テスターですけど、このネトゲ学園が難しすぎるとか言うのやめれる? 「これ絶対クリアできないんですけど、責任とれそ?」

一章 ③

 コントローラーの前進ボタンを押すと、ゆっくりと周囲の光景が動いていく。

 場所は木漏れ日の射す、美しい並木道。

 存在しない自然の香りすら感じられるような気がする。


「うーん、綺麗だなー。普段は戦ったりクエストしたりでのんびりできないけど、こうして散歩するとすごく気持ちいい」


 ──せやろ? ワイら自信のデートコースや

 ──横道に入ったら綺麗な湖もある


「手が込んでるなあ。オンラインゲームってそういうのも気を使うんだ?」


 ──オンゲだからというか、まあ、うん

 ──青春、させてやりたいんや

 ──それで甥っ子君、アバターに違和感は?

 コメントを見て、自分の身体に視線を向ける、


「ああ、大丈夫。普段と全く同じ、違和感はないよ」


 軽く身体を動かし、問題がないことをもう一度確認した。

 うん、使い慣れた自分のアバターだ。

 上半身のみのハーフトラッキングだけど、もちろん変なところなんてない。

 ──アバター、自分の外見そのままで本当にええんか?

 ──バイト代のかわりってわけじゃないけど、高い限定アバターも支給できるんやぞ

 ──パターン違いを含めたら5000個近くあるからな! 選び放題!


「作りすぎぃっ! 要らないよ、別に報酬が欲しくてテスターやってたわけじゃないし」


 ──確かオーバーカム学園でも、アバターは自分のままでやるんだろ?


「もちろん! 俺はあのゲームを極限までやり込むんだから!」


 最強だとか最速だとか、そういう実力勝負の挑戦は間違いなく無理だけど、やり込むことだけは得意なんだ。


「オンラインゲームである以上は色んなアバターも使いたいけど、まずは自分のままで一歩踏み出したい。やりこみの第一歩はキャラへの愛着だからな」


 ──お、おお、楽しんでくれよ……頼むから楽しんでくれよ……

 ──ありのままの自分を愛するとかいう青少年の夢

 ──どうせ美男美女アバターだらけだぞ、フツメンの甥っ子君だと浮かない?


「ちくちく言葉やめてください」


 本当に泣いちゃうぞ。

 溢れそうになる涙を止めようと顔を上に向けて、おや?

 自分のステータス表示で目が止まった。

 あれ、レベル1? さっきまではラスボス挑戦可能最低レベルの500はあったのに。

 スキルもステータスも初期状態、びっくりするほどプレーンな姿だ。


「なんかデフォ状態だけど、能力いじった?」


 ──あくまでアバターチェックだから

 ──ステータスが高いと多少の違和感はごり押せちゃうでしょ

 あー、確かに? 認識とズレがあったりしても、レベルが高いと身体はしっかり動いてくれるからね。

 あれ、でも──俺の名前まで変わってる?


「ラグ……?」


 これ、俺がオーバーカムで使う予定の名前……?

 自宅の環境だとちょっと遅延がありそうで、ラグくなるかもなーってこの名前にしたんだ。

 でも、そんなこと誰にも話した記憶は……いや、わかんないか。テスト中は集中しちゃって、無意識にあれこれ話してそうだし。


「それで、歩いてるだけで本当にテストできてる?」


 ──アバターに違和感がないかってのがメインやから、実際のところもう終わっとる

 ──っていうか甥っ子君、ぜんぜん気づかんぞ。どうすんねん

 ──これで気づくんだったらとっくにわかってるだろって話で


「コメントの皆さん、もしかして何か企んで……ん?」


 ──どしたん?


「いまログインしてる人って、俺以外にもいる?」


 ──いや、ピースクリエイターの撃破証明がとれたから、総出でバッチ準備してるけど


「だとすると……この救難信号は、誰なんだ……?」


 画面右下で点滅するSOSのマーク。

 これが表示されているのはおかしいんだ。

 ──え、低レベルプレイヤーが死にかけた時に出る、周囲への救援要請やん

 ──なんで救難出てるんや?

 ──他にプレイヤーなんていないはずだぞ。バグか? お、バグか?

 ──直前に怖いこと言うなよォ!

 ──確認取れた。プレイヤーだ

 ──マ? なんでおるん?

 ──甥っ子君と同じでアバターチェックのためにログインしてたんだ


「え、俺と同じことしてた人?」


 テスターが足りないみたいだし、新しく入ったのか?

 だとしたらヤバいな、本当に死にかけてるのかも。

 ──マズイぞ、強制ログアウトは?

 ──あかん! 戦闘中はログアウトできないって設定がこっちの権限より優先度高い!

 ──ダメじゃんそれ。チケット切っといて


「チケットって、開発タスクのこと!? 修正してる場合じゃないだろ、こんな無人のフィールドで死にかけてるのに!」


 いくら作りもの、いくらゲームでも、VR環境のリアリティは影響力が強い。

 もしかしたらトラウマを抱えることにだってなるかもしれない。


「場所はどこだ?」


 ──救難信号を受信したら勝手にミニマップに出る

 ──行くのか甥っ子君


「こっちはラスボスまで倒してるんだ。初心者を助けるのはクリア済みの責任だからね!」


 オンラインゲームっていうのはそうして回っていくんだから。

 それに──普段はボスにボッコボコにされてるんだ、たまにはいいトコ見せたっていいだろ!


「モードチェンジ、オーバートラッキング!」


 俺は手元のスイッチを操作。

 かすかな電子音。ガシャンと音が響き、足元のベアリングのロックが解除される。

 それは開発室に用意された、最新のトラッキングシステム。

 極小ベアリングの集合体で作られた床が繊細に駆動し、まるで本当に地面を蹴っているかのように移動できる、新世代のVR環境だ。

 地面を踏みつけるように強く前に出ると、リングが空転して俺をその場に固定しながら、映像が高速で前に進んでいく。

 まるで本当にゲームの中にいるような感覚の中、俺はSOS地点へと走り出した。


「いた……あそこだっ!」


 SOS地点、美しい噴水が目を引く広場で目にしたのは、一人のプレイヤーが機敏な動きで攻撃を回避する姿だった。

 すぐに助けないといけない……ん、だけど……。


「よっ、ふわっ!? にゃうっ! もう、むりですぅぅぅ!」


 ──まだ生きとるやん

 ──回避うっま


「……うん、上手いなあ。助けいらなさそー」


 学校の制服のようなアバターの女の子が、飛び回るビットの放つレーザーを避け続けてる。

 全然攻撃を食らってないし普通に上手くて、これ助けがいるのかなって思ってしまった。

 ──なんでこんなところに飛行型ビットが?

 ──あ、これピスクリのビットやん、ID同じやぞ

 ──さっき倒したやつのビット? なんで消えてないんだ?

 ──あの時、本来限定されてるはずの戦闘フィールドを無制限にしていた

 ──そのため本体の爆発に連動して破壊されるビットが影響範囲より外にいたらしい

 ──それでもボス戦が終わったら消えるはずちゃうん? なんで残ってんの?

 ──……チケット切った


「じゃあバグなんじゃん!」


 思わず声を出した俺に気づいたのか、女の子の視線がこちらに向く。


「えぇっ、他の人!? あぶないから、離れっ……ひゃぅっ!?」


 驚いて本人が体勢を崩したんだろう。それに連動してアバターの動きが鈍る。

 隙を突くようにビットがビームを乱射し、避けようとする彼女の逃げ道が封殺されていく。


「あ……やっ……」


 微かに聞こえる怯えた声。

 これはただのゲームだ。やられたからってどうってこともない。

 でも顔面に殺人ビームが直撃するリアルな光景なんて、誰だって見たくはないはずだよね。


「救援要請を受諾、介入するぞー!」


 身体を倒し、思いっきり前に飛び出す。


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