俺の母さんは最強の魔法少女です
『魔法少女になりたくて』 ①
『今週の魔法少女ランキングのお時間です! 今回はなんと、あの話題の新人魔法少女がランクインとなりました!』
毎週月曜日。朝のニュースの恒例となっている目玉コーナー、魔法少女ランキング。
企画開始時から不動の一位を取り続けるチェリーダイヤを除き、基本的に二位から十位の入れ替わりをチェックする程度のものでしかない。
しかし今日ばかりは、流石の俺も下位の順位が気になって仕方ない。
『なんとなんと! 先週デビューを果たした、あのお騒がせ魔法少女! プラムサファイアが初登場にして、七位を獲得しましたっ!』
容姿の整った若い女性アナウンサーがテンション高く発表したプラムサファイアの順位は、俺が想像していたよりも健闘した七位という結果であった。
「七位か……まぁ、初回の失敗が響いたって感じだな」
魔法少女というのは最初の印象がかなり重要となる。
この前のレストランでの一件で大活躍しようとも、デビュー戦でチェリーダイヤに助けられた情けない魔法少女という印象は中々に拭えないのだろう。
「あらあら、凄いじゃない! プラムサファイアちゃん、いきなりランクインだなんて!」
食べ終えた朝食の食器を片付けながら、エプロン姿の母さんもニコニコと微笑んでいる。
たしかに母さんの言うようにランクインは凄いことなんだが、あくまでも俺たちの目標は母さんを超えることにあるんだ。母さん本人にそんなつもりは決してないのだろうが、こうも自分のことのように喜ばれると……俺たちの存在を侮られているように感じてしまう。
「待っててよ、母さん。もうすぐプラムサファイアがチェリーダイヤを追い抜くから」
「うふふふっ、それは楽しみね。そうなったら、ママも遂に潮時かしら?」
頬に手を当て、余裕の笑みを崩そうともしない母さん。
自分が負けるとは微塵も思っていない、その絶対的な強者の自信は流石だ。
「それにしてもプラムサファイアちゃんは凄いわね。もう、固有魔法も覚えたんでしょ?」
「ああ、マギナルで弓矢を生み出した力。恐らくアレがプラムサファイアの固有魔法だとは思うんだけど……どうも、引っかかるんだよな」
マギナルで武器を生み出すだけなんて、最強の素質を持ったプラムサファイアにしては地味過ぎる固有魔法だ。俺の読みが正しければ、彼女の真の能力はもっと他にあるのだろう。
「母さんみたいに分かりやすく、とんでもない魔法ならハッキリするんだけど」
「そうねぇ。でも、あの固有魔法は扱いが本当に難しいのよ? 街中で発動しようものなら、きっと住人の避難が間に合わなくて大惨事になっちゃうでしょうし」
「まぁ、母さんの場合は集めたマギナルを放出したり、それを纏って相手を殴ったりするだけでも並の魔法少女の必殺技以上の威力だからね。最近じゃステッキもほとんど使わないし」
例えるなら、格ゲーにおいてゲージマックスで放つ特殊技並のダメージを、母さんは小パン一発で軽く叩き出すほどのパワーバランスということだ。
「むぅ、そんな風に人を化け物扱いしないでよ」
「そんなつもりはないよ。俺はただ、母さんの凄さを褒めているだけで」
「本当? 翔ちゃん、肝心なところで言葉足らずだから……凪ちゃんや春菜ちゃんに妙な誤解を与えていないか心配だわ」
そんなことはない、と反論しかけた言葉をぐっと飲み込む。
言われてみればここのところ、何故か妙に凪が俺に対して妙にしっとりというか、ねっとりとした感情をぶつけてくることが多い。
確認するのが怖いのでなぁなぁにしているが、アイツは何か酷い勘違いをしている。
「いい? 翔ちゃん、男の子が女の子の前で格好つけたくなる気持ちは分かるわ。でもね、そのプライドのせいで女の子を傷付けちゃったら、何の意味もないのよ?」
「……うん。肝に銘じておくよ」
「よろしい。そんな素直な翔ちゃんには、ママからのご褒美をあげちゃう♡」
母さんはリビングのソファでテレビを見ていた俺の前まで歩いてくると、どっぷんと胸を揺らすようにして両手を左右に大きく広げた。
「行ってきますのハグにはまだ少し早いんじゃない?」
「違うわよ。これはハグからのほっぺすりすりのお誘いなの♡」
目を閉じ、まるでキスをせがむかのように下顎を前に突き出してくる母さん。
四十近い大人が、十六歳の息子に何をねだっているのかと呆れそうになるが……
「ぎゅーっ! すりすりすりぃ!」
「あーん、翔ちゃんってば激しい♡ ママ、壊れちゃう♡」
理性ではなく本能。心よりも体が母さんとのスキンシップを求め、動き出す。
俺はノータイムで母さんに抱きつくと、そのむちむちとした柔らかい頬に自分の頬をすり合わせる。それはまさに、ブラックホールのような吸引力であった。
「翔ちゃんのほっぺた、あったかぁい。うりゃうりゃうりゃぁ」
「ちょっ、動かないで母さん。髪が鼻先に当たって……」
母さんのいい匂いがダイレクトに鼻腔を通り抜け、脳の快楽中枢を刺激する。
このまま母さん成分を過剰摂取してしまえば、廃人になってしまいかねない。
「ス、ストップ! 今日はここまで、俺はもう学校へ行くから!」
「えー? 今日はまだ時間に余裕があるじゃない」
「そうだけど、とにかくもう行くよ」
瀕死の理性に鞭を打ち、俺は必死に母さんの両肩を掴んで引き剥がす。
そしてテーブルの上に置いていた鞄を手に取り、玄関へと向かう。
「はぁ、翔ちゃんもそろそろ母離れってことね。まぁ、春菜ちゃんや凪ちゃんみたいな可愛い子に挟まれていたら、ママに興味がなくなるのも当然だけど」
「いや、それはない。俺にとって母さんは永遠のナンバーワンだから」
「やんっ♡ 翔ちゃんってば♡」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃ~い♡」
ルンルン笑顔で手を振る母さんに手を振り返してから、俺は玄関の扉を開けて外へ出る。
本来ならこのタイミングで、隣の家から春菜も出てくるのだが……
「……出てこない、だと?」
俺が登校する時に、春菜が姿を見せない。
そんなことは俺の人生において初めての体験だ。
たとえ高熱を出して学校を休む日であっても、アイツは俺が家を出た瞬間に隣の家から子顔を出し……いってらっしゃいと微笑むことを欠かさなかった。
「あの馬鹿……まさか」
十数年以上、学校のある日は必ず俺と顔を合わせるという凄まじい執念。
それを断念してまで、春菜が何をしているのかは……もうすぐ分かる。
「はぁっ、はぁっ……! もう、すこ、しぃ……っ!」
少しだけ待っていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。振り返れば、赤いジャージに身を包んだ春菜が息を切らしながら駆けてくる姿が目に入った。
「ごぉーる……ぜぇ、ぜぇ……! やった、今日もできた……!」
家の前でようやく立ち止まった春菜はもはやヘトヘト状態。肩で息を切らし、両手を膝に乗せて休む彼女の四肢には相変わらずパワーアンクルが巻かれている。
あんなものを装着して一体どれほどの距離を走ってきたというのか。それによく見れば、彼女の顔や指には無数の擦り傷があり、それを隠すように絆創膏がいくつも貼られていた。
「……おい、春菜」
「はぇぁ? しょ、翔くん?」
走るのに必死で、俺の存在に気付いていなかったのだろう。
俺が声を掛けた瞬間、春菜はビクンッと大きく跳ねるように距離を取っていく。
「また例のトレーニング……いや、前に見た時よりも過酷になってないか?」
「う、うん。いづみさん直伝の特訓メニュー……それを、倍の量にして」
母さんの特訓メニューの倍、だと?



