俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女にならないか?』 ①

 登校前に過ごす、朝の穏やかな時間。

 母さんと仲良く談笑し、母さんと一緒に朝食を取り、母さんの笑顔を見られる。

 そんな素晴らしいひと時だが……たまに、とんだ邪魔が入ることがある。


「いづみさん! おかわりをくださいっ!」

「あらあら、春菜ちゃんは本当によく食べるのねぇ。うふふっ、可愛い♡」


 制服に着替え終えて一階のリビングに降りてきた俺が目にしたのは、母さんと親しげに離しながら朝食を食べている春菜の姿。


「母さん、おはよう。それと、春菜も」

「おはよう。翔ちゃんの分もすぐに用意するから、待っててね」

「おっはー、翔くん! 先にご飯、頂いちゃってるよー」

「……お前、何しに来たんだ?」


 春菜の隣の椅子に腰を下ろしながら訊ねると、春菜は不敵な笑みを浮かべた。


「決まってるじゃん! 私の魔法少女適性を上げるためのアドバイスを貰いにきたの!」

「まだ言っていたのか……」

「とりあえず、いづみさんの生活サイクルとか好みをメモったんだよ! 朝にどのヨーグルトを食べるのとか、寝る前のストレッチとか! 筋トレメニューもバッチリ!」

「母さん……余計なことを」

「うふふっ、可愛い春菜ちゃんのためですもの。少しくらいいいじゃない……ねー?」


 おかわりのご飯茶碗を差し出した後、母さんは春菜をぎゅっと抱きしめる。

 赤ん坊の頃から成長を見守ってきた春菜に対し、母さんが肩入れする気持ちは分かる。


「は、はわぁ……いづみさん、私、もう……高校生、なので……こんな、こんなの……」

「んふふふっ。照れなくてもいいのよ? ほーら、よちよち♡ よちよーち♡」

「まんまぁ……おぎゃ、おぎゃ……! ばぶぅっ!」


 母さんの大きな胸に顔を埋め、春菜はまるで赤ん坊に戻ったように甘えた声を漏らす。

 その光景を目にする俺のこめかみには、それはもう太い青筋が浮かんでいることだろう。


「春菜ちゃんは本当に甘えん坊さんねぇ。このままうちの子になっちゃう?」

「はいっ! いづみお義母様っ!」

「やめろ春菜。お前の母さんじゃない。俺の母さんだ」

「ふふーん! 私が翔くんと結婚したら、お義母さんだもん!」

「結婚したら、な」


 こんなやり取りを繰り返すのも、もはや何度目なのだろうか。

 物心付いた時から、春菜は俺にくっついて回り……他の誰とも交流しようとしない。

 その結果、彼氏はおろか友達の一人もいない状況なわけで。

 一応の幼馴染として、心配になるばかりだ。


「春菜ちゃんが義理の娘かぁ。それもまたいいわねぇ」

「朝から馬鹿なこと言わないでくれよ。俺、朝飯食べたらすぐに出るから」

「翔ちゃんったら素直じゃないわねぇ。本当は満更でもないくせにぃ」


 口元に手を当てながら、ニマニマと俺と春菜を交互に見やる母さん。

 気ぶるのは勝手だが、俺にその気なんてない。

 恋愛なんて、俺の目的を果たすための障害にしかならないんだから。


「翔くん、私……! 絶対にお嫁……じゃなかった! 魔法少女になるからね!」

「はいはい。せいぜい頑張ってくれ」


 俺は母さんに用意して貰った朝食をしっかり味わうと、そのまま登校。

春菜のせいで、行ってきますのハグができなかったことだけが……実に心残りである。


 □


「あー、おはよう生徒諸君。今日も麗しの美人教師に見惚れたまえー」


 朝のホームルームの時間を迎えた、玖蘭高校二年一組の教室。

 教室に入ってくるなり、気だるげに挨拶してきたのは俺のクラスの担任教師。

 名前は屋根田久美子。年齢は三十三歳、うお座のB型。現在独身、彼氏募集中。

 先ほどの挨拶から分かるように、お調子者で仕事に不真面目な性格だ。


「クミちー先生、今日も赤ジャージじゃん。マジ女捨てすぎててウケる」

「今時、丸メガネにおさげ二つ結びとかどうよー?」

「そーそー。素材はいいんだからさー」


 やいのやいのと、うちのクラスのギャルたちが屋根田先生に向けて騒ぐ。

 しかし彼女は眉間に皺を寄せ、深く溜め息を吐きながら首を左右へ振る。


「分かってねぇな、令和の乳くせぇギャル共。平成生まれにとって、女教師はこのスタイルが正義なんだっつーの」


 謎すぎるこだわりだが、本人がそれで満足しているのならいいのだろう。

 実際、小谷たちの言うように磨けば光る容姿なんだけどな。

 ああ、ちなみに魔法少女適性数値は年齢同様に三十三だったので不適格である。


「って、私の話はどうでもいいんだよ。それよりも、喜べお前たち。今日はうちのクラスに、超絶美少女転校生がやってきたぞー」


 先生がそう告げた瞬間、ダラダラと緩みきっていた教室が一瞬にして騒然となる。

 男子の多くは美少女と聞いて色めき立ち、女子は男子ではないことを残念がる者や、クラス内のランキングの変動を気にする者など多岐に亘る様子。


「うちのクラスに転校生ってことは……翔くん、ヤったね?」

「変な言い方をするな。校長も学年主任も、俺が頼んだら快く承諾してくれたよ」

「……どんな弱みを握っているのかは、聞かないでおくね」


 コソコソと俺と春菜が話している間に、クラスの騒ぎも徐々に落ち着いてくる。

 そのタイミングで、屋根田先生が廊下の方に向かって声を掛けた。


「ほら、ハードル上げてやったぞー。さっさと入ってこい、転校生」

「……はい。失礼します」


 鈴を転がしたように軽やかで耳心地のいい美声と共に、教室に入室してくる転校生。

 シルクのようにきめ細やかな青い長髪を揺らし、姿勢良く歩くその姿に……期待値が高まりきっていたクラス全員が、思わず息を呑むほどであった。


「皆さん、初めまして。セレスティア女学院から転校してきました三条凪です」


 昨日、屋上で出会った時のトゲトゲしい態度はどこへやら。

 爽やかな笑みを浮かべながら、丁寧なお辞儀をする三条。

 その麗しい姿に、静まり返っていた室内は再び熱気に包まれていく。


「うっわ……マジかよ。すんげぇー美人!」

「あれ? あのお嬢様学校の制服じゃんっ! もしかしてお嬢様だったりする?」

「はいはいはーいっ! 彼氏いますかー?」


 四方から飛び交う大声。

 すっかり大興奮状態のクラスだが、それを受けて屋根田先生が黒板をバンッと叩く。


「うろたえるな、小童ども! そういうのは休み時間にやれ!」

「……っ」


 俺を含め、クラスの全員は先生のこういったノリに慣れている。しかしお嬢様学校出身の三条には耐性が無かったのか、目を見開くように丸くして驚いている様子だった。


「三条は両親のお仕事の都合で、転校してきたそうだ。うちみたいな一般高校のことはよく分からんだろうから、しばらくお世話係を付けてやろう」


 先生のその発言に、俺を除いた男子生徒全員が一斉に右手を挙げる。

 しかし先生はそんな男子たちのアピールをスルーし、俺の方に視線を向けてきた。


「一ノ瀬、この重要な役目はお前に任せるぞ」

「そりゃまぁ、俺がクラス委員長ですからね。喜んで引き受けますよ」


 男子生徒たちから失意の声や悲鳴が漏れる中、俺は至極当然の役割分担を拝命する。


「先生、でも男子の俺だけだと色々と大変ですので……副委員長の百野もいいですか?」

「好きにしろー。私は私に面倒が降りかからなければ、それでいい」


 そう言い放った屋根田先生は三条に向き直り、その肩に手を置く。


「つーわけで、頼るなら私じゃなくてあっちの二人にしてくれ。いいな?」

「は、はぁ……?」

「うしっ、じゃあお仕事終わり! 今日は全員出席ってことにしとくからなー」


 出席確認を取ることもなく、屋根田先生は出席簿片手に教室を出ていく。