モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する
1章9話
いつしか陽がかたむいている。
デートのようだった観光地巡りを終え、俺たちはアパートに帰宅した。
「アラタ。今日は楽しかったわ」
「そっか。それならよかった」
「できるなら……また、ふたりでデートしましょう?」
うなずくまでもない。マーリィと一緒に行きたい場所には、枚挙にいとまがない。
たとえば、これから夕飯の買い物に行きたい。その後は一緒に料理を作ったりしたい。
夜を迎えれば、マーリィのお泊りが待っている。
そう。マーリィは俺の部屋に泊まることになる。マーリィはこの世界の金を持っていないのだから、必然的にそうなるのだ。
エ、エロフ要素があったりなんかして……?
「アラタ……たとえ話をしてもいい?」
マーリィは不意に、そう言った。
「たとえ話……?」
「ええ。もしも私が……あなたの恋人になったらという、たとえ話」
「…………」
「あ、あくまでたとえ話よ? そんなこと異世界がひっくり返っても起こらないだろうけど……語り合うくらい、いいでしょう?」
マーリィは俺の前に立つと、恥ずかしそうにしながらも、優しくハグをした。
「これまで私は……恋なんて、したことがなかった。お見合い相手はいたけど、すべて断ってきた。恋をする暇があったら、私は行ったことのない世界に行きたかった。それはきっと、族長の娘という身分が窮屈で、外の世界に憧れていたからだと思う……」
マーリィはなにかを確かめるようにして俺の胸に顔をうずめたあと、そっと見上げた。
その瞳は、心に秘めた熱でうるんでいた。
「もしも私が……あなたの恋人になったら……あなたは、私になにをしてくれる?」
……そんなの、決まってるじゃないか。
俺は、マーリィの身体を抱き返しながら、言う。
「今日みたいにデートをしよう。何度だってデートをしよう。俺も、マーリィにこの世界をもっと知って欲しいんだ」
「ありがとう……アラタ」
マーリィは瞳を細める。
もし今、マーリィがそのまま瞳を閉じたならば、俺は。
きっと、キスを……。
ピロピロピロー!!
俺のスマホがいきなり目覚ましのような音を発した。そのせいで、抱き合っていた俺たちは離れることになってしまった。
「あ、あれ? こんな時間にアラームなんかセットしたか……?」
「そう……もう時間なのね」
……え? 時間?
『制限時間を迎えたという意味です。これよりゲートをオープンします』
ナビゲーターの声に呼応し、スマホがまばゆい光を迸らせた。
ね、熱暴走? ていうか既視感があるんだけど!?
ドゴーン!!
雷と見間違わんばかりの光の奔流が、轟音を引き連れて目の前に落下した。
光が霧散したあと、そこには見たことのある扉が鎮座していた。
「帰る時間が来てしまったわ……。アラタ、さよなら」
寂しそうに笑んだマーリィに、俺は時間がかかりながらもどうにか答えた。
「……ニワトリの卵がヒヨコになるってこと?」
『それは孵るです、マスター。マーリィさんは異世界に帰ると言ったのです』
『なんで!? 強制送還になるようなことしてないだろ!?』
『マッチングの時間は規約により8時間と決まっているのです。その時間が来てしまったのです。これは平均的な就業時間から算出されたものです』
就業とか! 夢から現実に突き落とさないで!
『マスター、ここから先はアフターです。延長料金が発生します』
やめて! 世知辛い現実をこれ以上突きつけないで!
『正確に言えば、延長するためにはマッチング相手が「いいね」をする必要があったのです。ですがマーリィさんはしませんでした。残念ですね、やれやれ』
『マーリィは俺をフッたってことかよ!?』
『そうなるんじゃないですかね』
『雑に答えてるんじゃねえよ!? なんで都合悪くなるとすぐ塩対応になるんだよ!? おまえほんとに俺の支援するつもりあるのかよ!?』
『いくら騎手が良くても馬が良くなければレースに勝てません。私の苦労もわかって欲しいものですね』
あ、はい。いいかげんこいつのスタンスを理解した。これまで冗談半分だったけど、マジでアンインストしてやる。
「アラタ。あなたに出会えて、よかったわ。この言葉は本当よ」
ゲートを前に、マーリィは最後に振り向いて、そう言った。
「門限さえなければ……日帰りでしか自由時間を取れない私でなければ、もっとあなたのそばにいられたのに」
それは、身持ちの堅いエルフらしい言葉で。
だけどこの時ばかりは、そんなゲーム知識なんかより、素直な感情が口をついて出た。
「……俺は、マーリィと別れたくない」
「アラタ……」
「でもマーリィは、門限を破るわけにはいかないんだな」
「……うん。人間界にマナーがあるように、私の世界にもマナーがある。族長の娘として、仲間たちに迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「だとしても……これはお別れじゃない。俺たちはまた会える……そうだよな?」
マーリィは、微笑んだ。
だから俺も、こう言えた。
「マッチングは一回きりじゃない。今後、マッチングでマーリィを見つけたら、俺は誰よりも優先してキミを選ぶよ」
「……ありがとう」
とびきりの笑顔────
だけど、俺の言葉に約束はしてくれなかった。
マーリィはもう振り返ることをせず、ゲートの向こうに歩いていった。
後ろ姿が完全に見えなくなると、ゲートもまた空気に溶けるように消失した。
俺はしばらく言葉もなく、呆然としていた。
『マスター、落ち込まないでください。また次の機会があることが確定したのですから。むしろこのような流れになることをナビゲーターの私は最初から想定』
俺はスマホの電源を落としてこの無粋な声を物理的に遮断した。



