第一章 ①
【人気オンラインゲーム、復旧の
全世界で一億以上のユーザーを有する人気VRSLO『ダーケスト・レルム』のサービスが
運営会社は当初、『外部からの不正アクセス』と停止の原因を説明したものの、その後大規模なウィルス感染も判明し、復旧への道筋は見通せていない。
識者によれば、感染ウィルスは未知のもので、大手セキュリティベンダーの解析にもかかわらず、ワクチンソフトの開発に至っていない。
このままサービス断が続けば、運営会社の業績にも大きな影響が出ると見られ、市場関係者からは対策の強化・迅速化を求める声が上がっている。
【(用語解説)ダーケスト・レルム】
ソウルライクオンライン(SLO)と呼ばれる高難易度のアクションゲームで、ダークなファンタジー風の世界観が特徴。
レベル上げよりは、ゲームオーバーを繰り返し、敵の攻略パターンを見つけることで、先に進むゲーム設計となっている。
本作はそうした試行錯誤に加えて、神経インタフェースによるアバター操作の熟練も攻略の鍵となっており、熱狂的なファンを生む一因となっていた。二〇××年のeスポーツ・エキシビションでは、著名フィギュアスケーターの××がVRインタフェースで参加、低レベルのアバターにもかかわらず、卓越した運動能力でエリアボスを撃破し、その月の動画再生数でトップを記録している。
【再開は絶望的? 既に設備解約の動きも】
サービス停止が続くダーケスト・レルム(以下DR)について、余剰設備の解約が急ピッチで進められていると分かった。
該当設備は、今後のユーザー増に備えて確保されていたもので、短期での再開が疑問視されたか、または事業凍結も選択肢になっていることを示している。
ネットでは『自分の
【専門家の視点(ITジャーナリスト)】
サービス継続の検討は続いているようだが、さすがにもう再開は厳しいと見るべきだろう。DRは先行投資の借り入れをユーザー増でまかなう戦略を採っており、売り上げのない状態では早晩資金繰りが破綻すると思われる。運営会社の規模・体力を考えても、来月、遅くても再来月にはサービス停止が発表されるだろう──
ガタン!
タブレットが落ちた。
まるで指の間から滑り降りるように、指先に潤滑油でも塗りこまれたかのように、アルミの抵抗が
──来月、遅くても再来月にはサービス停止が発表。
〝サービス停止〟
だが車椅子の上の
くそっ、という毒づきも満足に出せない。鏡があれば、そこには能面のような顔が映っているだろう。
さぁっとカーテンを巻き上げて、病室に早朝の風が吹きこんでくる。
気持ちのよい気候の中、ただ一人、脂汗を流しつつ、力を振り絞る。滑稽なのは百も承知。だが今の自分にはこの程度さえ地獄の苦行だ。指先は──動く、左足も少しなら踏ん張れる。スリッパの底が床をとらえる。フローリングの感触。OK。
深呼吸。慎重に、
……。
ぽつりと額の汗が膝に落ちた。力がうまく
だめだ、届かない。もっと力を入れないと、車椅子から乗り出して、そう、思い切って、前のめりに──
「
悲鳴のような声が背後で上がった。
病室の入り口に看護師が立っている。
目をみはっているのは、よほど驚いたからだろう。ナースワゴンを投げ出すようにして駆け寄ってくる。床のタブレットを見つけると、割りこまんばかりの勢いで、拾い上げて手渡してきた。
「ああもう、ナースコールしてください! 無理をして
大丈夫ですよ、とは言えない。
剣幕に押されたからではなく、そもそも口がまともに動かないからだ。
代わりに受け取ったタブレットで、タッチ入力する。まどろっこしい間を経て、スピーカーから『すみません』と合成音声が出てきた。
「本当に、お願いしますね」
不安そうな面持ちのまま、看護師は周囲を片づけ出す。椅子を動かし、コードをよけ、目隠しのパーティションを壁に寄せる。あたかもトラブルの種を一掃しようとでもいうように。これ以上の面倒事はごめんだというように。
そうして周りを整えられる度に、ミギリはなんとも言えない無力感に襲われる。
もうおまえは、普通の
看護師の手が糸くずを拾う。足で
自尊心と自立心がまた
『後天性の神経障害です。治療法はなく、進行をいかに遅らせるかが勝負となります』
二年前に医者から淡々と告げられた時、正直何を言われているのかピンとこなかった。
まだ症状が軽かったせいもある。たまに感じる手足の
『平均寿命はおよそ五年です。末期には自発呼吸も難しくなりますが、人工呼吸器の使用で十年以上存命したケースもあります。
生活は一変した。最初こそ週何回かの通院だったが、すぐに訪問看護が始まり、やがて入院を余儀なくされた。
懸命なリハビリを
それでも絶望して死を選ぶには至らない。
そう、もう一日頑張れば、努力を続ければ、何か予想外の奇跡が起きて──
ガクリ。
バランスが崩れた。
平行棒から手が離れて、倒れそうになる。胃の浮き上がるような感覚。即座に療法士が腕を伸ばして、
「大丈夫ですか」
昼下がりのリハビリルーム。丁度食事時のためか、人の姿は少ない。
呼吸を整えて、目だけで肯定の意を示した。リハビリを始めて、まだ何分もたっていない。最低記録を更新するにしても、早すぎた。
「無理せずゆっくりいきましょう。負荷をかけすぎると逆効果ですよ」
無責任な気休めはよしてくれ。こうしている間にも、自分の
平行棒を握りしめて、足を踏ん張る。眠りつつある筋肉を呼び覚ます。
苦しい。
ただ一歩歩くだけなのに、
少し気を抜けば、沈みこみそうになる。ずぶずぶと床に
(っ)
療法士は困ったような顔をしつつも、止めなかった。ただ、いつこちらが転倒してもよいように身構えている。
(ひとり……で……ある……ける)
小刻みな呼吸を繰り返し、四肢を動かす。左、右、左、右、左。震える程度のわずかな移動でも、意味があると信じて。左、右、左、右、左。
「あれ、あの人って」
背後で女性の声が上がる。足音が複数。
「俳優の……ほら」
ああ、というひそひそ声が答える。最近、運動機能が衰えるのにつれて、聴覚が鋭敏になっていた。聞きたくない言葉まで入ってきてしまう。
「本物かな」
「本人でしょ。私、何回も出演作見たし」
「
「
そのあともひそひそ声が続く。
「時の人だったのにね」
がくっと足が崩れる。倒れかけた
「少し休憩しましょう。一度、椅子やマットのストレッチに変えた方がよいかもしれません」



