モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する

1章7話

「見渡す限り、緑でいっぱい……なんて素敵なところでしょう!」


 次にマーリィを案内したのは、上野公園だ。フライツリーの近所で緑が豊富な場所と言えば、ここが一番だろう。


「見たところ公園のようね。案内板には動物園という言葉も載ってるけど……これはなに?」


「いろんな動物を見て楽しむ場所だ。異世界にはないのか?」


「モンスター園ならあるわ。たまに檻から脱走したドラゴンが暴れ出して、街を火の海と化したって噂が届くこともあるわね」


 ライオンの脱走どころじゃない。大災害レベルじゃねえか。


「アラタ。案内板を読む限り、パンダが動物園のシンボルになってるようだけど?」


「ああ、ここのアイドルみたいなもんだ。ていうか異世界にもパンダっているんだな」


「そうね。パンダなんかわざわざ見なくたって私の森にいくらでもいるわ。昨日の晩ご飯も狩りで捕ったパンダを焼いて食べたくらいよ」


 異世界のパンダって食用なのかよ!


「くっ……パンダはかわいいのに! 俺が想像してた異世界となんか違う!」


「アラタ。あなたは食べる相手を容姿で判断するの? それは恥ずべき差別に当たるんじゃないかしら?」


 異世界にそういう世知辛い設定はいらないんだけど!


「この人間界だって、いくら容姿がかわいくても食用にしている動物はあるんじゃないの?」


「そうだよ! たとえばニワトリはかわいいけど、卵は食べるし肉も食べるよ! でも疲れた現代人はそういう過酷な現実から離れたいんだよ! それが異世界ってとこなんだよ!」


「……私とあなたで、異世界について意識の差があるようね。知識の差なんでしょうけど」


 ため息をつきながら呆れている。


「ちなみに異世界のニワトリは、ドラゴンのように火を吐くので害獣扱いされてるわ」


 知識の差が果てしない。ゲーマーとして異世界の造詣は深いと思ってたのに、夢を壊された気分だよ。


「ただ……私もある意味、癒しを求めてこの人間界に来たわ。この世界も私の想像とは違うところがあったけど、あなたのガイドのおかげで楽しめてる。アラタ……ありがとう」


 マーリィは瞳を細めて微笑する。


 ……まさか礼をもらうとは思わなかった。


 美貌も合わさり、こんな姿を見られただけで、俺の疲れは吹き飛んだ。


「……も、もう。ありがとうは言いすぎだったわね。すべてはマッチングという名の契約上のことだもの。あなたが私を楽しませるのは……当たり前のことだものね」


 マーリィはそっぽを向いた。


 それとほとんど同時に、マーリィの手が俺の手を握っていた。


「……向こうに見える建物が気になっていたの。行きましょう、アラタ」


 マーリィに手を引かれる。


 女の子と手をつないだのも、これが初めてだ。妹はもちろんのぞいて。


 心臓の鼓動は、足音よりもずっと速いテンポを刻んでいた。





「……二拝二拍手一拝?」


「ああ。二回お辞儀して、二回手をたたいて、最後にもう一回お辞儀する。神社をお参りする時の作法なんだ」


 神社と寺で作法は違うらしいが、上野公園のこの建物がどちらなのか覚えていない。今は東京都民の俺だが、実家はもっと田舎なので許して欲しい。


「それが人間界における神事なのね。郷に入っては郷に従えと言うし、私もこの世界の神をリスペクトするつもりでその作法にのっとるわ」


 周囲の観光客も作法はまちまちだったが、咎める者は誰もいない。外国人はもちろん、異世界人にも優しい。


 マーリィは、日本人の俺よりも洗練された仕草で、二拝二拍手一拝をしてみせた。


「え……? 実は経験者?」


「見よう見まねでやっただけよ。だけどアラタ、おそらくこの作法は誤りよ。周囲の空気を読む限りはね」


「周囲の空気……?」


「エルフの私は風魔法が得意だから、空気を読める。求められるニュアンスがなんとなくわかるのよ。今は、私たちの作法は誤りだけど許してあげるという雰囲気になってるわ」


 ……じゃあここって神社じゃなくて寺だった?


 ていうか、空気が読めるなら電車でも最初から静かにして欲しかった。まあ興奮すると周りが見えなくなるんだろうけど。


「まったくもう。あなたはガイドのくせに、自分の世界の神事もわからなかったの?」


「面目ない……」


「フフ。素直に謝ることができるだけ立派よ。それに比べて、私の仲間たちはみんな無駄にプライドが高いから」


 類は友を呼ぶんだなあ。


「って、ごめんなさい。よけいなことを言ったわね」


「いや……愚痴があるならいくらでも聞くぞ? ついでに異世界のことも知れそうだしさ」


「……そう? じゃあお言葉に甘えて、言わせてもらおうかしら」


「どこか座るところを探すか?」


「ううん……。歩きながらがいい」


 ぎゅ……。


「あなたとこうして……歩きながらがいいわ」


 マーリィは再び俺の手を取ってくる。


 ……マーリィの国は欧州文化に近いから、こうした触れ合いは俺が思ってるほどハードルが高くないんだろうな。


 少し親しくなったくらいでも、手を簡単につなぐんだろうな。


 もちろん反対する理由なんてどこにもないわけで。


「アラタ、聞いて。ほんと信じられないんだけど、ドワーフのやつらがさ」


 ドワーフと言えば鍛冶職人だな。武器や防具を作ってくれるイメージだ。


「ドワーフが得意とする錬金魔法は、素材を浪費する。自然を壊すのよ。社会のためには必要な犠牲とかなんとか言ってくるんだけど、ありえないわ。たとえ便利な道具が作れるのだとしても、自然の恩恵には敵わないのに。アラタ、あなたもそう思うでしょう?」


「あ、はい」


 正直よくわかりません。というかあまり考えたくないやつだ。答えがひとつじゃないっていう意識高い系の問いなんだから。


「でね、これだけじゃなくてね、この前もドワーフのやつらがさ──」


 マーリィの愚痴に熱が入るたび、俺の手を握る力が強くなる。


 うん、痛い。空気を読めるならもっと優しく握って?


 ぜんぜん嫌じゃないけどね?


『マスターの場合は痛みがご褒美ですからね』


 無視。


「まったくもう。すべてのドワーフがそうとは言わないけど、デリカシーのかけらもない。エルフとドワーフは同じ妖精族だけど、一括りにされたくないわ」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、愚痴は続く。


 異世界もストレス社会なんだなあ。この世界と表向きは違っていても、本質は同じなのかもしれないなあ。


 そう考えると、この世界で彼女を作れない俺は、異世界でも同じように彼女を作れないのかもしれないなあ……。


『マスター、気を確かに持ってください。人間界と異世界は本質的にも同じではありません。よってマスターは異世界の女の子を恋人にすることができるはずです。むしろマスターは異世界の女の子以外は恋人にできないはずです』


 フォローになってないからね?


『まあ俺も、最初はそう思ってたんだけどさあ……でもどんな世界も真理はひとつなんじゃないかなあ……恋というのは裏切られるために存在してるんじゃないかなあ……』


『悟りを開かないでください。現実に絶望して解脱しようとしないでください。夢を追い求めるには耐えることも必要です』


『俺に耐えられるかなあ……』


『耐えて(はぁと)』


 おまえの雑な応援にこれ以上耐えられそうにないんだよなあ……。