俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女とそれを支える者』 ①

 魔法少女プラムサファイアのデビュー失敗から、数日ほどが経ち。

 ようやく迎えた週末土曜日。俺は白のインナーTシャツに黒のセットアップ、デニムジーンズというシンプルな私服に身を包み……髪型を整えていた。


「母さん、こんな感じでどうかな?」


 メイクとヘアセットも終え、準備万端。念の為に、勝手に部屋に入ってきて相変わらずのニマニマモードの母さんに感想を求めてみた。


「私からしたら、まだまだ地味すぎるわ。もっと腕にアクセ巻くとか……」

「平成じゃあるまいし、今どき腕にアクセをジャラジャラなんて流行らないって」

「あらそう? 翔ちゃん、素材がいいんだからもっと派手に攻めてもいいと思うんだけど」

「俺が目立つ必要なんかないさ。相手に恥をかかせない最低限の格好をしつつ、相手を最大限に引き立てるくらいの派手さがちょうどいい」


 とはいっても、俺がそんなことをするまでもなく三条は周囲の目を引くだろう。

 そう考えると……俺ももう少しは気合を入れるべきなのか?


「……ネックレスだけ付けていくよ」

「うんうん、そうしなさい♡ だけど、明日が日曜だからってハメを外しちゃダメよ? でも、そういう空気になったら朝帰りしちゃっても……」

「行ってきますっ!」


 母さんがこれ以上暴走してしまう前にと、俺は急いで部屋を出ていく。

 すると階段を降りかけたところで、母さんの悲痛な叫びが聞こえてきた。


「あーん! 翔ちゃん! 行ってきますのハグを忘れちゃだめぇ~!」


 行ってきますのハグだって?

 女の子とのデート前に、そんなことを母親とする奴なんて……


「……ぎゅっ」

「ぎゅーっ♡」


 結局、俺は母さん成分をたっぷりと堪能。後ろ髪を引かれながらも、俺は待ち合わせに遅刻しないよう……ギリギリの時間に家を出るのだった。


 □


 三条との待ち合わせ場所に向かうべく、駅へ急ぐ道中。近道のために公園の中を突っ切ろうと足を踏み入れると……どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「せいっ! やぁっ! とぉりゃぁーっ!」


 やけに耳に残る、可愛らしい女の子の声。

 立ち止まり、声のした公園の端へ視線を向けると……そこにはジャージ姿の春菜がいて、木からぶら下がるサンドバッグに何度もパンチやキックを叩き込んでいた。

 その動きはさながら、一流の格闘家のように軽やか。しかしそんな彼女の両手両足には、前に見た時よりも遥かに重そうなパワーアンクルが巻かれている。


「春菜? お前、何やってんだ?」

「へっ? あっ、翔くん!」


 背後から俺が声をかけると、春菜は額の汗を拭いながら振り返ってきた。雨に打たれたように全身が汗でずぶ濡れ……コイツ、どれだけの時間、こんなことをしていたんだ?


「むむむっ! そんなにおめかしして、一体どこに出かけるの?」

「ああ、三条と少し買い物に行くんだ」

「……ふーん? 例のアレの報酬ってところかな?」

「まぁ、そんなところだ……って、俺のことはどうでもいい。お前、ここのところずっと、無茶なトレーニングを続けているんじゃないか?」

「うっ……! ううん。別に、無茶ってほどじゃ……」


 春菜は気まずそうに目を逸らし、両手を後ろに組んでもじもじとし始める。

 これは昔から、こいつがやましいことを隠している時の癖のようなものだ。


「いいか、春菜。前にも言ったが、お前は……」

「そ、そんなことより! 翔くん、急がなくていいの?」


 俺の言葉を遮るようにして大声を出した春菜は、俺の背後に回り込んで背中を押し始める。


「本当は嫌だけど、凪ちゃんがいっぱい頑張っているのは知ってるし……今日は特別に見逃してあげるからね!」

「おい、春菜。話は……」

「いいからいいから。私の理性が少しでも残っている内に、とっとと行けぇーっ」


 おちゃらけた態度で俺の言葉を交わしつつ、春菜は俺を公園の外まで押しやっていく。

 もっと落ち着いて話をしたいが……そうすると、三条との待ち合わせに遅れてしまう。


「……とにかく、春菜。もう無茶なトレーニングはやめろよ」

「はーい。これからは、程々のトレーニングにしておくね」


 本当に分かっているのか、分かっていないのか。

 はぐらかすように微笑み、手を振る春菜に見送られ……俺は歩き出す。

 そして思う。これ以上、春菜に希望を持たせておくべきじゃない。

 なんとしても、春菜が魔法少女になることを諦めるように……説得しなくては。


「……悔しいなぁ。大好きな人が他の子とデートするのを……見送るしかできないなんて」


 背後からほのかに聞こえてきた気がする、春菜の小さな呟き。

 俺は咄嗟に振り向くが、そこにはすでに春菜の姿はなく。


「よーしっ! やぁーるぞぉーっ!」


 やがて公園の方から、不自然なほどに明るい掛け声が響いてくるのであった。


 □


 昼を目前に控え、人通りもまばらになりつつある噴水広場。


「悪い、待たせたか?」

「いいえ、アタシも今来たとこよ」


 どうにか約束の時間十分前に待ち合わせの場所へ到着した俺を待っていたのは、見慣れた制服姿ではなく……私服姿の三条。

 いつも下ろしている長髪を緩く巻いたサイドテールにセットし、薄めのナチュラルメイクによって素材の魅力を十二分に際立たせている。

 白のブラウスにハイウエストの紺色フレアスカートという、清楚感の高い服装を見事に着こなしているのは、彼女の整った体型と生まれ育った気品によるものか。

 周囲を行き交う男性陣がチラチラと彼女に目を送り、男連れでも構わず声を掛けようかと思案しているのも当然だと言えるかもしれない。


「……何よ。そんなにジロジロと見て」

「これだけ可愛い女の子が目の前にいれば、視線を送ってしまうのも仕方ないだろ?」

「貧困な語彙力ね。もっと何か、気の利いた言葉はないわけ?」

「今のお前は本当に綺麗で……これから一緒に過ごせると思うと嬉しくて仕方ない。これだと、お前への報酬ではなくて俺へのご褒美にしかならないんじゃないか?」

「んっ……よろしい。一応、及第点を上げる。それと、アンタの格好も……悪くないわよ」


 仏頂面からニヘラッと頬を緩めた三条は、俺の方に手を伸ばしてくる。


「ほら、エスコートして」

「はい、かしこまりました」


 俺が三条の手を取ると、彼女はそのまま指を絡ませてくる。いわゆる恋人繋ぎ……ただ普通に手を握り合うよりも胸がざわついてしまうのは、決して気のせいではないだろう。


「今日一日、歩く時はこのままでいること。いいわね?」

「願ってもない。俺の方からお願いしたいくらいだ」

「……ふん、アンタも少しはアタシの魅力に気付いてきたってことかしら」


 三条は鼻を鳴らし、得意げに胸を張る。

 これが自意識過剰だと感じさせない辺り、彼女の美貌レベルの高さが窺えるというものだ。


「そういえば、今日の買い物は何か目当ての物があるのか?」

「うん。実は、家族へのプレゼントが買いたくて」

「家族へのプレゼント?」

「ええ。アンタのおかげでうちの会社の危機は去ったけど……家族のみんな、今まで無理をして頑張っていたから。その労いも兼ねて、ね」

「へぇ? 三条は優しいな」

「別に、これくらい普通でしょ。ていうか、その三条って呼び方なんだけどさ」


 三条は唇を引き結び、何かを訴えるようにこちらを見上げてくる。

 それはまさしく『アタシが何を言いたいのか分かるわよね?』という圧力に他ならない。

 呼び方への不満? 三条と呼び捨てにしていることが気に入らないのか?

 いや、それなら面と向かって文句を言うはず。ならば、考えられるのは……一つ。



刊行シリーズ

俺の母さんは最強の魔法少女ですの書影