モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する

1章6話

「わああ……!」


 マーリィは電車でもそうしたように、フライツリーの展望台のガラス窓に手と顔を張りつけながら、その向こうの景色を眺めていた。


「建物がこんなに小さく見える……! 道を歩いてる人間なんか、小さすぎてもはやゴミのように見えるわ!」


 思った通り感動してくれていた。


 ちなみに俺は二度目なので、そこまで感動しない。まあ一度目の家族旅行の時だって、マーリィほど感動はしなかったが。


 ちなみに妹のやつも、人がゴミのように見えるって言ってたな。


 今日は平日なので客の列はそれほどでもなく、家族旅行の時と違ってあまり待たずにこの頂上にたどり着くことができた。ストレスフリーに越したことはない。


 ひとつだけ難点を上げるなら、ネズミーランドほどではないにしろ、入場料がお高かったことだ。


 ……前はもっと安かった気がするのに。この価格はインバウンドのせいか? 貧乏学生の俺にとって何食分の出費だろう。


 マーリィは日本円を持っていないので、俺が全額払うしかなかったわけで。


「きゃっ……!?」


 喜び勇む犬のようにせわしなく動いていたマーリィが、急に悲鳴を上げた。


「どうした?」


「し、下に穴が空いていたの。危うく落ちるところだったわ……」


「ああ、いや。これは穴じゃなくてガラス床だ」


「これもガラスなの……? 人間界のガラスは、異世界に比べてずっと透明度が高いのね。この上に立つと下界を思いっきり見下ろせるわ、なんて素晴らしい眺めでしょう!」


 女王様の素質、充分ですね。


「アラタ、あなたは下界を見下ろさないの?」


「……遠慮しておく」


 高所恐怖症のつもりはないんだが……さすがに股間がキュッとなる。


「そう。ならそろそろ、違う場所を案内してもらっていいかしら」


 ……あれ、もう?


「フライツリー、お気に召さなかったか?」


 楽しんでいたように見えたのに。


「こんなに高い場所から景色を眺めるなんて初めての体験だったから、最初はドキドキワクワクしたわ。だけど……落ち着かないのよ、緑が少なすぎるせいで」


 なるほど。エルフと言えば森だし、マーリィもまた類に漏れず、これまで緑に囲まれて過ごしていたんだろう。


「べつに、あなたの世界が嫌いと言っているわけじゃないわ。緑は少なくても、清潔感にあふれてるもの。あなたに連れられてここまで来たけど、どの道もゴミ一つ落ちてなかった。なんて綺麗な街だろうって、ため息をついてしまうほどだったわ」


 その言葉には、俺のほうが驚いた。


「マーリィが住んでたところは自然が豊かみたいだし、そっちのほうがずっと綺麗なんじゃないのか?」


「緑があることと、清潔であることは、イコールじゃないわ」


 ……そういうものか?


『たとえば環境保全に力を入れている北欧でも、ゴミは多いそうです。人間界の中でも日本というこの国は、群を抜いて清潔だと言われています』


 ナビゲーターが横やりを入れた。


 そんなの、日本人の俺でも知らなかったよ。当たり前に享受していたせいで、ありがたみがわからなかったのかもしれない。


 だから、こうも思ってしまう。


 マーリィが当たり前に享受している異世界ならではの魔法だって、俺からしたらうらやましくてたまらないのだと。


「アラタ。次の行き先はまだ決まっていないのかしら?」


「いや……そうだな。じゃあ、次のデートは緑が豊富な場所にするか」


「デートじゃないけど、そうしてくれると助かるわ」


 その時、誰かのお腹が鳴った。


「……アラタ。人間界では、いつお昼ご飯を食べるのかしら?」


 マーリィのお腹の音だったようだ。


「もう少しで12時だし、昼飯にするか。マーリィはなに食べたい?」


「人間界の料理はなにもわからないし、あなたに任せるわ」


「了解。嫌いな食べ物はあるか?」


「森で採れる野菜やキノコや果物は飽き飽きしてるし、森に棲む野生動物の肉なんかも食べ飽きてるから、それ以外だと嬉しいわ」


 とすると、魚介類がよさそうだな。森で暮らしていたら、海の幸を食べる機会は限られるだろうから。





「アラタ、この不可思議な料理はなに!? 器の上に黄金色の物体が堆く積まれているわ……! まるで塔のように!」


「フライツリー丼っていう名の天丼だ。具材は海産物だぞ」


「これが海の幸だと言うの! 私が知ってる魚介類とは見栄えがまるで違う! なんて映えなんでしょう、さっそくマジックアイテムで写真を撮るわ!」


 異世界にもそういう文化あったのね。


「よく味わって食べてくれよ。この一食だけで俺の数日分の食費がかかってるからな」


 フライツリーは入場料だけじゃなく、レストランも高すぎる。正直ちょっとなめてたよ。


「見栄えは申し分ないわ。だとしても、アラタ。たしかに私の集落では海産物を手に入れることが難しいけど、食べたことがないわけじゃない。族長の娘である私はグルメなのよ」


 マーリィはフフンと鼻を鳴らしながら、箸を手に持った。


「人間界の料理は、果たして私の肥えた舌を満足させることができるのかしら?」


 マウントを取りたがるのもツンデレらしいというべきか。


「ていうか、マーリィ。箸は両手に一本ずつ持つんじゃなくて、こうやって使うんだ」


「え……? こ、こう? くうっ……難しいわ。責任者を呼んでちょうだい、食べるのにこんな棒切れを使わせるだなんて文句のひとつも言ってやらないと」


「クレーマーになるのはやめてください」


 店員を呼び、マーリィには箸の代わりにフォークとスプーンを使ってもらうことにした。


「このカトラリーは慣れ親しんでいるわ。最初からこれを持ってきて欲しかったところね」


 マーリィの国はヨーロッパに近い文化のようだが、和食は箸が普通なんだよ。


 フライツリー丼のてっぺんに載っているエビ天を口に入れたマーリィは、目を見開いた。


「なにこれ……! すっごくサクサクしてる! なのに中はジューシー! エビのうま味があふれてたまらない! サクサクの衣がうま味を閉じ込めているのね……!」


 マーリィの感動度は、これまでで一番だった。


「まるでうま味の爆弾だわ! この天ぷらという技術は異世界にないものよ! 料理人を呼んでちょうだい、ぜひレシピを教わりたい。この味を毎日でも楽しむために!」


「……悪いが、それ相応の設備がないと作れないだろうから、このフライツリー丼をまた食べたいならこの店に来るしかない」


「じゃあ晩ご飯もここで食べましょう」


 俺の資金力じゃ無理!


「ふう、ごちそうさま。とってもおいしかったわ」


 マーリィはあっという間にたいらげて、おしぼりで口元を拭っていた。


「ううん、違った。ごちそうさまにはまだ早かったわ。アラタ、人間界におかわりという文化はあるのかしら? このフライツリー丼をもう一杯食べたいのだけど」


「……おかわり? なにそれおいしいの? そんな文化は存在しない」


「そう……残念ね。なら人間界の作法にのっとって、ここで終わりにしておくわ」


 どうやらマーリィはツンデレだけではなく、食いしん坊キャラの属性も持っているようだ。


 くっ……今後もマーリィとよろしくやるなら、早急にバイトを探さないと! じゃないとデート代が捻出できなくなる!


「それじゃあアラタ、お腹もそこそこ満たされたし、次のエスコートをお願いね? 緑があるところを案内してくれるのよね?」


「あ、ああ。任せとけ」


 とりあえず、今後は飲食店に近寄らないようにしよう。そう心に誓った。