俺の母さんは最強の魔法少女です
『魔法少女になりたくて』 ②
そんなの、平凡な女子高校生がこなそうとしたら体を壊しかねないほどに過酷な内容だ。
「お前、今日は何時からトレーニングをやってるんだ?」
「うーんとね。今日は夜の二時くらいから……」
今が七時三十分くらいだから、最低でも五時間以上……だと?
「そんな夜更けに、若い女子が走り込みなんて危ないだろ?」
「ご、ごめん。でも、それくらいから始めないと……メニューが全部消化できないから」
気まずそうに目を伏せ、ジャージの裾をぎゅっと握りしめる春菜。
俺だって、春菜の努力を否定したいわけじゃないが……
「前にも言ったが、もうこんな真似はやめろ。このままじゃ……」
「嫌だよ! だって私、こうでもしないと……!」
魔法少女になれないから。春菜はきっと、そう言いたいのだろう。
だが、それだけは断じて肯定するつもりはない。
「どんな特訓しても無駄だ。お前には適性がないんだからな」
「そんなことないもん! 頑張ればきっと、私だって!」
目にいっぱいの涙を溜め、必死に食い下がってくる春菜。
ああ、分かってる。コイツは昔から、一度言い出したら絶対に止まらない。
だからこそ、俺は春菜を……
「ねぇ、翔くん。もう一回だけ、私の適性を計ってみてよ」
「適性を? あの装置を使ってか?」
「うん。それでもし、私の数字が上がっていなければ……」
「大人しく諦める。そういうことでいいんだな?」
俺が念を押すように訊ねると、春菜は一瞬だけ躊躇ってから……やがて小さく頷く。
よほど自分のこれまでの努力に自信があるということだろう。
「……分かった。だが、測定するのは今日の放課後。立会人として凪も同席させる」
「凪ちゃんも? 私は別に、今からでもいいよ?」
「結果が悪かった時、今の疲弊状態を理由に約束を反故にされても困る。それに凪が証人になる以上、俺もお前との約束を破れなくなる」
「じゃあ……私の適性が上がっていたら、魔法少女にしてくれるってこと?」
「すぐには無理だが、もう二度とお前に諦めろとは言わないさ。それに自力で適性を上げられるほどの逸材なら、貴重なマギプラを使用する価値は十分だしな」
「分かった、それでいいよ。じゃあ、勝負は今日の放課後だね!」
春菜は気落ちしていた表情から一転し、希望に満ちた顔で自分の家へと戻っていく。
「約束だからね、翔くん! 私、絶対に証明してみせるから!」
これからシャワーを浴びて、急いで学校の仕度をするのだろう。
まだまだ時間はかかりそうだし、彼女を待っていては遅刻しかねない。
悪いとは思いつつも、俺は春菜を置いて先に学校へと向かうのだった。
□
「ふぅーん? そんなことがあったのねぇ」
春菜を置いて先に学校に到着した俺は、教室にて凪に粗方の事情を説明。
当然周囲の同級生に話を聞かれても問題ないように魔法少女に関するワードは避け、今日の放課後に春菜の適性を再検査することを伝えたのだった。
「百野さん、すごく頑張っているし……幼馴染に力を貸してあげようと思わないわけ?」
「あのな。前にも言ったが、挑戦権だけで二億かかるんだぞ? もしアイツに適性がなければ、その二億が一瞬で水の泡だ」
「うっ、それを言われると……辛いわね」
「そもそも、今の俺にはお前がいる。焦って新しい候補を用意する必要もないんだ」
俺がそう返すと、凪は美人が台無しになるほどの不気味な笑みをニマァと浮かべる。
「うふふふふっ、そうよね。アンタはアタシが大事だもんね。今は七位……だけどいずれは圧倒的な一位となるこのアタシを!」
「……お前もちゃんと、ランキングをチェックしていたんだな」
どおりでいつもよりテンションが高かったわけだ。
いや、ご機嫌な理由はそれだけではないのかもしれない。
「そういや、凪。その制服……ブレザーもよく似合ってるよ」
「へぇ? いつになったら褒めてくれるかと待っていたけど、ようやく気付いてくれた?」
昨日まで前の学校の制服を着ていた凪だが、今日は玖蘭高校指定の制服に袖を通している。
シワ一つないブレザーとプリーツスカートの制服は、もうすっかり見慣れたものだと思っていたのだが……凪ほどの美少女が身に纏うと、新たな気付きと感動があるものだ。
「前のセーラータイプの制服もいいが、こっちの方が俺の好みかもしれん」
「……そう? まぁ、そういうことなら……この制服で、デートとかしてあげるけど」
「楽しみにしておくよ。この前の戦いの報酬も、しっかり払わせてくれ」
そんな話を二人で交わしていると、唐突に教室の扉が勢いよく開かれる。
「ま、間に合ったぁーっ! セーフッ!」
慌てた様子で教室に滑り込んできたのは、制服もよれよれ、髪も半乾きの春菜。
あの後にシャワーを浴びて、慌てて登校してきたのが丸分かりだ。
「ちょ、春菜っち! 何そのスタイル、マジ笑えねぇんだけど?」
「あちゃー。こいつはやっちゃってんねー」
「えっ? あっ、ごめん……」
「いいからツラ貸しなー? うちらがコーデしてあげっから」
同じ女子として見過ごせなかったのか。
我がクラスの誇るギャル精鋭たちは、春菜の腕を掴んでどこかへ連れて行く。
恐らく女子トイレ辺りで、身だしなみを整えてくれるのだろう。
「……百野さん、重症ね。あのままじゃ、可哀想よ」
「ああ。だからこそ、引導を渡してやらないといけないんだ」
俺は鞄から取り出した、魔法少女の適性検査装置を机の上に置く。
そして、装置の裏にある緑のボタンを押し……装置のシステムをチェック。
後はこれを使い、春菜の夢を諦めさせるだけだ。
たとえそれでアイツが傷付くことになっても、俺は……
□
吹奏楽部の演奏する楽器の音色と、運動部の掛け声があちこちから響く放課後。
誰も近付くことのない、防音処理バッチリの空き教室にて。
「春菜、覚悟はいいか?」
扉の鍵をかけながら、俺は教室の中心に立つ春菜に呼びかける。
「うん……いつでもいいよ」
かなり緊張しているのか、その表情はどこかぎこちない。
「百野さん、きっと大丈夫よ。貴方、とても頑張ってきたんでしょ?」
「凪ちゃん……! 私が魔法少女になれたら、一緒に戦おうね!」
立会人である凪の励ましを受け、僅かに気を緩めた様子を見せる春菜。
そんな彼女の顔を見て、俺は胸の奥にチクリとした痛みを覚える。
これから俺がやろうとしていることは、ある意味で……残酷なことだ。
「さぁ、勝負は一回だけ。この装置で、お前の適性を確認する」
手に握る小型の特定装置を、俺は春菜へと手渡す。
後は彼女が、装置の表にある赤いボタンを押せば……結果が表示される。
「私は……できる。いづみさんから教わったこと、全部全部やってきたんだもん。翔くんの夢を叶えるために、いっぱい努力してきたんだもん」
それはまるで、自分の中の不安をかき消すように呟かれた言葉。
だが、春菜がどれだけ思い込もうと、信じ込もうと、結果は断じて変わらない。
「……あっ」
ピーッという無機質な電子音が響き渡り、測定装置の目盛りが動いていく。
その結果は……
「い、いやぁ……! こんなの……! こんなの嘘だよっ!」
測定結果は五点。
以前、春菜にせがまれて測定した際の数値とまるで同じであった。
「これ、壊れてるよ! 機械がおかしいんだって!」
涙を流しながら、装置を勢いよく地面に叩き付けようとする春菜。
俺はその手を掴み、測定装置を取り上げた。
「往生際が悪いぞ。春菜、機械は正常だ」



