モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する
2章8話
「ごめんね……アラタくん」
パティアは今、黒光りする銃口を俺に向けている……。
「見られたからには……あたしはもう、キミのそばにはいられない」
「パティア……」
「動かないで。じゃないと、撃つよ」
歩み寄ろうとしていた俺は、力なく首を振る。
「……なあ、パティア。結局キミは……詐欺師だったのか?」
「うん」
パティアは寂しそうな笑みを浮かべながらも、はっきりとうなずいた。
「あたしはもともと、人間から金目の物を盗むためにここに来た。人間界の物は、異世界では珍しいから、高く売れるんだよ」
……そうか。
パティアが見せる、寂しそうな微笑は変わらず。
だが、その瞳は揺れていた。
『明確な規約違反です。これより強制送還のためのゲートを……』
『待ってくれ』
『マスター……?』
『頼む。パティアともう少し話をさせてくれ』
『……わかりました。規約により危険物は持ち込めないため、パティアさんの銃は殺傷能力のないオモチャのはずですが、充分お気をつけください』
つまりは、パティアがしているのはただの威嚇。
いや。たとえそれが本物の銃だったとしても、俺は。
(ああ、そうだ。俺はなにがあろうと、パティアを信じる。最初からそう決めていたんだ)
本当に好きなら、それが普通だと思うから。
恋って、そういうピュアなものだと思うから。
それがたとえ、ドーテーの幻想だろうとも。
「俺は……パティア。キミのシッポをつかんだんだな」
「……そうだね。あたしのシッポ……犯罪の証拠を、つかまれちゃったね」
「そうじゃない。やっと、キミの本心を知ることができたって意味だよ」
「え……?」
「部屋にあるものは、なんでも持っていっていい。好きなだけ持っていっていい。あ、でもコレクションしてた美少女ゲームはできれば避けて欲しいけど」
パティアは、唖然とした。
「ア、アラタくん……なに言ってるの?」
「キミがしたいことを了承したって言ったんだ。だってさ、同意があれば盗みじゃなくて譲渡になるだろ? 規約に引っかからないし、強制送還にもならないだろ?」
「ほ、ほんとに……なに言ってるの……? アラタくんは……それでいいの?」
「いいよ。パティアが俺のそばにいてくれるなら」
「っ……」
「金が必要なら、俺がバイトでもなんでもする。だからさ……キミは、犯罪なんかに手を染めないでくれよ」
パティアはたしかに詐欺師だった。俺も裏切られた気持ちになった。
だとしても。
パティアが、今日のデートを楽しんでくれたことは、確かなんだ。
「だって……パティアのネコシッポが、教えてくれたんだ」
デート中、ぱたぱたと左右に揺れ、嬉しそうにしていたそのシッポ。
そして、今は。
そのシッポは、へなへなとしおれている。
だから、パティアは。
「本当はこんなことをしたくないんだって……それが、わかるんだ。言葉でいくら誤魔化したって……パティアの気持ちを告げているんだよ」
「……そっか」
パティアは悔しそうにしながら、俺に向けていた銃を下ろした。
「だから……シッポなんか、嫌い。本心を隠してくれないから……」
そしてパティアは、また寂しそうに笑って……いや。
なにかにすがった目をしながら、まるで助けを求めるように、儚く微笑んだ。
「貧しい暮らしをしていたあたしは、詐欺グループの手伝いをしながら、どうにか生計を立てていた……。その流れで、マッチングアプリを悪用することになったんだ」
「…………」
「アラタくん。だからキミは、詐欺師のあたしなんかを気遣わなくていい。下手に擁護したら、キミまで罪に問われちゃうかもしれないもん」
『マスター、パティアさんの言う通りです。そもそもパティアさんはこのような甘言を用いて逃亡する機会をうかがっているに違いありません。ただちにゲートをオープンします』
ナビゲーターの声に呼応し、俺のスマホがまばゆい光を迸らせた。
落雷のようなエフェクトと共に現れるのは、禍々しい扉。
『準備が整いました。このゲートは、合図ひとつでブラックホールのように対象を吸引することができます。これでいつでもパティアさんを強制送還できます。この薄汚いゴミクズを掃除機で吸い込んでやりましょう。マスターもせいせいすることでしょう』
俺は、答えた。
『もし本気でやったらおまえをスマホごと廃棄処分する』
『マスター、お気を確かに! 私とパティアさん、どちらを信じると言うのですか!』
答えなんか決まってるよね?
「そっか……。あたし、強制送還になるんだ」
現れたゲートを見て、パティアは観念したように言った。
「おとなしく帰るよ。あたしは罪を犯した……アラタくんの心をもてあそんだ。金目の物を盗もうとしたことよりも、そこに罪悪感を覚えてしまう……。これって、なんでだろうね?」
「パティア……」
『マスター。相手に取り入ろうとする気満々のこの言葉もまた、ロマンス詐欺の手法です。今となってはさすがにマスターも騙されないと思いますが』
『騙されるに決まってるだろうが』
『マスター……! お気を確かに!』
『黙ってろ。マスターからの命令だ』
俺は、ここに至って。
ようやく告白の勇気を持つことができた。
だってそうだろ? 今しかないじゃないか。
ここでなにもできなかったら、俺は彼女を作る資格がないじゃないか。
「パティア、帰らないでくれ。詐欺グループなんか、これを機に抜ければいい。代わりに、この部屋で暮らせばいいんだからさ?」
「アラタ……くん……」
「俺、パティアに言いたかったことがあるんだ」
結果、たとえフラれたとしても、納得できると思っている。
どんな形でも──恋人になれなかったとしても。
俺は、傷ついている彼女を、守りたいんだから……。
「パティア……俺は、キミのことが……」
「……ちゅ」
その時。
パティアが俺の口をふさいだ。
自分の唇を、俺の唇に重ねることで────
「……ファーストキス、だよ」
俺から離れたパティアは、はにかんだ笑みを浮かべながら上目遣いをしていて。
その仕草はやっぱりあざとかったけれど、別れを告げるような寂しい笑みよりかは、ずっとマシだと俺は感じて。
そして、パティアは最後にこう言った。
「ばいばい、アラタくん。次は詐欺なんかじゃなくて……普通に会いに来るね」
パティアは自らゲートに足を踏み入れ、異世界に帰っていった。
こちらを一度も振り返らずに。前だけを向いて。
遠ざかるその背中が消えるまで、俺はただただ、見つめていた。
※
「お兄ちゃん……また大学サボってそんなことしてたんだ」
その夜、パティアとの別れで失意に沈んでいた俺は、妹のゲームにつき合わされていた。
「フラれるのは予定調和だし、そこについては驚かないけどさー。むしろお兄ちゃん、フラれてばっかなのによく懲りないね」
「懲りることはねえよ」
「どうがんばってもカノジョ作れないのに? お兄ちゃんは一生ドーテーなのに?」
「決めつけるなよ! いつか誰かと恋仲になれるかもしれないだろ!」
「変に希望持つと、無駄な努力を続けることになっちゃうよ?」
「努力しなかったら、そもそもなにも叶わないだろ」
「一思いに諦めれば楽になるのになー」
どういう意味で楽になるんだよ……。
「お兄ちゃん、どうせならその努力をほかに向ければ?」
「ほかってなんだよ。大学の勉強か?」
「まあ、それもあるけど」
「俺は勉強よりも恋愛をしたいんだよ」
「そんなにカノジョ欲しいんだ」
「ずっとそう言ってるだろ」
「……カノジョなんか作らなくたって、お兄ちゃんにはかわいい妹がいるのに」
「どこにそんな妹がいるんだ? 身に覚えがないんだが」
「ふーん……」
妹が操作しているキャラが、当たり散らすようにボスモンスターをなぶり殺した。かわいそうになるレベルで。
しかもその後、味方であるはずの俺のキャラにまで攻撃し出した。
「なにしてんだ!? おまえが邪魔でボスの死骸から素材をはぎ取れねえだろうが!?」
「ざぁこざぁこざぁこざぁこ……」
呪詛のようにつぶやきながら武器を振り回し、俺のキャラを吹っ飛ばしまくっていた。
憂さ晴らしが済んだのか、妹はゲームとボイスチャットから勝手に落ちた。
「ったく……めんどくさいメスガキだな」
まあ、次また一緒にゲームする時はご機嫌取りとして、妹がクリアしたいミッションに優先的につき合ってやるとしよう。
『マスター』
妹と入れ替わりでナビゲーターが話しかけてきた。
『パティアさんからメッセージが届いていますが、破棄しますか?』
「なんでだよ! するわけねえだろ!」
『彼女が詐欺師なのはマスターも知るところとなったはず。マスターの温情があったため規約違反にはなりませんでしたが、いつ同じことをするかわかったものではありません』
「……あのな。詐欺でもなんでも、俺はまたパティアに会いたいと思ってる。だからナビゲーター、パティアからのメッセージは必ず俺に見せるように」
『マスターは……お優しい方ですね』
パティアからのメッセージを読む。
その文面は、詐欺から足を洗うことを示唆していた。
『……マスター。パティアさんの素性を洗ってみたのですが、驚くべきことに、マッチングアプリに載せていたプロフィールの通りでした』
「それがなんで驚くべきことなんだよ」
『マッチングアプリで発生するトラブルは、統計データとしてはプロフィールの詐称が最も多いのです。ですが、パティアさんは詐欺グループの一員であることを隠してはいましたが、名前や住所や連絡先等、載せていた個人情報はすべて真実だったのです』
それからナビゲーターは、言ったのだ。
『ですから、パティアさんがマッチングアプリを使った理由──一番に望んでいたことが恋愛というのもまた、真実だったのかもしれませんね』



