俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女にならないか?』 ③

「やめろ、デリカシーゼロ人間が」


 春菜の首筋にチョップをお見舞いして黙らせ、俺は三条に向かって謝罪の言葉を紡ぐ。


「このアホが不躾なことを言ってすまなかった。食事については本人の自由だと思うぞ」

「…………」

「だが、食堂や購買部の場所くらいは今後のために教えておきたいんだ。何も食べる必要はないから、一緒に行ってみないか?」


 ここで俺は、これまで必死に練習してきた爽やかなスマイルを発動。

前に母さんが褒めていた人気俳優やアイドルに嫉妬し、そいつらがファンに向けるスマイルを模倣したもので……再現性にはかなりの自信がある。


「……ふん、そんなの必要ないわ」


 しかし、俺の懇親のアプローチは呆気なく袖にされてしまった。


「嘘……!? 翔くんの必殺スマイルが通用しないなんて……!」


 春菜は唖然とした表情で、カタカタと体を震わせて慄いている。

 いや、流石にそれは大袈裟すぎるだろ。


「アンタ、たしか一ノ瀬……だったわよね?」

「ん? ああ、一ノ瀬翔太郎だ」

「……ちょっと、顔を貸して。できれば人が来ない場所がいいわ」


 席を立ち上がり、周囲には聞こえない程度の声量でささやく三条。

 これは嬉しい展開だ。まさか向こうから誘ってくれるなんて。


「勿論いいよ。それと、コレはどうする?」

「翔くん!? 幼馴染にコレ扱いはないんじゃないかな!?」

「どうでもいいわ。いてもいなくても関係ないし」

「そうか。じゃあ、一応連れていくよ」


 話題の美人転校生と二人きりで校舎内を移動なんてしたら、嫌でも注目を集める。

 こんな幼馴染でも、いないよりはマシだろう。


「えっ? 待って、お弁当はどうするの?」

「いいから行くぞ。時間がなくなったら、休み時間か放課後に食べよう」

「うぅっ……今日は特に自信作だったのにぃ……」


 クソデカ弁当を包み直し、鞄の中へしまい込む涙目の春菜。

 悪いとは思うが、今は三条と距離を詰めることが何よりも優先だ。


「ちょうどいい場所を知ってるんだ。案内するよ」


 その後俺は三条と春菜を引き連れ、人目につかない場所まで移動するのだった。


 □


「さぁ、入ってくれ」


 昼休み。俺と話がしたそうな三条を連れてやってきたのは、三階の端にある一室。


「ここは?」

「今は使われていない空き教室だよ。ちょっと事情があって、先生から鍵を預かってるんだ」


 事情も何も、いつかこういう時に使えると思って校長から脅し取ったものだが。

 そんな裏事情をわざわざ明かす必要もないだろう。


「この辺りを通りかかる生徒はほとんどいないけど、念の為に内鍵をかけた方がいいか?」

「……そうね。そこの幼馴染女もいるし、アンタが私を襲うってこともないでしょうし」

「うん、大丈夫だよ! 翔くんってば、私がどれだけアピールしても、まるで手を出してくれない草食系男子だからね!」

「貴方、言ってて悲しくならないの?」

「なるよぉっ! でも泣いていたって翔くんは堕とせないんだよぉっ!」


 ダバダバと涙を流しながら訴えかける春菜。実にツッコミどころ盛り沢山だが、これ以上構うと話が脱線しそうなので……俺は本題を切り出す。


「それで? わざわざ人気のない場所を指定したりして、俺に何の用なんだ?」

「ふん、白々しい。用があるのは、アンタの方じゃないの?」


 両腕を組み、ギロリと鋭い眼光で俺を睨みつける三条。

 これはまた、随分と警戒されている様子だな。


「わけがわからないな。俺はクラス委員として、転校生に……」

「甘くみないで。私は昔から人の嘘を見破るのが得意なの。特に、表向きはどれだけいい顔をしていても、取り入ろうとしたり、利用しようとしたりする人間の内面を見抜くのは」

「……なるほど、それはすごいな」


 セレスティア女学院に通っていたくらいのお嬢様だ。

 ほぼ間違いなく家は裕福……両親のどちらかが何かしらの大物である可能性は高い。

 政治家、芸能人、社長などなど……いずれにしたって、その子女である三条に近付く人間の多くは、甘い蜜を吸いたい者ばかりだったのだろう。


「アンタは見た感じ爽やかで、顔もまぁそれなりで……私を気遣う言動に下心も感じない。でもね、それが逆に気持ち悪くて不気味なのよ」

「ああ、そいつは盲点だった。三条みたいに綺麗な女の子を前にして、一切の下心を見せないってのは……たしかに違和感がある。勉強になったよ」


 女性はいやらしい目で見られるのを嫌がるもの、という考えの基に不快感の徹底排除を意識していたが……逆にそれが仇になったわけか。


「き、綺麗って……アンタ、ここに来てそれを言うわけ?」


 三条は頬を微かに赤らめ、口の端をヒクヒクさせながら俺の顔を見る。


「ん? こちらの思惑がバレた以上、もう誤魔化す必要もないだろ? お前は俺が知っている同年代の女子の中で、間違いなくトップクラスの美人だと思うぞ」

「……ま、まぁいいわ。そこは本題じゃないし」

「翔くん……それを素でやっちゃう辺りがあざといんだよね」


 春菜はやれやれといった表情で、こちらを責めるような視線を送ってくる。

 あざとい? 別に媚びたり、自分をよく見せようとしたりしたつもりはないんだが。


「……三条、すまなかった。お前の言うように、俺はある目的を持ってお前に近付いた。親切にあれこれ世話を焼いたのも、その目的のためだ」

「目的? やっぱりアンタ、あの女の……!」

「あの女? 何の話をしているか分からないが、俺の目的はただ一つだ」


 敵意剥き出しで俺を睨む三条。

 その目を正面から真っ直ぐに見つめ、俺は万感の思いを込めて……言い放つ。


「三条凪。お前、魔法少女にならないか?」

「…………は? 魔法、少女?」

「そうだ。お前にはその才能がある。世界最強の魔法少女となる素質が!」


 きょとんとした顔で目を丸く開き、大口を開く三条。

 しかしすぐにその表情はみるみる内に、驚愕から怒りへと染まっていく。


「アンタ……私を馬鹿にしてるの? 何が魔法少女よ!」

「魔法少女は魔法少女だ。自分を犠牲にし、世界を救う尊い救世主。お前だって、普段の魔法少女の活躍くらいは知っているだろ?」

「そりゃあ知ってるわよ。でもなんで、それが私なのよ」

「大丈夫さ。魔法少女に選ばれた者はみんな、最初はそう思うもんだからな」

「待って待って、頭が痛い。え? 何よこれ、私……からかわれてる?」


 三条は頭を抱えながら、困惑の色を隠せない様子。

 偏頭痛持ちとしてすごく共感できるが、今は手を緩めるわけにはいかない。


「俺は至って真面目だよ。実は……俺の家族の一人が現役の魔法少女をやっていてな。俺はその人を戦いの使命から解放してあげたいと思ってる」

「家族のため……ね。事情は分かったけど、それがなんで私になるのよ?」

「昨日、屋上でお前が拾った機械。アレが魔法少女の素質を測定する装置だったんだ」

「……素質を?」

「ああ。お前が魔法少女になれば、シャドウネクサスを壊滅させることだって夢じゃない。あの大英雄チェリーダイヤにも成し遂げられない偉業を、お前が果たすんだ!」


 俺が必死にそう訴えかけると、三条は静かに俺と視線を合わせてくる。

 それから数秒、互いの目を見つめ合っていると……やがて、彼女は大きく項垂れた。


「……さっきも言ったけどさ。私は人を見抜く目に自信があるし、嘘にも敏感なの。だから、すごく認めたくはないんだけど、アンタが本当のことを言ってることは分かるわ」

「そうだ。お前は最強の魔法少女になる素質がある」

「それは置いておいて……言いたいことがあるわ」