俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女にならないか?』 ⑤

「分かります、分かりますよ凪ちゃん。翔くんってさ、なんだかアレだよね」

「……百野さん、だっけ? 貴方、いつからいたの?」

「ずっといたよぉ……! 二人のなんかいい雰囲気に飲み込まれていただけだよぉ!」


 机の下から顔を出し、恨みがましい言葉を漏らす春菜。


「ああもう、なんなのよ……私はただ、静かに学校生活を送りたいだけなのに」

「それに関しては、本当に悪いと思ってる。だが、俺だって大事な家族のために、ここで引き下がるわけにはいかないんだ」

「家族のため……」

「そうだ。俺は家族のためなら、命だって惜しくない」

「ハッ、口ではなんとでも言えるじゃない。だったら、私が魔法少女とやらになったら、お願いってやつでアンタに死んでもらおうかしら」


 鼻で笑いながら、両肩を竦める三条。

 どうせできないだろ、と言いたげな態度だが……俺は迷うことなく頷いた。


「構わないぞ。ただし死ぬのはシャドウネクサスを壊滅させた後、という条件付きになるが」

「は? アンタ、適当なこと……」

「嘘を見破るのは得意なんだろ? その目で確かめてみろよ」

「…………嘘、でしょ?」


 三条は俺の顔をしばらく見つめた後、呆気に取られたような表情で瞬きを繰り返す。


「フッ、凪ちゃん。翔くんは本気だよ? こういう冗談は絶対に言わない人なんだから」


 春菜、なんでお前はしてやったりといった顔で、後方恋人面をしているんだ。


「そう、分かったわ。一ノ瀬、アンタの覚悟を軽んじるようなことを言ってごめんなさい」

「どうした急に。俺は別に気にしてないぞ」

「……ねぇ? 今日の放課後、またあの場所で話せるかしら?」

「え? ああ、願ったり叶ったりだが……」

「決まりね。じゃあ、そういうことでよろしく」


 そう言って三条は手をヒラヒラと振り、再び質問への回答作業に戻っていった。


「むぅ……翔くん、一歩前進って感じだね」


 嫉妬を隠さない不満げな態度で、春菜は口をへの字に曲げる。


「どうだろうな。まだ、放課後になってみないと分からないさ」


 恐らくだが、三条がこうなったのは……家族という言葉がきっかけだろう。

 家族に関する何かが、三条を動かすきっかけになるということか。


「春菜、今日は先に一人で帰ってくれ。三条とは二人きりで話がしたい」

「……しょうがないなぁ、いいよ。こういう時、どっしり構えるのが正妻だもんね」

「正妻ではないが、物分かりのいいお前はわりと好きだぞ」

「きゃっ……プロポーズ? 不束者ですが、これからも末永くよろしくお願いします!」


 両目を輝かせ、春菜はうっとりと恍惚の表情を見せる。

 俺はそのまま昇天してしまいそうな彼女を完全に放置。

放課後を今か今かと待ち切れない、逸る気持ちを必死に抑えるのだった。

 

 □


 一日の授業が全て終了し、多くの生徒が帰宅したり、部活動に励んだりする中。

 僅かに埃臭さの残る空き教室にて、俺と三条は二人きりで向かい合っている。


「さて、三条。俺に話っていうのは、なんなんだ?」

「……少し前置きが長くなるかもしれないけど、ちゃんと伝わるように話すわ」


 三条はその美貌に似つかわしくない悲しげな表情で、長い髪に手を添えながら話し始めた。


「私の家はね、お祖父様の代から会社を経営しているの。まぁ、会社といっても小規模なもので、貴方は名前を聞いたこともないかもしれないけど……」


 セレスティア女学院に通っていたくらいだから、これは予想の範囲内だ。

 ただ、今がそうでないということは……恐らく。


「大体、話は読めているでしょ? 実はうちの会社……酷い状態なの」

「……経営が上手くいってないってことか?」

「うちの工場、昔からアイドルのグッズとか小物を制作して販売したりしていたの。大規模じゃないけど、丁寧な造りが評価されて……昭和の時代から繁盛していたそうよ」


 だとしたらなぜ、と俺が疑問を口にするよりも先に、三条は悔しげな表情で言葉を続ける。


「私が入学したセレスティア女学院に大手事務所の人気アイドル、長篠愛って子がいてね。私はクラスも別で、まるで関わりがなかったんだけど……」

「……その子に逆恨みでもされて、会社に圧力がかかったのか?」

「ふふっ、ありがちな話よね。長篠愛の連れが、こっそり裏で陰口を叩いていたそうよ。長篠愛よりも隣のクラスの三条凪の方が美人だって」

「俺はテレビでしか長篠愛を知らないが、実際にお前の方が綺麗だと思うぞ」

「あはははっ、そうね。もしかしたら、長篠愛自身もそう感じたからこそ……私のことを調べ上げ、父の会社に圧力をかけるように動いたのかもね」


 いつの間にか潤んだ瞳を手で拭いながら、三条は震える声で言葉を続ける。


「それから大手事務所を始めとしたあらゆる芸能事務所が、うちの会社との契約を解除してきてね。しばらくは地道に頑張っていたんだけど……会社は倒産寸前。パパもママも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも……どうにか会社を立て直そうと、毎日必死に動き回ってるの」


 そうか、それで三条はセレスティア女学院から転校してきたのか。

 膨大な学費をこれ以上払うことが難しくなったことが理由か、或いは長篠愛やその取り巻きによる嫌がらせに耐えかねたのかは分からないが……相当に苦労したのだろう。


「これで分かったでしょ? アタシの家は今、すごく大変な状態なわけ。家族は勿論、会社で働く社員たち……総勢二百人近くの人生がかかってるんだから」

「……だから、魔法少女になることはできない。そういうことなんだな?」

「ええ。魔法少女が世界を救うために、重要な存在だってことは分かってるわ。でもね、私は世界よりも……大切な家族を支えたいの。家事でも雑用でも、なんだってするわ!」


 それは今まで、どこか冷めた態度を貫いてきた三条の……心からの叫びだった。


「ああ、そうか。三条……そいつを聞いて、少し安心したよ」

「……えっ?」

「お前は魔法少女が嫌いなんじゃない。家庭の事情さえ解決すれば、俺のスカウトに耳を傾けるつもりはあるってことだろ?」

「ふ、ふざけないで! 今の話、ちゃんと聞いてたの!?」

「ふざけてなんかないさ。お前がもし、魔法少女を嫌っているのなら……そもそも、その気さえ無いっていうのなら、俺にはどうしようもなかった。でも、そうじゃない」


 俺は嘘を見抜く自身があるという彼女の目をまっすぐに見つめ、ハッキリと断言する。


「男の俺は魔法少女にはなれない。でも、お前を救うことはできる」

「はぁ? 意味分かんない……! アンタなんかに、そんなことできるわけないでしょ!」


 動揺した様子の三条は、近くの机に置いていた鞄を引ったくるように掴むと、そのまま空き教室の出口に向かって駆け出していく。


「とにかく、そういうことだから! もう、私のことは諦めて!」


 振り返ることなく、勢いよく空き教室を去っていく三条。

 そんな彼女の背中を見送った後……俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。


「久しぶりに『八百夜会』の出番になりそうだな」


 スマホアプリのチャットアプリを起動し、とあるグループ会話にメッセージを送る。

 内容は『今夜二十一時より、緊急でご相談したいことがあります』というもの。

 突然のことで、グループ全員が参加できないかもしれないが……主要メンバーだけが集まってくれれば、どうにかなるはずだ。


「さぁて、どうかな……?」


 スマホの画面を見つめながら、少し待っていると。

 ピロンピロン。連続で返信が通知されていく。

 五分もかからずに、グループ全員から出席する旨の内容が返ってきていた。

 この時点ですでに計画の成功を確信し、俺は一人でほくそ笑む。


「三条、俺を……いや、チェリーダイヤを支える絆を甘く見るなよ」


 最強の魔法少女となる素質を持った少女、三条凪。

 お前のことは、必ず俺が救って見せる。