俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女とそれを支える者』 ②

「そうだな。苗字呼びなんて他人行儀だし……これからは凪って呼んでもいいか?」


 俺がそう訊ねると、三条の繋ぐ手の力がぎゅっと強くなる。

 そして彼女はわなわなと小刻みに震えながら、口の端をヒクヒクと痙攣させる。


「え、ええ……アタシも、アンタのこと翔太郎って呼ぶから」

「ああ、構わない。じゃあ、行こうか……凪」

「うん、行きましょう……翔太郎」


 まるで付き合いたての初々しいカップルを思わせるようなやり取り。ここに母さんがいれば、恐らくはこの光景をオカズに白米を丼三杯はパクパクしているんだろうな。


「家族以外で、名前を呼び捨てにされたのは初めてなんだからね」

「俺もそうだよ。母さんは翔ちゃんで、春菜は翔く……いや、なんでもない」


 危ない危ない。デート中に他の女の名前を出すなんて、絶対にやってはいけないタブー。

 ここは話を誤魔化すためにも、別の話題を切り出そう。


「そういえば、凪は虫が苦手なんだよな?」

「……苦手なんてもんじゃないわ。小さい頃、ちょっとした事件があってね」

「それは……詳しく聞かない方がよさそうだな」

「ふっ、そうね。アタシも、思い出したくないもの……」

「他にも苦手なものはあるか? 虫対策はすでに済ませたんだが、今後のために把握したい」

「とにかく汚い物は嫌いよ。潔癖症とまでは言わないけど……」

「了解だ。なら、昆虫系や汚物系の怪人との戦いは避けた方がいいな」

「昆虫系は分かるけど、汚物系……? そんなのがいるの?」

「……いずれ出会う機会はあるさ。その時は、俺が必ずお前を助ける」

「いやぁ……! 出会いたくなーい……!」


 そんな風に軽い談笑を交わしながら歩いている内に公園を抜け、俺たちは目的の大型ショッピングモールの前まで辿り着く。

 休日ということで、家族連れの客があちこちに溢れかえっている。

 中には当然、俺と凪のようにデートをしている若い男女もいるわけで。


「よっちん♡ あたしつかれたぁ♡ どうしよー、えーん♡」

「しょうがないなぁ♡ ミホリン、あっちで休憩しよっか♡」


 ベタベタベタ。胸焼けするくらいにイチャつくバカップルが、俺たちの隣を通り過ぎる。

 凪はそんな奴らの去っていく姿を、じぃーっと観察するように見つめていた。


「ああいうのも、あるのね……」

「いや、ないないない。頼むから、真似したいなんて言い出さないでくれ」

「何よ。アタシたちがあんな連中に負けているみたいで、悔しいじゃない」

「なんの勝ち負けだ……」


 そもそもあんなカップルなんて勝負の舞台にさえ立てていない。自分たちだけの世界に入り込んでいるあの二人を除く多くの人々は凪の美貌に見惚れ、彼女にのみ注目をしている状況。

 今まさに、この世界の主人公は……彼女に他ならない。

 あんなモブの乳繰り合いなんて、誰も気に留めてなんかいないさ。


「ほら、家族へのプレゼントを買うんだろ? 行くぞ」

「もう、待ちなさいよ。せめて腕を組むくらいは……!」


 凪がピタリと隣に寄り添ってくると、オーデコロンの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 母さんや春菜とはまた違った、女の子らしい香りに……俺の胸が僅かにざわめく。


「んふふっ……気分いいわ。うざったいナンパ野郎も近付いてこないし、イイ男を連れ歩いていると優越感が半端ないって感じ」

「俺がイイ男なのかはともかく、たしかに彼女連れの優越感はあるな」


 ただし、それと同時に周囲から嫉妬と憎悪が入り混じった視線を感じてしまう。

 有名税、とはまた違うかもしれないが……莫大な価値のある物を手にした対価というのは、どこにでも付き物ということか。


「……そういえば、凪の家族は両親と兄姉がいるんだっけか?」

「うん。本当は家族全員に温泉旅行でもプレゼントできればいいんだけど、今のアタシにはそこまでの余裕はないから」

「そんなの、俺が……」

「あのね、こういうのは自分のお小遣いで出すからいいんでしょ。アンタに奢って貰ったプレゼントじゃ、意味がないじゃない」

「……たしかにそうだな。俺が無粋だった、悪い」

「いいのよ。でもその代わり、プレゼント選びは本気で協力しなさいよ?」

「任せてくれ。お前の家族に相応しい、最高のプレゼントを選んでやる」

「逆にそこまでやる気を出されると、ちょっと怖いんだけど」

「やる気も出るさ。お前の両親は、俺にとっても大切な人だからな」

「えっ……? それって……?」


 大事な娘さんを危険な戦いに引き込んだ責任があるからな。

 そして何より、凪という最高の逸材を生み育ててくれた恩人でもある。


「いつかちゃんと(感謝の)挨拶に行きたいな」

「なっ……!? そんなの(結婚の挨拶なんて)まだ早いわよ!」

「そうか? 俺は今すぐにでも、(お前を魔法少女にした)責任を果たしたいくらいだ」

「せ、責任って……! アンタ、もうそこまでアタシのことを……」


 なぜかうるうるとした瞳に、ほんのり上気した顔で俺を見つめてくる凪。

 まるで恋する乙女が、完全に愛する人に向けるような視線なんだが……?


「……アンタの気持ちは分かったわ。でも、まだアタシたちは学生なんだし。これから、ゆっくりと距離を詰めて……いずれ、正式な場所で(婚約を)話し合いましょ」


 親への挨拶くらいで、そこまで仰々しくする必要もあるのか?

 いや、とてもじゃないがそんなことを聞ける空気じゃない。


「お前がそれでいいなら、俺は構わないぞ」

「ふふふふふっ……♪」


 すっかりご機嫌になった凪に腕を引かれ、ショッピングモ―ル内の店舗を周り始める。

プレゼント選びのために小物やアクセを中心に、たまに何か気になる物を見つけたら足を止めて物色するといった流れだ。


「あっ、見て! このワンピ、可愛くない?」

「ああ。でも、凪にはちょっと子供っぽすぎると思うぞ。どうせなら、こっちはどうだ?」

「えー? そういうタイプはもう持ってるし……」

「そうなのか? だったら、今度のデートはそれを着てきてくれるか?」

「……うん。アンタがびっくりするくらい、可愛く着こなしてきてあげる!」


 こういうひと時を過ごすのは、いつ以来だろう。ここ数年はずっと、最強の魔法少女を生み出すことに必死で……休日の大半を、その準備のために費やしてきた。

 女の子と付き合ったこともなければ、デートなんて知識でしか知らないレベルだった。


「案外、悪くないもんだな」

「ん? 何か言った?」

「いや、なんでもない。それよりも次は、あそこの雑貨屋はどうだ?」

「わっ、いい雰囲気のお店ね。翔太郎、結構センスあるじゃない」


 俺が選んだ雑貨屋は、海外の様々な文化の置物や飾りを取り扱う店だった。

 小さく愛らしい物から、置き場に困るバカでかい民族像まで並ぶ光景は圧巻の一言だ。


「歩き回ってお腹も空いてきたし、早くプレゼントを決めてランチにも行きたいわね」

「それなら、近くに良いイタリアンの店を知ってるんだ。チェリーダイヤファンクラブの知り合いが経営していて、いつもサービスしてくれるんだよ」

「最高ね、それ。なら今日はそこで決まりだ……にゃっ」


 猫の置物を手に取り、顔の横に持っていきながら猫のモノマネをする凪。

 はぁ? 可愛すぎかよ、コイツ。


「うち、家族全員猫が好きなんだけど……全員アレルギー持ちで飼えないわけ」

「それなら、猫の置物は喜ばれるんじゃないか?」

「うーん。でも、この猫ちゃん……ちょっとでっぷりしすぎかも」

「愛嬌があっていいと思うけどな」

「そう? なら、お兄ちゃんの分はこれに決まり。次はお姉ちゃんの分ね!」


 ふてぶてしい顔をした猫の置物をキープし、次のプレゼント選びに移る凪。



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