テスターですけど、このネトゲ学園が難しすぎるとか言うのやめれる? 「これ絶対クリアできないんですけど、責任とれそ?」

五章 ⑤

「やれって言ってくれてありがとう。リアが何を考えていても別にいいんだ。俺は感謝してるって、それだけ伝えたくて」

「っ……もー! もぉぉぉっ!」

「何!? 急にどしたっ!?」


 もーもー言いながらリアがぐりぐりと俺の脇腹をコントローラーでえぐる。

 なんなの! マジで何がしたいの!


「私はただ、そういうラグ君で居て欲しかっただけです! この世界が大好きで、いつもワクワクした顔で画面を見つめて、なんでもないような顔でわけわかんないことをやってみせる、そういうラグ君が好きなので!」

「リア……」


 その言葉は、俺のために自分のこだわりを曲げてくれたって、そういう意味なんだろう。

 後半は褒められているのか怪しかったけど、ね。


「本当に、ありがとう」

「それはこっちの台詞です。私のお願いに応えて頑張ってくれたんですから!」


 そう言って、リアはゆらりと、俺から視線をそらした。

 いつも自信満々にまっすぐこちらを見る彼女の、少し珍しい仕草。


「というわけで、頑張ってくれたラグ君に、ちょっとしたご褒美があります」

「と、いうと?」

「これです!」


 ピコン、と小さなSEが鳴った。

 画面の右端に【共有エモート申請】の文字が。


「共有エモ……? なんだこれ?」


 ずっと一人でテストをしていた俺には、申請、って概念自体に馴染みがない。

 そんな俺に穏やかに微笑んで、リアはそっと俺の手を取った。


「こういうこと、ですよ」

「え、あっ……」


 導かれるままに、差し出されたリアの手を握る。

 この手で鮮やかなプレイをしているとは思えないぐらい、細くすべすべとした指。

 こっちは汗ばんでるんじゃないかって焦ってしまうぐらいに、自分とは全く別の感触だった。

 なんて、そんなことで焦ってる場合じゃなかった。


「えいっ」

「わっ、ちょ……っ!?」


 くいっと引かれた腕の中に、するっとリアが飛び込んでくる。

 反射的にバランスを取った俺へと彼女がしっかりと抱きついてきた。


「はっ、なっ、わっ、えええっ!?」

「あ、承認されたみたいですね」

「へ? こ、これって……」


 指定のポーズを取ったことで自動承認されたんだろう。

 現実の俺達と同じ用に、アバターの二人がしっかりと抱き合った。


「どうですか、世界一の美少女との、愛のこもったハグは。ボスを倒した報酬としては十分でしょう?」


 少し上ずった声で、しかしぎゅっと俺の体を抱きしめたまま、リアはそう囁いた。

 彼女は眼下に広がるオーバーカム学園へ向けるように、言葉を続ける。


「ラグ君が頑張ってくれなかったら、きっとこの学園は、あんまり楽しくない感じになってたと思うんです。だから、ちゃんと言わせてください」


 テストプレイヤーの分際で出しゃばって、一人でボスを倒してしまった俺のようなやつに。

 彼女は心からの感謝をこめて、言ってくれた。


「ありがとうございます、ラグ君。オーバーカムを護ってくれて」


 その言葉には少しの噓もなくて、真っ直ぐに俺を見つめる潤んだ瞳は、吸い込まれそうなぐらいに綺麗だった。


「────」

「あれー、ラグ君、言葉もないって感じですね? これはもう、リアちゃんの可愛さに、ついに負けちゃいましたか?」


 リアは世界一可愛い笑顔を俺だけに向けて、俺を迎え入れるように笑った。


「ラグ君だけは、特別に。私のこと、好きになっていいんですよ?」


 その表情はあまりにも綺麗で、その声はあまりにも魅力的で。

 間近に感じる意識をとろけさせるような彼女の香りと、脳まで届くような甘い声。そして温かな感触に包まれる。

 もはや否定するなんて考えは浮かばない。

 俺はためらいなく頷こうとして──

【実績:挨拶だよね?】【難易度:☆】

 共有エモート、フレンドリーハグを実行した証。

 とても親しい仲で行われる挨拶。挨拶──だよね?


「……え、実績?」


 もう見慣れてきた表示に呆気に取られる俺に、リアはぱっと表情を輝かせる。


「やっぱり共有エモートに実績がありましたね! あの開発スタッフさんのことですから、ラグ君ソロじゃ思いつかない内容で追加してると思ってたんですよ!」

「リア、実績のために抱きついてきたの!?」


 慌ててリアを引き離した。

 マジかよ、そんな理由で!? 危うく本当に堕ちるところだったよ!


「いえいえ、実績はついでですって。大事な相方に感謝の思いを伝えようと思って、ですよ!」

「絶対噓だ……危ない、本当に堕とされるところだった……」

「堕ちていいんですけどねー」


 リアは残念そうに言ったものの、すぐに笑顔に戻って続ける。


「まあ、これもまた良しです! コンプリートっていうのは、その過程が辛いほどに達成感がありますからね!」


 こいつ、自分が可愛いからって、俺の思いを弄んで!

 ちゃんと怒りたいのに、体に染み付いたリアの温かさで、どうにも頰が緩んじゃう。


「あらゆるゲームをコンプリートしてきた私に勝とうだなんて、考えが甘いんですよ! 全クリ前には、ラグ君もしっかり攻略して見せますから!」

「くぅっ、俺は堕ちない、絶対に負けない──って言いたいのに!」


 うちの相方さん、可愛すぎるんだよ!

 水晶龍なんかよりよっぽど負けイベントだよ! 勝てるかこんなの!


「難易度バグってるだろ、絶対にクソゲーだって……」

「それはこちらのセリフなんですけど!? ラグ君の攻略も、オーバーカムのクエストも、どっちも難易度高すぎるんですよ! クソゲーじゃないですかこれ!」

「どこがクソゲーだよ! 最高のゲームで、最高の学園じゃないか!」


 この世界を創った人にだって、何もかも思い通りにはいかない。

 理想を叶えられたのか、それとも妥協を積み重ねたのか、想像もできない。

 だけど、それでもここの世界こそが、俺にとっては最高の学園だった。


刊行シリーズ

テスターですけど、このネトゲ学園が難しすぎるとか言うのやめれる? 「これ絶対クリアできないんですけど、責任とれそ?」の書影