葛飾区新小岩に位置している。


 東京の中心部まで電車で15分程度という立地のおかげで、フライツリーを始めとする観光地へのアクセスも良好だったりする。


 家賃の相場も高いのだが、俺が住んでいるワンルームはどうにか5万ですんでいる。そのぶん部屋が狭くてオンボロなのだが。


「どこを案内するか、決めてくれた?」


「ああ。念のため聞いておきたいんだけど、マーリィの世界って移動するための乗り物はなにを使うんだ?」


「移動手段ならワープ魔法があるけど、それを使える者は限られるし、業者に頼むのも結構なお金がかかるから、一般的には馬車になるかしらね」


「じゃあ電車に乗ったことはないわけか」


「でんしゃ?」


「この世界の乗り物だ。観光地に向かうのにまずは電車に乗ろう」


 目的地は定番のフライツリーに決めた。


 ここからならデートスポットの定番であるネズミーランドも近いのだが、経済的な理由で却下せざるを得ない。


 それと、妹にも注意されたばかりだが、本来俺が向かうべきは大学だ。


 当然、サボることにしている。


 だってそうだろ? 勉強よりも異世界のエルフとの時間を優先したいと思うのは、たとえゲーマーじゃなくたって当たり前のことだろう?


 こんな時間、この人生で二度とないかもしれないのだから。





「これが、でんしゃ……!」


 マーリィは、電車の窓に張り付きながら目を輝かせる。


 駅までの道のりでも、車や信号や電信柱に驚いていたのだが、どれもこれも恐怖より好奇心が勝っていたようだった。


「鉄の塊が鉄の道を走ってる! 馬車よりもずっと早い……! 窓から見える風景がすごいスピードで後ろに流れていくわ!」


「……えっと、マーリィ」


「人間界の乗り物は異世界にはない技術だわ! 素晴らしい! 私はこの体験を忘れない! 一生の思い出にするわ……!」


「そ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ」


 大声を出されると恥ずかしい。おのぼりさんでもここまで感動しないと思う。


 周囲から注目されているが、マーリィが異世界のエルフだなんて誰も思っていないだろう。


 耳が少しとがっているくらいだし、コートを羽織った今の格好だってそこまで違和感がないからだ。ちょっとしたコスプレくらい、東京なら普段から見かけるレベルだ。


 ただマーリィが人間界やら異世界やら言っていると、アブナイ人扱いされそうだ……。


『マスター、お気をつけください。規約により、エルフを始めとする異世界の存在を周囲に知られ、社会に混乱を招いた場合、マッチングは強制終了となってしまいます』


『……強制終了って?』


『マーリィさんは異世界に強制送還されます』


『聞いてないんだけど!』


『いま言いましたが』


 いつもいつも遅えんだよ!


「な、なあマーリィ。電車というのは静かに乗るものなんだ。もっと声を抑えような?」


「……私としたことが、はしゃぎすぎてしまったようね。言われた通りおとなしくしておくわ。本音を言えば走り回りたい気分なのだけど」


 雪に喜ぶ犬かよ。


 よく見ると、しっぽがぱたぱたするように、マーリィの耳がぴこぴこしていた。見なかったことにする。


 静かになってくれたマーリィだが、窓の外に向けられた瞳は依然として輝いていた。


 冷や冷やすることも多いのだが、こんな素直な態度を見せられては、よけいフライツリーに登って欲しくなる。


 そこから眺めた景色を、マーリィはどう感じてくれるだろう……?