竜胆の乙女 わたしの中で永久に光る
一 ②
玄関で聞いた豪快な笑い方と違い、若い娘らしくころころと鈴の鳴るような笑い声であった。しかしどうも作ったような愛想笑いである。
檜葉は竜胆の笑い声に同調せず重々しい表情のまま言う。
「冗談ではありません、この者どもは本当に商物なのですよ」
「おやめなさいよ、そんな物言い失礼だわ。素直にここで働いている方たちだと言えばいいじゃない」
竜胆の声が少し低くなった。どうやら人を物呼ばわりすることに抵抗があるらしかった。しかし竜胆の厚意からするりと抜けるように藤潜が吐き捨てた。
「本当だよ。俺たちはここでは本当にただの商品なのさ」
藤潜が言い終わると、惜菫と八十椿が美しい顔を見合わせて意地悪く笑った。嫌な笑い方だった。
竜胆は浮かない表情のまま逃げるように話題を変える。
「それで、この屋敷には他にどんな方がいらっしゃるの。わたしが暮らしていた東京の家はここよりずっと小さくて下女も一人しかいなかったけれど、ここはずっと大きくて下男だって三人もいるのね」
「ここにいるのは竜胆の他に、今目の前にいる惜菫、八十椿、藤潜の三つの商物、そしてわたくしども檜葉、白樺、立山の三人ですべてです。他には誰もおりません」
「皆変わったお名前なのね」
「これらはすべて先代の竜胆がくださった名でございます。ここにいる者はすべて本当の名は捨てました」
竜胆の眉根に皺が寄る。しかしすぐに姿勢を正し、口の端に笑みを浮かべて言った。
「なるほど、商物だの名前を捨てただの、ここは不思議なことだらけね。お父様がどんなお仕事をなさっていたのか、話を聞いても何一つ理解できないわ。お父様は随分な秘密主義でいらっしゃったみたいね」
「今はわからなくたって、夜になれば嫌でもわかるさ。秘密主義のお父様のお仕事を見て、泣いて叫んで逃げだしたって、俺たちは知らないぜ」
商物の三人が美しい顔を見合わせて意地悪く笑った。その笑い声があまりに
笑い声は座敷を埋めていくばかりで一向に引く気配がない。檜葉はとうとう
藤潜が畳の上に転がった。それに追い打ちをかけるように檜葉は両の手を振り回し、惜菫と八十椿を部屋から閉め出した。転がった藤潜はさらに
「黙れ黙れ、この
「随分と意地の悪い方たちだわ」
「気になさいますな、あんな奴らのことなんか」
檜葉は散らばった座布団を片付けると竜胆の前に座り直した。その顔は心持緊張している。
「これから竜胆のお勤めについてご説明します。これは先代が、御父様がなさっていた大切なお勤めです。たいへん難しいことでございますから、決して気を緩めないように」
「そんなに難しいお勤めなの。随分と重々しく言うのね。まるで失敗すれば命を取られるとでもいうような」
「そうです」
檜葉がぴしゃりと言い切った。竜胆の唇が強く結ばれた。
「まず、竜胆が今晩からお相手するお客様のことでございますが」
「おかととき?」
「ええ。そしてこれは先代が便宜上つけた名前、あれらに本来名前などありません」
「名前がないだなんて。それは一体どういった方たちなの」
「おかとときは人ではございません」
「そう、ではその方たちも商物なのね」
「そうではありません。おかとときはあの三人とは違い、本当に人ではない、恐ろしい存在なのです」
「まるで神や妖怪の類のような」
「それに近い存在です。しかし神でもないし妖怪でもない」
「わたしが言ったのは冗談だったのよ。真に受けないで。本当はどういった方たちなの」
「申し上げたのはすべて本当のことでございますよ」
竜胆は渋い顔のまま檜葉を見た。夜の色をした檜葉の大きな二つの瞳が竜胆を見つめぎらぎらと光る。
御日様の沈む頃、夜の皮を一枚剝がしておかとときはこちらへやってくる。そして
「先代はこのおかとときを屋敷にわざわざ呼びこんで、音楽や料理や遊びなど人の享楽の
町の
「そう、おかとときというのは、人ではないのにお金をたくさんお持ちなのね。まるで福の神だわ。とても恐ろしい存在だとは思えなくってよ」
竜胆はどこか皮肉っぽく言った。まだ檜葉の言うことが信じられぬ様子である。
「油断なさいますな。おかとときが興に乗れば富を得ることができますが、機嫌を損なえば恐ろしいことが起こります。わたくしどもはおかとときが
「まだよくわからないことばかりだわ」
「話を聞くよりも実際に見る方が早いでしょう。今晩はわたくしが竜胆の代わりにお勤めを果たしますから、ようくご覧になってください。しかし絶対に声をあげてはいけません。おかとときの興を
それから檜葉は竜胆を台所へ連れて行った。そこには既に下男の立山が
「おかとときはお花を召し上がるの」
「そういうわけではございません。先ほども述べましたが、これは人の享楽の真似事。おかとときは物を
「我々はおかとときが気に入るような趣向を凝らしているだけですよ。今回はたまたま花ですが、そればっかりじゃ飽きるから、明日は別のものを考えなきゃいけませんや」
檜葉の説明に立山が割って入った。せっせと花を器に盛る腕は程よく筋肉がついていて逞しい。腕車を引く仕事のせいかもしれなかった。
「そう、でもお花ならわたしも得意だわ。やらせてちょうだい」
それから少しずつ日が傾いていき、その色が
「いやだ、俺は嫌だ。帰る、帰るんだ。こんなところ一秒だっていたかない」
およそ成人の男とは思えない、まるで子供が駄々を
「おお、おお、いつものやつが始まりやがった。おれ、ちょっくら行って来る」
「一人で大丈夫かね」



