竜胆の乙女 わたしの中で永久に光る

六 ⑤


 梗子が悲しそうに目を伏せるのと同時に竜胆は椿つばきの腰掛ける縁側まで駆けた。竜胆が燃えるような目で八十椿を見下ろしたので、私は彼が萎縮するのではないかと思ったが、意外にも彼はこれを予期していたらしく顔色一つ変えず竜胆を見上げた。


「いいよ竜胆、その先はすべてを知っているぼくが説明しよう」


 八十椿は落ち着き払って話し始めた。

 先代の竜胆はおかとときを相手に商売を行い、梗子を連れ戻す方法がないか情報を集めていた。梗子を引いていったのはおかとときの中でも位の高い主と呼ばれる存在であったため、調査は困難を極めていたが、十七年の時を経て漸く主を殺す方法を突き止めたのである。それは主の心臓に竜胆の花の種を植え付けることであった。

 今年の春、先代はなんとか主に接触し、かの心臓に種を植え付けることに成功したが、同時に主から返り討ちに遭い、徐々に生命が消耗していく呪いをかけられたのであった。呪いに苦しみつつも主の目を盗み、梗子に会って竜胆が咲く秋になったら例の屋敷に逃げてくるようにと松の葉を渡し、命からがら屋敷まで逃げてきた。

 主から受けた呪いは徐々に進行していく。秋まで己の命が持たないと悟った先代は、娘の菖子に竜胆の後を継ぐよう文をしたためる。娘の菖子には危険な目に遭わせたくないということ、菖子が主に連れていかれると梗子が完全に所有されてしまうこと、二つのことから先代はこれまで菖子を東京に一人住まわせていたが、のっぴきならない状況に、泣く泣くまなむすめを渦中に放り込むことを決断したのである。

 文には母梗子のこと、今後の指示、そして短いながらも娘への情愛をしたためた。そして親指を強く嚙んで、障子紙で作った竜胆の押し花に血判し、それを自らのしろとして同封した。主の心臓に植えた竜胆の花は植えた人間の声を聞いて開花する。主が梗子を追いかけて屋敷までやって来たとき、娘の菖子が依り代を使い亡くなった先代を呼び寄せて開花させるつもりでいたのだった。


「だけど竜胆、知っていると思うけれど、依り代はあのとき一緒に燃やしてしまったよね。だからもう、これ以上はどうすることもできないんだ」


 八十椿がそう言うと竜胆の唇がわなわなと震え始めた。震えは手や肩、脚にまで広がって、ついには立てずに蹲ってしまった。竜胆は両手で顔を覆い、蹲ったまま言った。声まですっかり震えている。その姿に私は胸が締め付けられるような心地がした。


「嗚呼、お父様も、檜葉も、立山も、白樺も、命を懸けてまでお母様を助けようとしていたのに、わたしはそれを燃やして台無しにしてしまった……」

「そうだよ。きみの失敗で十七年に及ぶ先代の計画は御破算だ」


 蹲ったまま竜胆が泣き始めるのと同時に梗子の声がぴしゃりと響いた。


「お前は一体何だというの。何の権利があって娘をそれほどしつように責めるの。何があったかわからないけれど、わたしは娘を責めることはしません。叡一さんだってそうだわ。菖子はこの父と母のためによくやってくれた。これで十分です、ありがとう」

「いいえ、いいえお母様。わたしは何もやっておりません」

「よくお聞き。これから間もなく主がわたしを追いかけてここにやって来るでしょう。それは叡一さんも歯が立たなかった恐ろしい相手。そんな相手とお前を対峙させることはできない。万が一お前が連れて帰られたらと思うと身震いがする。わたしは大人しく帰ります」

「いけませんお母様。お父様も、檜葉も、立山も、白樺も、お母様のために命を懸けたのです。わたしも同様に命を懸けなくては、皆に申し訳が立たないというものです」

「強情な子だこと。本当に、わたしによく似ている」


 梗子は困ったように微笑むと、桔梗の車を娘の脇まで走らせた。そして蹲る娘の後頭部を幼子を慰めるように撫でて言った。


「わたしも叡一さんもお前の命など要らないのよ。願うのはお前の幸せだけ。これからは自分のために生きなさい。さようなら、愛しい子」


 桔梗の車はゆっくりと動き出す。松の木に向かって夜の帳をめくってあちら側に帰ろうとする。

 竜胆は顔を上げ、泣きながらその後ろを追いかけた。


「待って、待ってください。お願い行かないで」


 しかし竜胆がどれだけ走っても距離は縮まらない。涙で滲んだ視界にまばゆい光が広がって、桔梗の車は跡形もなく消えた。

 竜胆は私が今までに見たことのないほどに落胆していた。


「嗚呼。もうわたしにできることはない。もう何も考えが浮かばない」


 竜胆は私に向かってそう言った。


「あとはあなたが何とかしてください、堀出さん」


【五一分四五秒】


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「驚愕の一行」を経て、光り輝く異形の物語。

『竜胆の乙女 わたしの中で永久に光る』

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