俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女になるために』 ④

「アイスくらい毎日でもご馳走するさ。他に何か願いがあれば遠慮なく言ってくれ」

「願い、ねぇ。そう言われると、迷っちゃうんだけど」


 アイスの一段目を食べ終え、二段目に差し掛かったところで三条は俺の方を流し目で見る。

 そして赤い舌でチロリと、チョコチップを舐め取り……彼女は笑う。


「だったら、今度……」

「あああああっ! 翔くんが凪ちゃんと、浮気アイスデートをキメてるぅぅぅっ!」


 突如として街中に響き渡る、聞き慣れた声による絶叫。

 周囲を通りゆく人々がざわつく中、俺は呆れながら振り返る。


「春菜、何をやってんだお前?」

「それはこっちのセリフだよ! ずるいずるい! ずぅーるぅーいーっ!」


 振り返った先には、学校指定のジャージに身を包み……両手両足に重りを付け、額には『絶対成就』と書かれたハチマキを巻いた春菜の姿があった。

 恐らく今まで走り込みをしていたのだろう。

 すっかり全身汗だくで、顔は赤らみ、息もどことなく荒い。


「私が修行している間に、何をイチャイチャしてるだぁーっ! 許さんっ!」

「落ち着け。今日は例のアレだって言っておいただろ?」

「ぐぬぬぬぬっ! じゃあ、これはつまり! ご褒美のアイスってところかな?」

「ご褒美というか……恥ずかしいところを見た罪滅ぼしってとこじゃない?」


 クスッと笑い、意味深な言葉を口にする三条。

 しかしその小悪魔的ないたずらが、春菜の心に容赦なく突き刺さる。


「うぼぇぁっ! まさか私がいない間に……二人の関係が、そこまで……! あっ、あっ、あっ、あっ、脳が……脳からイケない物質が溢れ出すよぉ……!」


 苦しんでいるのか、悦んでいるのか、微妙に判断に困る、艶めかしい声を漏らす春菜。

 俺にはよく分からないが、そういう性癖なのかもしれない。


「くぅぅぅぅぅっ! 私も負けてられないっ! 凪ちゃんに追いつくためにもっともっと修行するよ! だから待っててね、翔くん!」

「お、おう。頑張れよ」

「よーし! あの夕日に向かって、全力ダッシュだぁっ!」


 そして春菜はそのまま、周囲のドン引き目線も尻目に走り去っていく。

 あの重りの量で、よくもまぁあれだけ走れるものだ。


「可哀想なことをしちゃったかしら?」

「はぁ……いや、気にしないでくれ。アイツにはあれくらいがちょうどいい」


 徐々に小さくなっていく背中を見送りながら、俺は大きな溜め息を漏らす。

 一体どうやったら、春菜は魔法少女の夢を諦めてくれるのか。最強の魔法少女となりうる逸材を見つけ、育てることよりも……その方がよほど、難しいのかもしれないな。


 □


 才能とは生まれつきのものか、あるいは本人の努力で培われるものか。

 中には努力できることも才能だ、という意見もあるだろう。

 それらは人それぞれの考えであるし、実際どれが正解だ……なんて断ずることはできない。

 ただ、今回ばかりは……生まれ持った才能の存在を、見せつけられる結果となった。


「はぁ……綺麗ねぇ」

「ああ、見事だな」


 水平線に沈みゆく赤い夕日に照らされる海。

 白い砂浜は打ち寄せる波飛沫が行ったり来たりしながら、耳心地の良い音を奏でている。

 そんなロマンチックなムードの中にいるのはこの俺と、クラスメイトの三条凪。

 端から見れば、高校生カップルの浜辺デートに見えるだろう状況。

 だが実際は……デートなんて生易しいものではない。


「久しぶりの沖縄の海、何度見てもいいものだわ」


 そう、ここは俺たちの住まう東京ではなく……日本最南端の県、沖縄県である。

 しかもその沖縄の中でも、船の行き来のない無人島。

 そこになんの装備も持たない高校生男女二人が、のんびりと佇んでいるわけだ。


「転移魔法の修行を始めてからまだ三日だっていうのに。それも、未変身で……」


 魔法少女に一度覚醒した者は、変身せずともある程度は魔法を扱えるようになる。

 しかし、そうなるまでには過酷な修行と経験が必須なはず……なんだけどな。


「これくらい余裕よ。正直、拍子抜けって感じ」


 こちらを見やり、得意げに白い歯を見せて笑う三条。

 自信に満ち溢れたその笑みは頼もしくもあるが、同時に末恐ろしくもある。


「普通の魔法少女なら、数メートルの転移でさえ一週間の練習は必要とされているんだぞ」

「そんじょそこらの魔法少女と一緒にしないでよ。アタシはアンタが見込んだ、最高の才能を持つ魔法少女なんだから」


 彼女は少し頬を膨らませながらそう言うと、俺の右手に自分の左手を絡めてきた。

 だがこれは恋人同士の甘いイチャ付きなどでは決してない。


「ほら、行くわよ」


 彼女がそう口にした途端、俺たち二人の体はふわりと宙に浮き上がり始める。


「待て、三条。せめて変身してからにしないと、誰かに見られたら……」

「こんな無人島に誰もいないわよ。それに、雲の上まで飛んじゃえば大丈夫でしょ」


 浮遊の魔法を用いて、三条は俺ごと空高く舞い上がる。徐々に速度は上がっていき、さっきまで俺たちがいた無人島はみるみる豆粒のように小さくなっていく。


「ほーら、どんなもんよ。こんなことだってできちゃうだから!」


 くるりくるり、サービスとばかりにジェットコースターのような軌道を描く三条。

 正直に言うと目が回るだけなので遠慮願いたいのだが、指摘するのは無粋というものだ。


「もうすっかり共通魔法はお手の物だな」

「ふふっ、でしょ? 今なら日本の端から端まで転移できるし、宇宙までもひとっ飛びよ!」

「それだけはやめてくれ。この辺りでもすでにキツイってのに」

「空気は薄いし、寒いし……上空って、あんまりいいところじゃないわね」


 空中で急ブレーキをかけた三条は、俺の手を強く握りながら……空いた手の指を鳴らす。

 次の瞬間、俺たちが浮かぶ上空の目の前に赤い渦のようなものが出現。

 それから三条はそっと、その渦の中を覗き込む。


「……空き教室、誰もいないのを確認っと。じゃあ、帰るわよ」

「ああ、頼む」


 魔法で生み出したポータルを抜け、俺たちは沖縄の上空から東京の学校まで空間転移。

 誰にも見られないよう転移前の確認を忘れるなという言いつけも、ちゃんと守ってるな。


「はい、ご到着。教官、アタシの魔法はどうだったかしら?」

「転移座標の指定のズレもない。転移時の衝撃、体調不良なども発生しない。どれを取っても完璧過ぎて、何も言うこともないよ」


 今回は転移と飛行の試験だったが、昨日にはすでにマギナルによる身体強化、マギナルを圧縮して放つビームに関する試験も合格している。

 まだ完全な一人前とは言い難いが、すでに十分な戦力と言えよう。


「じゃあ、いよいよ本番ってわけね」

「俺としてはこのまま基礎修行を続けて、固有魔法の習得まで待ちたいところだが……」


 魔法少女の大半は戦いの中で自分の秘めた力を覚醒させ、固有魔法を会得するらしい。

 となれば、少しずつ実戦経験を積ませるのも悪くないのかもしれない。


「……分かった。色々と条件はあるが、実戦を体験してみよう」

「やった! これでいよいよ、アタシも魔法少女デビューってわけね!」


 嬉しそうに頬を緩め、ガッツポーズを取る三条。

 自分の力を思う存分に披露する機会を得られて、嬉しい様子だ。


「だけど三条。実戦に出るなら、まずはお前の魔法少女名を決めないとな」


 当然ながら、魔法少女活動を本名で行うわけにはいかない。

 母さんがチェリーダイヤと名乗っているように、三条にも素敵な名前を付けてあげないと。


「名前ならアタシが決めてきたわ」