俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女にならないか?』 ⑥

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 夜も更け、空にはきらびやかな星々が輝く頃。

 俺は電気を消した暗い部屋の中、ノートパソコンの明かりだけで……総勢七人を相手にして、グループ通話を行っていた。


「皆さん。お忙しい中、わざわざ集まって頂いて、ありがとうございます」

『いえいえ、お気になさらず。自分も、ちょうど相談事がありましたからな』


 真っ先に言葉を返してくれたのは、俺の顔なじみでもある池田さん。

 そして、次々と他の参加者も挨拶を返してくれた。


『ギャハハハ、会長が緊急招集をかけるなんて珍しいじゃねぇか!』

『ウフフフ、会長ったらまた一段と男らしくなったわねん』


 久しぶりの全員集会ということで、盛り上がる一同。

 っと、いけない。これはこれで楽しいんだが、今日の本題を忘れてはいけない。


「よくぞ集まってくれました、チェリーダイヤファンクラブ……幹部メンバーの皆さん。実は今日は、皆さんにご相談とお願いしたいことがありまして」

『ほほう? それはまた、どのような?』

「詳細は後で話します。その内容に少々、疑問を抱くかもしれません。しかし、私は天地神明に……いえ、我らの女神チェリーダイヤに、一切の悪心無きことを誓いましょう」

『アタシ、会長さんを信じてるからね!』

『ワタクシもですわ。会長様、なんなりとご命令くださいな』


 メンバー全員、俺を疑う素振りさえみせない。

 これこそが、長年培ってきた……母さんを支える者たちの絆だ。


「ありがとうございます。では、早速本題なのですが……」


 それから俺は、チェリーダイヤファンクラブによる幹部会……通称『八百夜会』の参加者たちに、とある提案と協力を持ちかける。

 最初は全員、その内容に戸惑いを見せたものの……やがて快諾。

 特に心配していた、広報、会計をそれぞれ担当する幹部たちも合意してくれた。


「皆さん、よろしくお願いします。全ては偉大なるチェリーダイヤのために」

「「「「「「「チェリーダイヤのために!」」」」」」」


 後は彼らに任せておけば、きっと上手くいく。

 俺はそう確信しながら、グループ通話を切るのであった。


 □


 うちのクラスに三条凪が転校してきてから、今日でちょうど一週間。

 あれから俺は三条に言われた通り、彼女に自分から積極的に話しかけようとはせず、クラス委員長として必要最低限の会話しかしてこなかった。

 クラスメイトたちも最初こそ三条に積極的に絡みに行っていたが、数日ほど経てばそれも次第に落ち着き、三条の周りに人が集まることはなくなってきていた。


「はぁ……めちゃんこショックだよぉ」


 そんな折、今日もまた出待ちをしていた春菜と共に登校しているのだが。

 今日の春菜はやけにテンションが低く、どんよりとしたオーラをまとっている。


「まだ言ってんのか? もう学校に着くぞ?」

「だってだって! 私、あの子のファンだったんだよぉ……」


 両手を握りしめながら、プンプンと春菜が俺に食ってかかろうとしたその時。

 視界に入ってきた学校の正門から、凄い勢いで誰かが駆け寄ってくるのが見えた。


「一ノ瀬っ! やっと来たわね!」

「三条? おはよう、そんなに慌ててどうし……」


 走ってきた人物の正体は、まさかの三条。

 クールな彼女らしからぬ剣幕に加え、長い髪をふり乱した状態は……少し怖い。


「いいから! いつもの場所へ行くわよ!」

「おいっ! 待てって!」

「しょ、翔くぅーんっ!」


 ガシッと俺の腕を掴んだ三条は再び加速。その細い体のどこに、そんな力があるのかと驚くほどのパワーで、俺を例の空き教室まで引っ張っていく。


「いたたたたっ、もう少し落ち着いてくれないか?」

「ねぇ、アンタ! 一体何をしたのよ!?」


 空き教室に到着するなり、三条は俺を壁まで追いやり……片手をドン。

 いわゆる壁ドン状態に加え、互いの唇が触れ合いそうになるほどに顔の距離を詰めてくる。


「何をって?」

「とぼけないで! うちの会社にとんでもない大口のグッズ制作の依頼が舞い込んできたらしいの! それも、芸能事務所との契約解除による損失を補って余るほどの特大契約よ!」

「へぇ……そいつは良かったじゃないか」

「パパもママも、信じられないくらい舞い上がっちゃって! お兄ちゃんなんか昨日、お祝い用の特大ケーキを買ってきちゃったのよ! それも二つよ二つ、チョコとフルーツ!」

「だから、良かったじゃないか」

「良かったのよ! 良すぎちゃってるのよ!」


 酷く興奮状態で、言動が支離滅裂な三条。

 それほどまでに会社が助かったことが嬉しいのだろう。


「はぁっ、はぁっ……! しかも、その契約先! あのチェリーダイヤファンクラブだって言うじゃない! そんなの、絶対にアンタが絡んでるでしょ!」

「あれ? 俺、チェリーダイヤのファンだって言ってたか?」

「魔法少女のファンなんて九割九分がチェリーダイヤ推しよ! 常識だわ!」

「よく知ってるな。その通り、俺はチェリーダイヤのファン……いや、信奉者というべきか」

「そんなことはどうでもいいわ! アンタの仕業なのかって聞いてんの!」

「まぁ、そうだな。こう見えて俺はチェリーダイヤファンクラブの会長でな。ちょうどファンクラブのグッズ事業を拡大しようと考えていたところだったんだ」


 そこで俺は昨日、八百夜会の議題の一つとして、グッズ制作を三条の親が経営する会社に依頼することを提案した。

本来なら、そんなことを提案すれば俺と会社の癒着が疑われるのだろうが、最終的に幹部のみんなはこれがチェリーダイヤのためになるという俺の言葉を信じてくれたのだ。


「でも、こんなの……」

「おっと、勘違いするなよ。幹部の中には反対する奴もいたんだ。だけど、お前の会社が前に作った商品やサンプルを見て、これなら大丈夫だと了承してくれた」

「え? じゃあ……?」

「この契約を勝ち取ったのは、お前の親父さんたちの頑張りのおかげってわけだ。俺はただきっかけを与えただけで、大したことはしちゃいない」


 これは別に三条を気遣っているわけではなく、ただの事実を述べているだけだ。

 実際、質が悪ければ幹部の数人は最後まで反対していただろうからな。


「……どうして、そこまで?」

「言ったろ? 俺は魔法少女にはなれないが、お前を救うことはできるって。だから俺は、俺の手の届く範囲でお前を助けただけのことだ」


 俺がそう返すと、三条はあっと驚いた表情になる。

 それから、少し俯き……こちらを上目遣いで見上げながら訊ねてきた。


「なるほどね。じゃあ、これから私に……」

「……ああ。魔法少女になるかどうか、考えてほしい」

「へぁ? 考えて、ほしい? 魔法少女になれって、命令じゃないの?」

「命令? どうしてそうなる?」


 何か勘違いしている様子の三条に呆れつつ、俺は自分の本心を伝える。


「これでもう、悩み事は無くなったんだろ? だったら、これからはほんの少しでいいから、俺の言葉に耳を傾けてくれると嬉しい」

「え? じゃあ、これで私が魔法少女にならないって、断ってもいいの?」

「当然だろ? 俺はお前を説得する機会が欲しかったんだ。これから必死に口説き落とすつもりだから、覚悟しておいてくれよ」


 あくまでも、彼女を救ったのは落ち着いて話をする機会がほしかっただけ。

 助けた報酬として魔法少女になれなんて、強制するようなやり方はしたくない。


「馬鹿じゃないの。契約を盾に脅せば、アタシになんでも命令できるのに」

「魔法少女ってのは命がけで戦う危険な仕事だ。だからこそ、本人の意思を尊重したいんだ」

「一ノ瀬……」


 素直にそう返すと、三条は俺の顔を見つめたままきゅっと唇を引き結ぶ。


「そういうわけだから、また今度……」


 話を終え、俺が三条の壁ドンの中から抜け出そうとした……その時。


「いいわ、なってあげる」

「……へ?」

「アンタのために、私の意思で! 魔法少女になってあげるって言ってんの!」


 ドンッ。今度はもう片方の手で、俺を逃さないように壁に手を付ける三条。

 すっかり挟まれた俺は、まだ現状が飲み込めないままに首を傾げた。


「いい、のか? 別に、会社のことは気にしなくても……」

「うるさいわね。これは私の意思だって言ってんでしょ!」

「……そうか。ありがとう、三条」

「ふん。お礼を言うのはこっちの方よ」


 三条はツンとした態度でそう言い放つと、ようやく俺を壁ドンから解放してくれた。

 それから彼女は俺に背を向けていたが、ふと何かを思い出したように声を上げた。


「あっ、そう言えば……今朝のニュース。人気アイドルの長篠愛が、既婚の共演者数名と同時不倫で大騒ぎになっていたけど……もしかしてアレも、アンタの仕業なの?」

「さぁてね。ただ、チェリーダイヤファンクラブの会員には色んな人がいる。もしかしたら報道関係や週刊誌関連の大物がいても、おかしくはないのかもな」


 我ながら白々しい態度でそう返すと、三条はこちらに振り返る。


「ぷっ、あはははっ! だから、前にも言ったでしょ?」


 それは彼女がようやく見せた、年相応の少女らしい笑顔。


「私は嘘を見破れるって。アンタ、嘘を吐くの下手ね」

「……ああ、よく言われる」


 その眩しく輝く顔を見て、俺はさらに確信を強める。

 彼女は間違いなく、俺の期待を上回る魔法少女になってくれると。