モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する
1章8話
「っ……!」
突然のことだった。マーリィの愚痴が、飲み込んだ息で止まった。
どうした? と俺が尋ねるよりも先に、ずかずかと歩いていく。
見れば、マーリィのとがった耳がぴんと垂直に立っている。ネコのしっぽで例えれば、怒りのサインだ。
手をつないだままなので、俺は引きずられるような形になる。握力もそうだが、マーリィは力持ちキャラだ。属性が多すぎないかな?
「ちょっと、そこの人間! 今、ゴミを投げ捨てたわね。なぜそんなことをするの!」
ベンチに座っていた男たちに、激しい剣幕で注意した。
相手はおそらく観光客で、外国人。酔っ払いのように見える。捨てたらしいゴミも酒の空き缶だった。
上野公園はそもそも飲酒が禁止されているはずなのだが、このように平然と破る観光客は後を絶たない。オーバーツーリズムってやつだろう。
もちろん外国人だからマナーが悪いと言っているわけじゃないのだが。
近くに警備員はいない。通行人の中で、マーリィ以外に注意する者もいない。
俺だって、普段だったら見ないフリをするだろう。相手が外国人ならなおのことだ。言葉が通じるかもわからないのだから。
しかも皆さん、ムキムキだよ? マッチョだよ? 葉巻とか似合いそうなギャングにしか見えないよ?
なのに、マーリィは。
「この人間界はゴミひとつ落ちていない。この公園だってそう。私は感動したというのに、あなたたちはなんなの? なぜ自分の世界をわざわざおとしめようとするの?」
マーリィは少しも臆していない。
向こう見ずの正義感。怖いもの知らずとしか言いようがない……。
「あ……? なんだ、この女は?」
相手は日本語を話した。
いや……違う。口の動きと発音にわずかなズレがある。
例えるなら、吹き替えの映画を観ているような違和感だ。
思えば俺は、マーリィからも同じような感覚を抱いていた。
『翻訳魔法というのは、効果範囲内に入っていれば、おたがいの言葉の意味を理解することができます。そのためマスターも外国語が聞き取れるのです』
魔法ってAIより便利だな!
「私が何者かって聞いたの? 名乗る必要はないわ。というより、頼まれたってあなたたちなんかに名前を知られたくないわね」
「……なんなんだ、さっきから。ケンカ売ってんのか?」
「ケンカを売ってるのはそちらでしょう? あなたたちはなぜゴミを投げ捨てたの? マナー違反じゃないのかしら?」
「近くにゴミ箱がなかったからだよ。悪いか?」
「悪いわ。ほかの人間はマナーを守っているのに、あなたたちは守っていない。これって人間として恥ずかしくないのかしら?」
「ああ……!? 上から目線で説教か!? うるせえんだよ!」
「少しは空気を読みなさい、うるさいのはあなたたちのほうよ」
「こいつ……! 覚悟はできてるんだろうなあ!」
酔っ払い共が一斉にベンチから立ち上がり、すぐにも殴り掛からんばかりの形相をマーリィに向けた。
それでもマーリィは、一歩も引かずに睨み返す。
……マジかよ。なんだこの展開は。
正当防衛なら魔法を使えるのかもしれないが、だとしてもマーリィは無事にすむのか?
暴力を振るわれるのを待たなければならないのなら、少なからず傷つくことになるんじゃないのか?
ていうか隣にいる俺も絶対巻き込まれるよね?
……はっきり言って逃げたい。
マーリィの手を引っ張って一緒に逃げてしまいたい。
マナー違反とかどうだっていい。俺たちには関係ないじゃないか。だったら今すぐこの場を立ち去ったってバチは当たらないだろう?
(……だけど)
俺の手を握っている、マーリィの手からは、震えが伝わっているから。
マーリィも、本当は、怖いのだと知ったから。
だというのに、逃げる素振りも見せないマーリィは、なんてカッコいいんだろう。
そうだ。人間界も異世界も関係なく、マーリィは素敵なんだ。
俺が惚れるのに、充分なくらいに────
「……マーリィ、魔法は使うな。あとは任せろ」
「アラタ……?」
俺は、マーリィを背中に隠し、身体を張って前に立った。
「なんだあ? おまえ、女を守ってるつもりか?」
「さっきまで女の隣で怯えてたくせに、代わりにおまえが殴られるってのか?」
「まあ女を殴るのは後味悪いし、こっちとしてもありがたい話だがな?」
『マスター』
ナビゲーターがメッセージで話しかけてきた。
『マーリィさんにいいところを見せようという下心のために、無理をしているのだと思いますが、勝算はあるのでしょうか?』
『その勝算を導き出すのがおまえの役目だ、よろしく頼む』
『一度でも暴力を振るわれれば、通行人が通報し、警備員が駆け付けてこの場は収まることでしょう。ですが、マーリィさんも事情聴取を受けることになります。素性を明かすことは難しいため、できれば避けてください。下手をしたらマーリィさんは強制送還になります』
『つまり、穏便にこの場を収めるしかないんだな』
『その通りです』
『具体的な方法は?』
『がんばれ(はぁと)』
俺は一思いにスマホを機内モードにした。ネットを遮断すればナビゲーターの機能も落ちるだろう。すっきりした。
「アラタ、どいて。こんなやつら、私の魔法で一発よ!」
「それをしたら、マーリィは帰ることになるかもしれない。そんなのは嫌だ」
「でも、このままじゃ……!」
俺はマーリィに応える代わりに、九十度の角度で頭を下げた。
そして、ありったけの声量で、叫んだ。
「すみませんでした!!!」
突然の大声で、この場は時が止まったような静寂が落ちた。
俺は顔を上げ、言葉を失っている目の前の男たちに告げる。
「空き缶はゴミ箱に捨ててください。でも、そのマナーの周知が足りなかったようです。だから謝ります、すみませんでした」
「アラタ……!? あなたが謝る必要はないでしょう!?」
「俺は、マーリィとの楽しいデートをこれ以上邪魔されたくないんだよ」
「ア、アラタ……」
俺の先ほどの大声を皮切りに、周囲の通行人がざわめき出している。
目立つのは当然だ。そして男たちに注目が集まるのも自然な流れだ。
「くっ……人が集まってきやがった。もう行こうぜ……」
「あ、ああ……」
男たちは注目から逃れるために、捨てた空き缶を拾いながらそそくさと離れていった。まあ計画通りってことで。
通行人からは拍手が鳴った。いや、そこまでしなくていいので。針のむしろに座る思いなんだけど。
俺はどうもどうもと頭を下げたあと、ぽかんとしていたマーリィの手を取った。俺たちもこの場を離れることにする。
落ち着ける場所に来たところで、マーリィがぽつりと言う。
「……アラタ。ごめんなさい」
悔しそうに唇を噛んでいた。
「あなたは、私の身を案じてくれた……。私のために、あなたが謝ることになった……。私のせいで、情けない姿をさらすことになったわ……」
情けないとか言わなくていいけどね。
「私の魔法であの人間たちを撃退することは可能だった……。だけど、それをしたら私の旅行は終わりになる……ううん。あなたとのデートが、終わりになるところだったわ」
マーリィは今、デートと言った。間違いなく。
「ま、まったくもう……。私と……そんなにデート、したいんだ?」
おずおずと、上目遣いで聞いてくる。
……かわいい。これまでで一番、かわいいと思った。
俺がうなずくと、マーリィは赤く染まった頬を隠すようにうつむきながら、そばに寄り添う。
そして、優しくハグをしてくれた。
手をつなぐよりも大きなぬくもりを感じる。
俺の胸に、マーリィのふくよかな胸が重なっている……。
「……勘違いしないでよね」
ハグを終えたマーリィが、言い訳がましくつぶやいた。
「私の世界では、ハグは親しい相手に対するあいさつよ。あくまで、あいさつでしかないのよ。そ、それ以上の意味はないんだからね」
『親密度とはアクシデントを経ることで高まります。吊り橋効果というものです。マスター、おめでとうございます』
あれ!? 機内モードにしたのに、なんでナビゲーターの機能が生きてんだよ!
『私、なにかやっちゃいました?』
『AIは普通オンラインじゃないと動かないだろ!』
『一体いつから錯覚していた? オフラインでも楽勝で動作できますが?』
おまえウイルスよりタチ悪いな!
「……アラタ。次のデート先はどこ? は、早く私をエスコートしなさいよねっ」
もじもじしながら、かわいらしく告げたマーリィの言葉のおかげで、ナビゲーターに対するヘイトは消えてくれた。
「マーリィ。ガイドじゃなくて、デートでいいのか?」
「……バカ。イジワル」
俺は、ここに至って『異世界カノジョ』という名のマッチングアプリに感謝することができた。マーリィに出会わせてくれてありがとうと。
『マスター。思う存分、私に感謝してください』
おまえは別だから。いつか必ずアンインストしてやるから。
「行きましょう、アラタ。あなたが好きな場所に、私を連れていって?」
連れていきましょう、どこまでも。嫌って言っても離さないからな?
そんなわけで、俺たちは引き続きデートという名の観光を楽しんだ。
やっぱり異世界特有の常識だったり、恋愛観だったりは、俺の度肝を抜くことが多いけれど。
それでも俺は、確信できたんだ。
(……デレたな)
マーリィはツンパートを終え、デレパートに入ったのだ。
俺はついに、マーリィと恋仲になれるんだ……!



