俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女とそれを支える者』 ④

「行くぞ、凪。俺が合図したら……」

「うん、分かった」


 誰にも聞こえないよう、ヒソヒソ声で段取りを整えていく。

 しかし、超常的な感覚を持つ怪人相手にはそれも通じなかったようで。


「おいっ! そこのお前ら! さっきからなーにを話してやがるっ!」


 怪人インセクジャッカーの視線がこちらに向き、周囲の注意が集まる。

 だが、こうなることも想定内。

 こんなこともあろうかと、俺はこの数年間……様々な準備をしてきたんだ。


「ああ、すみません。何か妙な物が床に落ちていたので」


 俺は両手を上げながら、ゆっくりと前に歩み出る。

 インセクジャッカーと大量の虫が、一気に俺への警戒を務めるのが分かった。


「妙な物だとぉ? なんだそれはぁ?」

「はい。変な玉のようなもので……」


 そう答えながら、俺は先ほどポケットから取り出した丸い玉を怪人に見せる。

 そして覚悟を決め、息を整えてから……


「きっと、こう使うんですよ!」


 勢いよく床に、その丸い玉を叩きつけた。


「ぐげぇぇぇぇっ! なんだぁっ!?」


玉は床にぶつかった瞬間、勢いよく破裂し……周囲一帯を白煙で包み込む。

 その突然の出来事に、怪人だけではなく人質たちまで悲鳴や絶叫を上げる。


「今だ!」


 怪人も人質も、俺が放った煙幕弾によってその視界は閉ざされている現状。

 賢い凪なら、その意味を理解してくれるはずだ。


「ブルームッ!」


 煙幕の煙の中から聞こえてきた掛け声と、煙幕の煙すらかき消すほどの眩い閃光。


「グゲゲゲ? 何が起こっ……ぶべばぁっ!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 白煙を切り裂くように飛び出してきた蒼き魔法少女が、怪人インセクジャッカーの顔面にマギナルを纏った飛び蹴りを叩き込む。

 そのタイミングを逃すことなく、俺は白煙の中で大声を張り上げた。


「みんな! 魔法少女が助けにきてくれたみたいだ! 今の隙に逃げよう!」

「魔法少女が? やっぱり来てくれたんだ!」

「でも、どっちに逃げれば……?」

「お客様! キッチンの方から裏口に出られます! 非常灯の光を頼りにお進みください!」


 非常灯というのは火事の煙の中でも、その位置が分かるように光っている。

 魔法少女の救援が来たという言葉で人質を落ち着かせ、後は店主さんの案内誘導で裏口の方へ人質を逃がせば……第一関門はクリアだ。


「グゲゲゲゲゲッ! よくもやりやがったなぁ!」

「ふんっ、それはこっちのセリフよ!」


 徐々に晴れていく白煙。

 急いで逃げる人質たちは振り返りながら、その魔法少女の姿を目の当たりにする。


「小さな幸福の一欠片たりとて、悪しき者に踏みにじらせはしない! 愛の力で全てを守ると誓った魔法少女……プラムサファイア!」


 蒼き衣装に身を包み、口上と共にポーズを決めるプラムサファイア。

 前回はできなかった魔法少女のお約束をやり遂げたな。


「プラムサファイアだとぉ? 知ってるぞぉ? お前、俺の弟に負けた奴だなぁ?」

「あら、そうだったかしら? ごめんなさい、虫けらのことなんていちいち覚えてないの」

「む、む、虫けらぁっ? 貴様ぁっ! 下等な人間の分際で、調子に乗るなよぉっ!」


 すでに人質は避難を終え、現場に残っているのは物陰に隠れた俺とプラムサファイアだけ。

 これで思う存分、プラムサファイアは戦うことができる。


「クックックッ! 我が眷属たちに恐怖するがいいっ! 集え、ナイトメアローチ!」


 インセクジャッカーは両手を広げ、眷属という名の虫たちを操ろうとする。

 しかし、どうやら奴は気付いていないらしい。

 もはや自分が、手足と羽をもがれたゴキブリにすぎないということを。


「……んん? どうしたのだ? 我が眷属たちよ! さぁ、この魔法少女を食い殺せ!」


 再び命令を繰り出すインセクジャッカ―だが、虫たちは微動だにしない。

 そもそも、煙幕の中で逃げ惑う人質に対して虫たちは何も行動しなかった。

 それはなぜか……答えはとてもシンプルである。


「……開発が間に合って良かったよ」


 ポケットから取り出した煙幕弾の残りを手で転がしながら、俺はほくそ笑む。

 これはただの煙幕弾ではない。

 虫を苦手とするプラムサファイアが虫を操る怪人と再び戦った時のため、調整を加えて開発した殺虫成分(人体にはほぼ無害なのでご安心)入りの煙幕弾なのだ。


「我が眷属よ! 我が眷属よ! なぜ反応しないのだぁぁぁぁぁぁっ!」

「バカね、アンタ。もうとっくに、くたばっているからに決まってるじゃない」


 グシャリッと、虫の死骸を踏みにじりながら……プラムサファイアは語り出す。


「アタシは虫が嫌いよ。でもそれは小さいのがシャカシャカ動き回る、あのキモさが嫌なの」

「ぐげ? じゃ、じゃあ……?」

「死んで動かなくなったなら、それほど怖くないって、こーとっ♡」


 ニッコリとプラムサファイアが屈託のない笑みを見せた直後。

 ドンッと、周囲の空気が一気に重くなる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 まるで重力が数倍になったかのように重苦しい感覚。これは、プラムサファイアが自身の周りにあるマギナルを吸収し……己が力として解き放っているために生じる重力崩壊だ。


「アタシの力の使い方、少しずつ分かってきたかも」


 俺の目にも見えるほどに高密度に集約されたマギナルは、プラムサファイアの両手の中でみるみると形を変え……やがて光り輝く弓矢のように変化する。


「なんだそれはぁっ!?」

「アンタたちみたいな蛆虫野郎に、直接触れるなんて嫌でしょ? だから、こういうスマートなやり方で……地球から駆除してあ・げ・る♡」


 弓を引き、矢を構えるプラムサファイア。

 その照準が自分に向けられていると気付いた怪人は、恐怖に駆られて逃げ出そうとする。


「うおおおおおおっ! 俺は、こんなところでぇぇぇぇぇぇっ!」


 ゴキブリというのは自身が追い詰められた時だけ、羽を広げて飛翔するという。

 大きな羽を展開し、ブゥゥゥゥンッと飛び去ったインセクジャッカーも似たようなものか。


「せぇーのっ!」


 だが、ゴキブリとインセクジャッカーの間には大きな違いがある。

 飛翔したゴキブリの大半はその危機を乗り越え、逃げ延びるケースが多い。

 でも、俺が見込んだ最強の魔法少女に狙われた以上……


「ラブラム・サファイアシュートッ!」


 即席で考えたであろう必殺技名と共に、放たれる光の矢。

螺旋を描き、空気を引き裂くように駆け抜ける一筋の青き光線は……空へ逃げた怪人を背後から射抜き、その全身を一瞬にして消し炭に変える。


「アンタみたいなゴミは、汚い花火になる権利すらないの」


 風にそよぐ髪を掻き上げ、ひと仕事終えた感を漂わせるプラムサファイア。

 もう間もなくここにはメディアが押し寄せ、彼女への取材が始まるだろう。


「よく頑張ったな……プラムサファイア」


 見事に怪人への初勝利を果たした相棒の逞しい背中を目に焼き付けてから、俺は人質たちが逃げていった裏口の方へと向かう。

 後はその中に合流し、テレビの取材や警察の事情聴取に付き合うだけ。

プラムサファイアも適当にメディアに応えた後、空高く飛んでから空間転移をするはずだ。


「っと、いけない。一応、これだけは回収しておかないとな」


 知人の店でこんなことをするのは気が引けるが、念の為に監視カメラのデータを抜き取ってから脱出する。煙幕で隠れているとはいえ、何かが映っている可能性は否定しきれないからな。


「店主さんには、また違う形で補填しておかないと」


 遠くから聞こえるパトカーのサイレンと、押し寄せる野次馬の喧騒を聞きながら。

 俺は晴れやかな気分で、店を後にするのであった。


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