モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する

2章4話

 このお化け屋敷は、江戸の四大怪談をモチーフにしているという。


 屋敷の奥までたどり着き、ほこらに祀られている水晶玉をさわって帰ってくるのがミッションだ。


「っ……!」


 入口から中に入った途端、パティアはびくっとした。


 不気味な薄闇と、これまた不気味に流れるBGMに驚いたようだった。


「ア、アラタくん。ここってまさか……ホラーちっくのやつ? あたし……そういうのはちょっと苦手で……」


「……そうなのか? スリルが好きそうだったのに」


「物理的なスリルは好きだけど、精神的なスリルはダメなんだよう……」


 わからないでもないな……。ゲーマーの俺は逆にホラーゲームに慣れているせいか、ジェットコースターほどのスリルをお化け屋敷で感じることがないわけで。


「パティア。苦手なら、すぐに出ようか?」


「……でも、ミッションクリアしないと出られないんだよね?」


 そんなことはない。入口のスタッフに事情を話せばすぐに出られる。


 そう告げようとしたら、その前にナビゲーターからのメッセージがあった。


『マスター、これはチャンスです。なぜチャンスなのかは、私の口から言うまでもないでしょう。賢明なマスターのご決断に期待します』


 そうですね。ラッキースケベのチャンスですしね。ジェットコースターで叶わなかったことが叶うかもしれませんものね。


『でも俺は、パティアを困らせてまでそんなことをしたくない……!』


『クソみたいな偽善は捨てろ(はぁと)』


 またそれかよ!


『本気でドーテーを捨てたいなら暗闇に乗じて押し倒すくらいの気概を見せろ(はぁと)』


 さすがに犯罪者にはなりたくねえよ!


 いいかげんウザいのでスマホの電源を落としていると、パティアがつないでいた手を離した。


 その代わりに、俺の腕をそっと取ってきた。


「ミッションクリアのため……この先を進むために……腕、組んでいいかな……?」


 俺に寄り添いながら、おずおずと上目遣いで見つめてくる。


 暗くてよくわからないが、その瞳はうるんでいるのかもしれない。


「あたし……怖くても、がんばるから……。アラタくんと一緒なら……なにがあっても、がんばれると思うから……」


 ……こんなふうにお願いされて、拒むことなどできるだろうか? いやできない。


 べつにうちのナビちゃんの甘言に乗ったわけじゃなくてね。


 だって今のパティアは、これまでと違う。あざといと感じる部分がどこにもない。


 きっと本心から怖がっている。俺の腕を取る手から伝わる震えもまた、そう語っている。


 なら俺は、彼女の気持ちを汲むべきだ。


 俺がうなずくと、パティアは花が咲いたような笑顔を浮かべた。薄闇であっても、それは星明りのように輝いて見えた。


「アラタくん……ありがと。大好き……」


 パティアは照れ笑いを浮かべながら身を寄せて、俺と腕を組んだ。


 生まれて初めての行為。さすがに妹とだってこんなことはしたことがない。


 やわらかいふくらみが、俺の肘にあたっている……。


 お化け屋敷、バンザイ……!


『マスター、そのご決断に祝福を。ジェットコースターに乗っていたパティアさんもバンザイしていましたが、私もまたバンザイしたい気持ちです』


 あれ!? さっきスマホの電源を落としたのになんで!?


『ご安心ください。マスターが電源を落としたらその瞬間に再起動するようにスマホを設定しておきました。これで私はいついかなる時もマスターのおそばにいられます』


 誰かこいつをアンインストする方法を教えてくれ……!


「アラタくん……? 先に進まないの……?」


「……あ、ああ、ごめん。行こうか」


「あたしのこと……置いていかないでね……?」


「そんなこと、絶対にしない。なにがあってもパティアを守るよ」


「えへへ……アラタくん、大好き」


 パティアは、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


 ぎゅっとする分だけ、やわらかいふくらみを感じることになった。


 ああ……もはやミッションクリアなんかせず、いつまでもこうしていたい……。


『マスター、腕を組んだくらいではドーテー卒業とは言えません。お気を確かに』


 いつもいつもおまえのせいで萎えるんだよ! もっと夢見心地でいさせてくれよ!


 ……まあ、パティアをいつまでも怖がらせたいわけじゃない。俺たちは腕を組みながら不気味な通路を進んでいく。


 途中、壁に怪しい影が映ったり。


「っ……!!」


 障子から何本もの腕が伸びてきたり。


「っ……!!」


 井戸からサダコさんよろしく幽霊が現れたり。


「っ……!!」


 ミッションである水晶玉にさわった瞬間も、俺たちを驚かせるためにいきなり光ったりして。


「っ……!!」


 そのたびに、パティアは声にならない悲鳴を上げながら、組んでいる俺の腕に抱き着いた。


 ふくらみが……とんでもなく押し付けられる……!


 俺の肘が……圧倒的なぬくもりに埋まっている……!


 我が人生に……悔いなし……!


『何度も言うがドーテーを捨てるまで満足するんじゃねえぞ(はぁと)』


 これまで無視するにしろこいつのメッセージはいちおう確認してたけど、もうそれすら無視してもいいかな?


「アラタくん……ミッション、クリアした……?」


「……あとは来た道を戻れば、クリアになるよ」


「ま、また……同じ道、歩かないとなの……?」


 パティアの震えが大きくなる……。


「……パティア。これ以上は無理なら言ってくれ。非常ボタンを押せば、スタッフが来てくれて、すぐにここから出られるはずだから」


「う、ううん……。ごめんね、弱気になって……。ここまでがんばったんだから……あたし、アラタくんと一緒に最後までクリアしたい」


 それからパティアは、組んでいた腕を外して、俺の正面に立って。


 そして、俺の身体を抱きしめながら、胸に顔をうずめて頬ずりをした。


「パ、パティア……?」


「少しだけでいいから……このままでいて……。ううん、このままじゃ、やだ……。アラタくんも、あたしを抱きしめて……?」


 生唾を飲み込む。


 ……迷うまでもない。俺はとっくにパティアのこのぬくもりに惹かれているのだから。


 背中に腕を回し……おっかなびっくりに、抱き寄せた。


「ありがとう……アラタくん。キミのぬくもりを……キミの香りを……感じるよ」


 女の子とこんなふうに抱き合うのも、これが初めてで……。


 いや……マーリィと、別れ際に抱き合ったっけか……。


 って、こんな時にほかの子のことを考えるのはマナー違反だ。


「えへへ……これでもう、大丈夫」


 ひとしきり抱き合ったあと、パティアは離れた。


 照れ笑いを浮かべて。薄闇でも隠し切れないくらい、その顔は赤かった。


「アラタくん、行こ……一緒にミッションをクリアしよ」


 再び俺の腕に自分の腕を回し、身体を寄せてくる。


 いま感じる震えは、怯えではなく羞恥かもしれないと、そう思った。


『マスター、おめでとうございます。あとはもう押し倒せばミッションクリアですね』


 無視。





 俺たちはお化け屋敷から脱出できたあとも、引き続き腕を組んで歩いていた。


「まだ、こうしてたいの……。アラタくん、ダメ……?」


 ダメなわけがなかった。


 パティアは歩きながら俺の腕に顔をすりすりしていた。まるでなにかにすがるようにして。


『マスター。これはネコマタの習性です。マーキングと呼ばれるものです』


『マーキング……?』


『ネコマタは、安全地帯に自分の匂いをつけます。人間界のネコで言えば、縄張りにするようなものです。今のパティアさんはマスターに匂いをつけているのだと思います。マスターのおそばは、パティアさんにとって心から安らげる場所になったのでしょう』


「…………」


『マスターは、それだけパティアさんに好かれたということかもしれませんが……』


「アラタくん」


 ナビゲーターのメッセージは続いていたが、パティアの声で俺は顔を上げた。


 パティアは立ち止まると、俺の正面に回り込んで上目遣いをする。


「ちょっと……じっとして……?」


 熱い眼差し。なにかを訴えかけるような、大きな思いを感じる。


 俺は、なすがままになるしかなかった。


 パティアは、背伸びをして、俺の顔に自分の顔を寄せ……。


「……ちゅ」


 キスをした。


 俺の頬に、口づけをした。


「マーキング……だよ」


 俺は呆然としながら、キスをされた頬に手を添えた。


 そこは、驚くほど熱かった。


 だからきっと、今の俺は、バカみたいに顔を赤くしているのだろう。


「これからも……あたしのそばにいて? どこにも行かないでね……?」


 パティアの顔もまた赤かった。もしかしたら俺に負けないくらい赤くなっていた。


 それでもパティアは、からかうように微笑みながら、こう言い添えた。


「キスするの……唇のほうがよかった?」


 俺はやっぱり、なにも言葉を返せなかった。