俺の母さんは最強の魔法少女です
『魔法少女とそれを支える者』 ③
「この犬のマグカップ……お姉ちゃんにそっくりかも」
そんな風に次から次へと品物を手に取り、にらめっこをする姿は……本当に可愛くて。
こんな時間がいつまでも続けばいい。
などと、俺らしくもないことを考えてしまうのだった。
□
凪の家族へのプレゼントを無事に選び終え、少し遅めの昼食のためにやってきた店。
顔見知りの店主さんは俺たちを笑顔で歓迎してくれ、窓際の良い席を用意してくれた。
「んふ~~~~っ♡」
テーブルに並ぶのは、店主さんオススメ料理の数々。
シェフの腕前がダイレクトに伝わるオーソドックなナポリ風ピッツァに、逆に季節の素材をふんだんに使用したシーフードパスタ。サーモンと玉ねぎのカルパッチョサラダ。
未成年の俺たちでも雰囲気を味わえるようにと、わざわざワイングラスにグレープジュースを注いで提供してくれるという配慮付き。
「静かでゆったりできるし、こんな穴場のお店があったなんて……♡」
「喜んで貰えて何よりだよ」
凪はすっかり気に入ったようで、今までにないほどの満面の笑みで料理を口に運んでいく。
しかしその勢いとは裏腹に食べる振る舞いは優雅で、マナーも一切崩れていない。
そこのところは、流石に社長令嬢って感じだな。
「お値段も手頃だし、テレビの取材とか受ければもっと大繁盛するんじゃないかしら?」
「店主さん曰く、いつかチェリーダイヤが店に来てくれた時……満杯で入れない、ということがないように席にゆとりを持っておきたいらしい」
「へぇ? でも、どうせアンタのことだから……」
「店主さんは当然気付いていないけど、月に数回は来店してるよ」
正体を明かすことはできないが、自分のファンが作る最高の料理を食べられることを母さんは心から感謝しているそうだ。
「いつか、アタシにもそういうファンができるのかしら」
「できるさ。少なくとも俺はすでに、世界中の誰よりもお前のファンだ」
「翔太郎……」
見計らったかのように、店内BGMがムーディーな音楽に切り替わる。
そして、俺と凪の視線が重なり合い……少しずつ近付き始めた、その時。
「っと、悪い」
俺のポケットからスマホが鳴動し、しっとりとした雰囲気は霧散していく。
いや、別にスマホが鳴らなかったとしても、何もなかったんだけども。
「……誰から? もしかして、他の女?」
「違う、これは怪人出現速報アプリだ。どうやら東北の方に強力な怪人が出没したそうだ」
スマホの画面を確認しながら伝えると、凪の表情が強張っていく。
「怪人? だったら、アタシも……!」
「いや、東北にも魔法少女はいるし……チェリーダイヤも出撃しているはずだ。今日は魔法少女のことは忘れて、のんびり過ごせばいいさ」
「……うん、分かった」
凪としては一日も早く、あの悲惨なデビュー戦のリベンジを果たしたいことだろう。
しかしあれから療養を続け、まともにトレーニングもしていない現状では、戦いに赴いたところで再び失敗する可能性が高い。
「焦らなくても、また機会は……」
気落ちする凪を慰めようと、俺が言葉を紡ぎかけた――その瞬間だった。
「え?」
突如、窓から差し込む陽の光が何かに遮られて……店内が暗くなる。
そして店内にいる客全員が、何事かと窓の外に視線を向けると。
「グゲゲゲゲゲゲゲェェェェッ!」
窓に張り付いていたのはゴキブリ。いや、ただのゴキブリではなく……人間を遥かにこえるサイズで、その前足にはまるで人間の手足のように五本の指が生えている。
「きゃああああああああああああああああっ!」
一瞬の静寂の後、女性客の誰かの悲鳴を皮切りに店内は軽いパニック状態に陥る。
「まさか、怪人だと……!?」
バカな、今は東北で怪人が出現しているはず。
まさか遠く離れた場所で同時に、怪人が現れるなんて……!
「む、虫の怪人……あっ、あぁ……!」
って、俺は何を呑気に考えているんだ!
昆虫タイプの怪人を目の当たりにして、凪はショックで硬直してしまっている。
「凪! 逃げるぞ!」
俺は凪の手を取り、素早く窓際から離れようと駆け出す。
しかしその直後、怪人は腕の一本を振り上げ……強烈な一撃で窓ガラスを叩き割った。
「匂う……匂うぞぉ。おぞましいほどの幸福に満ちたマギナルの波動を感じるぞぉ!」
店内に入ってきた怪人は、額から伸びる触覚をピコピコと動かしている。
あれでマギナルが活性化している箇所を探知し、襲撃しに来たということか。
悪の組織シャドウネクサスの目的は人々の恐怖や絶望を煽り、マギナルを衰退させることだからな。こういう素朴で幸せな昼下がりの空間も、排除対象に含まれるようだ。
「ニンゲン、どもぉ……逃さないからなぁ!」
怪人が両手を上げると、その背後から大量無数の昆虫たちがわらわと這い出してくる。
そして逃げ惑う人々の向かう先……扉を覆い尽くすようにして塞いでしまう。
「ゲッゲッゲッ! この俺、インセクジャッカー様にかかれば、この通りだぁ。前にやられた、不出来な弟とは何もかもが違うぞぉ?」
不出来な弟だと? そういえば、コイツの見た目……プラムサファイアのデビュー戦で戦った昆虫怪人インセクハッカーにそっくりだ。
名前も似ているし、アイツの兄貴と見て間違いないだろう。
「うっ、うぁ……翔太郎……! む、虫がぁ……!」
凪は極度の虫嫌いと、この前の敗戦のトラウマのせいか……ガタガタと震えながら俺の腕にしがみついていた。いや、仮に彼女が怯えていなくても現状は最悪の一言に尽きる。
「ひぃぃぃぃっ! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇっ!」
「子供だけは、子供だけは助けてくださいっ!」
店の唯一の出入り口は虫に塞がれ、窓の方にはインセクジャッカー。
十数人の客と、店のスタッフ数名は完全に逃げ場を失った状態。
「ひひひひっ! そうだ、もっと恐怖しろぉ! それがマギナルを濁らせるのだぁっ!」
幸いなのは、敵の狙いは俺たちを恐怖させることだってこと。
しばらくはこちらを脅すばかりで、乱暴な手段は用いないだろう。
「(だが、それも長くはもたない……いつ犠牲者が出てもおかしくないぞ)」
虫に囲まれ、客たちは店の中心で身を寄せ合うようにして固まり合う。
そこにジリジリと迫りつつある虫。もはや、一刻の猶予もない。
「(母さんは今、東北に出撃中だ。そっちの戦いが早く終わったとしても、ここに駆けつけるまでにはもう少し時間がかかる)」
仮に今この瞬間に母さんが来たとしても、これだけの人質がいる状況はまずい。
どうにかして、みんなを逃がしたいが……
「翔、太郎……あた、あたし……」
「無理をするな。今のお前じゃ……」
「うん、分かってる……分かってるわよ……」
囁くように弱々しい声で、凪は俺の右手に自分の手を添える。
「でも、嫌なの。ここで何も、しないで……誰かが傷付くのを、見過ごすなんて……」
自分だって物凄く怖がっているというのに、自分が戦う力を持っているという理由から立ち上がろうとする凪。その気高い精神は魔法少女の鑑とも言うべきものだ。
「見られても、いい……バレちゃっても、いいよ。アタシ……戦いたい……」
震えはいつしか止まっていた。
再び彼女の目を見た時、そこに映るのは恐怖ではなく覚悟であった。
「……ああ、よくぞ言った。それでこそ、俺の認めた女だ」
こんなにも最高の姿を見せられた以上、俺も覚悟を決めるしかない。
もう二度と、凪にあんな想いをさせないために。
凪一人だけに全てを押し付け、背負わせないために……!



