第一章 ③



〝件名:【DR】もう一度、プレイしたくありませんか?

 差出人:眠りアザラシ


 おめでとうございます! あなたは選ばれました!

 これは特別なオファーです。決して口外しないでください。誰かに転送したりスクリーンショットを撮ったりすれば、すぐに分かります。連絡先は消されて、二度とコンタクトできません。折角のチャンスを棒に振らないでください。

 お伝えしたいことは一つです。あなたはもう一度、ダーケスト・レルムをプレイできます! 海賊版やクローンサーバではありません。正規のDRにご自身のアバターでアクセスできるのです。

 ただし、残念ながら無償ではありません。私達が支払うリスクのいくらかを負担いただきます。即断できない? 大丈夫、きちんと条件はご説明します。決断は全てを聞いてからで結構です。これは完全にフェアな取引です。

 興味があれば、本メッセージにご返信ください。説明会のリンクを送らせていただきます。あなたとお会いできるのを楽しみにしています〟


 うさんくさいにもほどがある。

 スマートホンに届いていたら、即ジャンクメールフォルダに放りこんでいただろう。

 だが一昼夜悩み、VR端末の電源オフ・オンを繰り返し、一時は端末を棚の奥にしまいこんだ末、結局ミギリは説明会のリンクに接続していた。

 どうせ失うものなどない。詐欺にかけられるものならかけてみろという気分だった。

 午前七時、VR端末が視神経に割りこむと、消灯済みの病室が青いドームに替わる。ベッドに横たわっていたはずが直立した感覚になる。

 ゲームポータルからアクセスできるコミュニティスペースだった。アバターの外観を持ちこみ、プレイヤー同士で会話できる。感情表現モーシヨンこそ、出来合いのものしか使えないが、ファンタジー風のよそおいは確かに自キャラのものだった。

 顔を上げる。

 ドームの外周沿いに、複数の人影があった。

 全部で二十人くらいだろうか。皆、息を詰めて周囲をうかがっている。会話はない。冷えた緊張が場を満たしている。

(随分いるな)

 というのが正直な感想だった。

 こんな怪しい話に、何十人も食いついてきたのか。

 DRは確かに唯一無二の体感型タイトルだが、所詮はただのゲームだ。犯罪に巻きこまれる危険を冒すほどのものではない。ひょっとして似た境遇の者が──リアルで身体からだの自由がかない者が他にもいたのか、そう思ったが、


「よぉ、兄ちゃん。あんたも〝採掘〟か?」


 無遠慮な声が思考に割りこんでくる。

 振り向くと、軽薄そうな中年男のキャラクターが立っていた。名前表示はヤタロー。軽装でいかにも盗賊ローグといった雰囲気だ。腰ベルトの装備も、ロックピックや油瓶といったものだった。


「採掘?」


 何かのイベントか? きょとんとしていると、ヤタローの目が細まった。


「とぼけるなよ。グルドの回収だよ」

「グルド」


 作中で使われている貨幣のことだ。装備の購入・改修、ファストトラベルなど様々なシーンで入り用になるが、


「ゲームの金なんか回収してどうするんだ?」

「本気で言ってるのか?」


 今度はヤタローの方が面食らった様子になる。しばらく真意を探るように、こちらをうかがっていたが、ややあって嘆息した。顔を寄せ、声を潜めてくる。


「有名な話だぜ。DRのグルドは、中身、暗号通貨だって」

「暗号通貨?」

「ビットコインとか、イーサリアムとかあるだろう。ネットで流通するデジタル資産。あれをさ、プレイヤーのVR端末の余剰リソースを使って、せっせと生みだしてたんだと。もちろんそのままじゃ不正アクセスになるから、ゲーム内資産としてユーザーと共有する体裁にしてたんだよ。いずれゲームが終わったら全部運営のものにする腹づもりで」

「……」

「ところが今回のトラブルで、運営自体もサービスにアクセスできなくなって、大量の暗号通貨がゲームサーバに取り残されたわけだ。金額にしておおよそ数十億、百億以上ってうわさもある」


 マジか。

 予期せぬ話にぼうぜんとなる。

 だが、そう言われてようやく周囲の様子にてんがいった。誰も彼もが、息を詰めて、ことの成り行きをうかがっている。目の奥にある光は、娯楽とは無縁のものだ。実利を求めて、ひたすらに感覚を研ぎ澄ませている。


「金稼ぎってわけか」


 端的なまとめに、ヤタローは「おうよ」と笑った。


「じゃなきゃこんな怪しげな話に食いつかねぇだろ。で、兄ちゃんの目的はなんだ? 別のもうけ話があるなら一枚ませてくれよ」

「いや……」


 困惑もあらわに視線をらす。


「僕はただ、もう一度DRをプレイしたかっただけで」

「あぁん?」


 裏切られたと言うように、顔をのぞきこまれた。男のぞろいな眉ががっている。


「そりゃないだろう。俺はちゃんと情報を出したぜ」

「隠してるわけじゃない。本当に、ゲームをやりたかっただけなんだ。どうせ詐欺だろうけど、少しでもログインできたらもうけものくらいの気分で」

「……」

「他のVRタイトルじゃどうしても満足できなかったから」

「はぁん」


 ヤタローはもう興味をなくしたように、背筋を伸ばした。こちらの肩越しに顎をしゃくってみせる。


「そっちの嬢ちゃんはどうなんだい。あんたもただのゲーマーだって言い張るのかい?」


 気づけばすぐそばに少女のアバターがいた。先ほどまでは見あたらなかったから、今、ログインしてきたのかもしれない。

 びくりと細い肩が震えた。いきなり話しかけられて驚いたのか、おびえた顔になっている。

 矢筒を背負っているから狩人かりゆうどだろうか。名前表示はノイチゴとなっている。特徴のないのが特徴とでも言いたくなるキャラメイクだった。整ってはいるが、印象に残る部分がほとんどない。少しでも目をらせば、すぐ記憶から抜け落ちてしまいそうな外観。

 彼女はしばらく黙っていたが、やがてされるようにつぶやいた。


「私は……お金が必要で……DRとかよく分からなかったけど」

「ほらほらほらぁ」


 ヤタローの笑みが大きくなった。どうだと言わんばかりに、目くばせしてくる。


「正直でいいね! てか初心者かよ。いいぜ、俺と組むかい? 少しばかり、授業料はもらうけどさ」

「よせよ」


 弱者をカモにするようなは見ていて気持ちよくない。ヤタローの視線を遮るようにノイチゴに向き直る。


「プレイの仕方くらい教えるから」

「あ、え、はい……ありがとうございます」

「おいおいおい、冗談だよ。俺ちゃんを悪者にするなよ。チュートリアルくらいサービスするって。ただ、効率よく稼ぐならベテランのアドバイスもさ──」


 ジジジジジッ。

 ノイズが走った。空気が震える。プラズマのような光がドームの中央に生じる。

 全員の視線が集まる。

 スーツ姿の女性が宙に浮いていた。手脚が長い。ファッションウィークのモデルを思わせるすらりとした体型だった。

 つややかな髪、みずみずしい唇、つんととがった鼻。完璧な容色は、だが顔の上半分を覆う面に裏切られる。安っぽい紙のお面、眠たげな目と丸鼻は、コミカルな動物のものだ。というかなんだあのデザインは。ひげづらの──アザラシ?

 女はうやうやしく手を胸に当てて、一礼した。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。定刻となりましたので、〝説明会〟を始めます。私は案内人の眠りアザラシと申します」


 ──眠りアザラシ。

 メッセージの差出人だ。案内人ということは、別に主催者がいるのか? 視線を走らせるが、それらしい者は見えない。かといって、このふざけたよそおいの人物が元締めとも思えないが。

 眠りアザラシはゆっくりとプレイヤーを見回した。


「まず、いくつか事前にいただいた質問にお答えします。我々の提案を与太話と思っている方も多そうなので、誤解を解いた方が、あとの話がスムーズかなと」


 パチンと指を鳴らす。宙空にシステム構成図が映し出された。クラウドの中にサーバがいくつも浮かんでいる。


「一番多かった疑問は、『そもそもDRのサーバは落ちているんだろう?』というものでした。攻撃か、あるいは事後の感染防止のために電源自体、切られているんだろうと。であればアクセスできるはずがないと。確かに、サービス不能なサーバを立ち上げていても、電気代がかかるだけですからねー。とっくにシャットダウンされているはずというのは、常識的な判断です。ユーア・ソー・スマート! しかし、残念ながら、あなた方はサイバーセキュリティについて無知すぎます」


 DRと銘打たれたサーバが赤く輝く。通信とおぼしき矢印を跳ね返しながら、怪しく明滅し出した。