俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女にならないか?』 ④

 三条は額に手を当てながら、苛立ちを隠そうともせずに淡々と言葉を紡ぐ。


「私は魔法少女になんてなりたくない。これでこの話は終わりよ」

「いいや、終わりじゃない。魔法少女になりたくない理由を話してくれ」

「いくつもあるけど……まず、魔法少女になって戦うのは危険でしょ?」

「そうだな。だが、なるべく危険を取り除くために、俺が可能な限りでバックアップをする」

「次に、私が魔法少女になるメリットがないわ。慈善家にでもなれってわけ?」

「正義感のために働け、なんて言うつもりはないさ。お前が魔法少女になってくれた暁には、俺に叶えられる範囲で、どんな望みや願いを叶えることを約束しよう」


 俺がそう返すと、クソデカ弁当を食べ終えた春菜がガタンッと椅子から立ち上がる。


「ね、願いを? じゃあデートとかもアリなの? ちゅっちゅとか、その先の……どんなえっちなことも? 叶えてくれるってことなの?」

「魔法少女になってくれる相手が、そう望むのならな」

「……ふへっ」


 ぶしゅっという音を立て、春菜の鼻の穴から勢いよく吹き出す鮮血。

 それから彼女はニタニタと気色悪い笑みを浮かべ、ガッツポーズをする。


「決めた! やっぱり私、魔法少女になるっ!」

「今はお前の話をしていないんだが」


 面倒くさい幼馴染を放置しつつ、俺は難しい顔をした三条の方を向く。


「そういうわけだ。三条、デートはともかく……報酬は用意する。金でもなんでも、お前が望むものを教えてくれないか?」

「……報酬? たかだか学生のアンタに、何ができるってのよ」

「それは……」

「アンタみたいな奴には、私が欲しいものは絶対に用意できない」


 取り付く島もなく、三条は敵意を剥き出しにしてくる。


「気持ち悪い。何が魔法少女よ、二度と話しかけてこないで」


 一方的にそう言い放ち、三条は部屋の内鍵を外して廊下へと出ていく。

 あの様子では、いくら引き止めたところで効果はないだろう。


「あちゃー、翔くん、失敗しちゃったね」


 額に手を当て、こちらに歩み寄ってくる春菜。

 彼女は俺を案じているのか、こちらの顔を不安げに覗き込んでくる。


「……まぁ、初日だしな。これくらいじゃへこたれないさ」

「そう? 翔くん、打たれ弱いから心配だよ」

「俺が打たれ弱い? ハハハッ、そいつは何の冗談だ?」


 この程度の失敗、どうってことはない。

 まだ計画は始まったばかり。

 三条に嫌われ、気持ち悪いと言われたからなんだっていうんだ。

 俺はちっとも気にして……


 □


「うえええええんっ! 気持ち悪いって言われちゃったよぉぉぉぉぉっ!」

「あらあら、翔ちゃん。可哀想にねぇ」


 学校から帰宅して早々。精神の限界を迎えていた俺は、真っ先に母さんに泣きつき……リビングのソファで膝枕をしてもらっていた。


「よしよ~し、いい子いい子♡ ママが頭をナデナデしちゃうわよ~」

「……ぽんぽんも」

「もう、甘えん坊さんねぇ。はぁ~い、背中ぽんぽん♡ 元気になぁれ♡」

「うん……なる。いっぱいなるぅ」


 これはもはや、昔からの恒例行事のようなもの。

 学校で嫌なことがあったり、友達と喧嘩したりして精神の限界を迎えた時。

 俺はこんな風に幼児退行し、とにかく母さんに甘えようとしてしまうのだ。


「これも久しぶりねぇ。最近の翔ちゃんってば、しっかりしたお兄さんになってたから」

「……いつまでも子どものままじゃいけないって思ってさ」


 甘えてばかりじゃダメだ。俺が母さんを守るんだ。そう思って、強くなろうと決意したはずなのに……またこうして、俺は母さんを頼ってしまっている。


「いいのよ。だって翔ちゃんは何才になっても、私の子どもなんだから」


 そんな不甲斐ない俺を、母さんは惜しみない愛情で包みこんでくれる。

 この甘く、とろけるような幸せが……俺を惑わせるのかもしれないな。


「でもね、ママは信じてるわよ。翔ちゃんはどんなことにも負けない、強い子だって」

「……だけど三条にあれほど嫌われちゃったんだ。もう、絶対に無理だよ」

「うーん、そうねぇ。これは私の勘なんだけど……その子、翔ちゃんのことを本気で嫌っているってわけじゃないと思うの」


 顎に指を当て、考え込むような仕草をしながら母さんは言う。


「女の子が素直になれない時って、きっと何か理由があるはずよ。だから今はとにかく、その子のことを知ろうとしてみたらどうかしら?」


 母さんの言葉に、俺はハッと気付く。

 そう言えば、俺は彼女のことをまだ何も知らない。

 いや、彼女に俺の事情を話しただけで、彼女のことを何も聞いていないんだ。


「……分かったよ、母さん。俺、やってみる」

「あら、急に男前さんになったわねぇ。それでこそ私の息子よ♡」


 頭と頬を順番に優しく撫でられながら、俺は決意を新たにする。

 一度や二度の失敗、どうってことはない。

 ようやく見つけた、母さんを救う大事な鍵を……こんなことで逃がすわけはいかないんだ。


「……でも、今日はもっとナデナデして。ぎゅってして」

「うふふふふっ♡ はぁい、たっぷり可愛がってあげるっ♡」


 明日から頑張るために。

 とにかく今は、母さんの愛情を細胞の隅々にまで染み渡らせておくのであった。


 □


「というわけだ三条。お前のことを教えてくれ」

「どういうわけなのよ……」


 魔法少女のスカウトを手酷く断られ、迎えた翌日の学校。

 母さんのアドバイスを活かすべく、俺は再び三条に話しかけていた。


「アンタさ、私がもう話しかけるなって言ったのを忘れたの?」

「忘れてないさ。だけど同じクラスである以上、そんなのは無理に決まってる。というか、俺はお前の案内役を任されているしな」


 そう返しながら、俺は彼女の机の上にプリントの束を置いた。


「これはクラスから集まった三条への質問リストだ。一応俺の方で、プライバシーやセクハラに関わりそうな質問は省いておいた。もし、答えたくない質問があればスルーでもいいぞ」

「……はぁ? どんだけ質問したいのよ……」


 ペラペラと紙の束を捲り、面倒くさそうに質問に目を通していく三条。本来ならすぐにでも突き返したいのだろうが、クラスからの質問ともあればそうはいかないのだろう。


「それほど、みんながお前と仲良くしたいと思っているって証拠だ」

「……やってらんないわ」


 等とぼやきながらも、三条はペンを握って質問リストへの記入を始める。

 白く細長い指先からは、彼女のイメージ通りの字がスラスラと描かれていく。


「綺麗だな」

「あのね。そんな単純な褒め言葉で、私が靡くとでも思ってんの?」

「いや、そうじゃない。お前が綺麗な文字を書くから、つい感心したんだ」

「文字……あっ」

「まぁ、昨日も言ったようにお前の容姿も綺麗だと思っているけどな」

「っ……! アンタ、ねぇ」


 ギリッと歯を鳴らしながら、殺意の籠もる目でこちらを見やる三条。

 しかし隣をクラスの女子が通りかかったのを見て、すぐに表情を落ち着かせる。


「クラスメイトの前では相変わらず猫を被るのか? 普段通りの態度でもいいと思うけどな」

「……別に。好かれようとも思わないけど、嫌われたくもないだけ」

「へぇ? そいつはどうしてだ?」

「だって、前の学校じゃ……」


 そこまで呟いて、三条の手がピタリと止まる。


「なんでもない。アンタにそんなこと、話す必要もないし」

「今はまだいいさ。いずれ、もっと仲良くなったら話してくれ」

「はぁ……アンタって」


 奇っ怪なものを見るような視線を送りながら、三条は深い溜め息を漏らす。