俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女になるために』 ⑥

「それなのに、こんな……情けない、姿で……っく、アンタの期待にも、ぐすっ、応えることも、できなぐでぇ……! ごんな、ばずじゃながっだのにぃ……!」


 ポツリポツリと、三条の頬を伝う涙が彼女の太ももを濡らしていく。


「泣かないでくれ三条。お前は何も悪くない。それに、よく戦ってくれたよ」


 俺はテーブルの上からティッシュボックスを取ると、それを彼女の前に差し出す。


「お前は立派だった。それに引き換え、俺は……俺は……!」


 気が付けば、俺の視界もぼやけ……目が潤み始める。

 なんて情けない。今の俺がすべきことは、最も傷付いている三条を励ますことなのに。

 俺が泣いてどうするんだよ……


「ばがぁ……なんでアンダがないでるわげぇ?」

「すまん、本当にすまん……」


 二人とも感情を抑えきれず、小さい子どものように涙を溢れさせる。

 ゴシゴシと幾度となく瞼を拭い、込み上げる悔しさに胸を締め付けられ続けるだけ。

 母さんを超える魔法少女を生み出す。

 そんな俺の夢に、少しずつヒビが入り……呆気なく砕け散りそうになったその時。


「あらあら、そんなに泣いていたら男前と美人さんが台無しよ?」


 ふんわりと、肩に柔らかな感触が当たったと思ったら……俺と三条の距離がグッと縮まる。

 驚いて視線を上げれば、そこには俺と三条を両手で包み込むようにして抱きしめている母さんの姿があった。


「んふふふっ。私の可愛い息子と、後輩ちゃんをいじめるのは誰かなぁ? ママがぜーんぶ、やっつけてあげちゃうんだから」


 見ているだけでつられて笑顔になってしまうような眩しい笑みを浮かべ、母さんは両手に力を込めて俺たち二人をさらに強く抱擁する。


「うりゃりゃりゃ~! どうだぁ~?」


 母さんの大きな胸の左右が、それぞれ俺と三条にボインッと直撃。

 この世の何よりも柔らかく、暖かく、心地よい感触に触れて……俺たちは泣くのも忘れて、ただひたすら母さんの抱擁に身を委ねていく。


「いい子、いい子~♡ 今日はよく頑張ったわね」

「……チェリーダイヤ、さん」

「まぁ、ダメよ。今の私は魔法少女じゃないんだから、いづみって呼んでね?」


 母さんは一度手を放すと、今度は三条の頭に手を置いて優しく撫で始める。


「いづみ、さん……あの、今日は……すみません、でした」

「いいのよ。魔法少女は助け合い。今日のことは何も気にしなくていいの」

「でも……っ!」


 自分の失態が許せない三条はやりきれないといった顔で食い下がる。


「ねぇ? もしかして、まだ魔法少女のことを舐めてるの?」


 だが、そんな彼女の言葉を母さんはピシャリと遮った。

 その凄まじい迫力と圧に、俺と三条は思わず身を強張らせてしまう。


「何を謝るの? 未熟な魔法少女が、先輩魔法少女に助けてもらった。それに対するお礼なら分かるけど、わざわざ謝罪をする必要なんてどこにもないわ」


 確かに母さんの言うことは正しい。

 三条にとっては認め難いことかもしれないが、新人が先輩に迷惑をかけるのは当然のこと。

 その必然のミスに対する謝罪なんて、真っ当な先輩なら望むわけもない。


「貴方が謝るのは、自分ならもっとやれた。自分の実力はあんなものじゃない。そういった慢心が、まだ心の奥底に残っているからでしょう?」

「うっ……!」

「ふふっ、その負けん気は可愛いけど。自分の力を証明したいのなら謝らないで、これからの戦いで示していけばいいの」


 そう言って母さんは、三条の頬を両手でムニッとつまむ。


「ふふぇぁ?」

「翔ちゃんから毎日、聞いていたわよ? 私を超える才能に出会えたって。貴方は絶対に、世界最強の魔法少女になれるんだって」

「おい、母さんっ!」

「あら、本当のことでしょ? ここのところ最近、ずっと三条さんの話しかしなかったじゃない。おかげでママ、ヤキモチ焼いてたんだからね?」


 事実ではあるが、それをここで言う必要はないだろう!

 そう食ってかかりたいところだが、頬を摘まれた三条がこちらをじぃっと見つめていることに気付き、俺は喉まで出かけていた言葉をグッと飲み込む。


「ほんと……?」

「……ああ、そうだよ。つい嬉しくて……」


 俺が素直に答えると、三条の瞳に少しずつ光が戻り始める。

 さっきまでの何もかもに絶望し、落ち込んでいた瞳とはまるで違う。


「一ノ瀬が、アタシを……」


 活力に満ちた表情を見せ始めた三条に、母さんは諭すように言葉を続ける。


「三条さん。私もね、最初は失敗ばかりだった。色んな人に迷惑をかけて、助けられて。泣いたり悔しがったりしながら、ここまで来たの」

「いづみさんも、そうだったんですね」

「そうよ。だから、こんな一回の失敗くらいでめげちゃダメよ?」


 右手の人差し指を三条の鼻先に当ててから、パチンとウインク一つ。

 あまりにも可憐で美しいその仕草に、三条はハートを撃ち抜かれたように頬を染める。


「……はい。アタシ、頑張りますっ!」

「うふふっ、いい返事ね。翔ちゃんも、パートナーとして負けていられないわよ?」

「ああ。もう二度と、今日みたいな失態はしない。俺が三条を支えてみせる」

「よろしい。じゃあ、今日の反省会は終わり! みんなでご飯にしましょ!」


 やっぱり母さんは凄いな。

あんなにも暗く、塞ぎ込んでいた俺たちの心をあっという間に救ってしまった。


「三条さんも食べていって。今日はね、私が作ったオムライスなの♡」

「あっ、いえ。ご迷惑じゃ……」

「いいのいいの♡ 本当はね、もっと早くお食事とかしたかったのよ? それなのに翔ちゃんがちっともおうちに呼んでくれなくて」

「……呼んだら、余計なことばっかり言うだろ?」

「そんなことないわよぉ。先輩魔法少女としてアドバイスできることもあるしぃ、なんならお稽古だって付けてあげてもいいのよ?」

「チェリーダイヤからの稽古ですか!? それなら……!」


 現役最強の魔法少女から指導を受ける。たしかに一見すれば魅力的な提案に思えるかもしれない。しかし、それが効率の良い方法なのだとしたら……とっくに俺が取り入れている。


「やめておけ、三条。母さんの特訓は……地獄だぞ」

「お、おほほほほっ。翔ちゃんったら、ママがそんな酷いことするわけないでしょ?」


 乾いた笑いで誤魔化そうとしているが、過去に母さんの指導から逃げ出した魔法少女たちは数十人以上にも及ぶらしい。

 だからこそ俺は母さんから聞いたノウハウを、三条に伝えるという形で特訓してきた。

 事実それで三条は魔法をマスターできたし、問題はないと思っていたんだけどな。


「そんなに厳しいの?」

「……そうだな。少なくとも、もう少し経験を積んでからの方がいいと思うぞ」

「やぁねぇ。私の特訓メニュー、春菜ちゃんだってチャレンジしているけど……特に不満も弱音も出ていないわよ?」


 春菜が母さんの特訓メニューを?

 アイツ、まだ魔法少女になることを諦めていないのか……


「三条さんも、いつでも言ってね。目一杯、鍛えてあげる♡」

「は、はぁ……その時は、よろしくお願いします」


 俺の忠告が効いたのか、呆気なく特訓を引き伸ばしにした三条。

 賢い決断だ。そうでなければ、マジで命の危険すらある。


「じゃあ、夕飯の仕度をしてくるわね~♡」

「あっ、いえ……!」


 颯爽とキッチンへ駆けていく母さんの背に手を伸ばす三条だが、その手は虚しく空を切る。

 あの身のこなし……母さん、昔よりさらに速くなってないか?


「……まぁ遠慮するなよ、三条。折角だし、夕飯くらいは食っていけって」

「そうね。今日は色々頑張って疲れたし……ご馳走になってもバチは当たらないわね」



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