オープニング2
山の中腹くらいにある学園寮から出て、走り屋が好みそうなカーブがある山道を歩く。学校まであとどれくらいだろう、と見上げると、木々から顔を出した豪奢な校舎が目に入った。
今日から通うことになるこの高校は桜宮学園と言い、次世代のリーダーを育てるための学び舎だ。
この学園は特殊で、華族や財閥のお嬢様とお坊ちゃまが所属する貴族クラスが一つ、一般人の所属する使用人クラスが三つ学年ごとに存在する。
クラス分けされてる理由は二つ。
貴族クラスの生徒が次期リーダーとして人の使い方を学ぶために、使用人クラスの生徒を使って学園から与えられる課題に挑むことになっているから。もう一つは貴族クラスの生徒が生涯仕えてくれるメイドや執事を見つけるためだ。
こう聞くと使用人クラスに旨味がないように思えるがそんなことはない。お偉い子息息女と関われるため、その親から厚遇されて就職先には困らない。また、カリキュラムも充実しているので希望の大学に進学もしやすい。さらにさらに、執事、メイドに選ばれれば実質玉の輿みたいなもので入学する旨味はたんとある。
そのため、ほぼスカウトからの推薦入学にもかかわらず、入試倍率は十倍を超えるのだとかなんとか。
まあなんともコテコテのギャルゲー設定なことで。こんな学校あるわけないだろ。
とは思うが、あるのだから仕方がない。かくいう俺も海外の監獄で獄中出産によって生まれ育ち、監獄の血生臭い生活から抜け出すために日本の学校に転入を決めたという馬鹿みたいな設定持ち。ゲームの世界と言えど俺にとってはこれが現実なのだから、受け入れるほかあるまいよ。
なんて思った自分の反応に違和感を覚える。
俺、意外にも落ち着いているよなぁ。
普通もっと環境に困惑するのではなかろうか。転生モノみたいな状況だし「何なんだこの世界は!?」とか「どうやったら元の現実に戻れるんだ!?」とか慌ててもいいはずだけれど、そういった感情は一切ない。この世界で今まで生きてきた記憶があり、この世界で生きていくことは当たり前のことで何の抵抗も疑問もない。
やっぱり俺はギャルゲー主人公なのか?
とはいえ馬鹿げた世界という価値観があるし、ゲームをプレイしていた俺の自我は消えていない。
どっちなのだろう、と悩んだのは数秒だった。
どっちでもあるし、どっちでもないんだ。
ギャルゲー主人公の俺がプレイヤーの俺の記憶を得た結果、一つに溶け合い新たな人格が形成されただけのこと。だからどっちでもあるし、どっちでもないのだ。
そんなことを考えながら山道のカーブを曲がると校門が目に入った。
たしかここで……。
リムジンが横を走り抜け、原作の記憶が鮮明になる。
そうだ。ゲームではここでリムジンから降りてくるヒロイン、雪城姫乃の前を横切ることになるんだ。
そして……。
『ちょっとそこの庶民』
『ん、俺?』
『そうよ。今、私の前を横切ったわね?』
『ああ、それがどうかしたか?』
『どうかした? ですって!? 無礼だと思わないの!?』
『無礼? そうなのか? どこが悪かったか言ってくれ』
『この私の行く手を遮ったところよ!』
『それの何が悪いんだ?』
『〜〜〜〜っ!? この私を馬鹿にして! この屈辱絶対に忘れないからっ!』
という出会いのイベントがあったので、俺は立ち止まることに決める。
ザ・お嬢様キャラのツンデレヒロイン雪城姫乃。彼女とフラグを立てるつもりはない。ここで彼女が校門を抜けるのを静かに待つのが吉。
そう思って待ちぼうけていると、リムジンが停まって制服姿の女の子が降りてきた。
見るものをひるませる強気な瞳に、垂れている、という表現が相応しい艶やかで美しい黒髪。キラッとした粒子が見えるほど涼やかで凜とした雰囲気。現代では男に清潔感が重要視されるが、女の子にも清潔感が重要視されてもいい。じゃあ清潔感のある女の子って誰? と尋ねられれば一番先に彼女の名前を出すにちがいない清楚さ。
肌は白く滑らかで、すらっと伸びた手足も綺麗。蓬萊の玉の枝、火鼠の皮衣、仏の御石の鉢、龍の首の珠、燕の子安貝を要求しても許され、そんなもので結婚出来るのならばとトレジャーハンターが後を絶たなそうなくらいの美少女。
この見た目。車の中から出てきたクール系の美少女はまごうことなき雪城姫乃だ。
よかったぁ、ギリギリで気付けて。あやうくイベントをこなすところだった。さあはよ学校入れ。
なんて思いながら見ていると、雪城はキョロキョロし出し……俺と目が合う。
「理玖!!」
雪城は俺に向かって走ってきて、いきなり抱きついてきた。
女の子の柔らかい感触と甘い香りにくらりとくる。いやきてる場合ではない。
何この状況?
「あ、あの?」
「ちゅき!」
「は?」
「ちゅきちゅき!」
胸に顔を埋めてぐりぐりしてくる雪城の肩を摑んでひき離す。
「ちょ、ちょっと、何すんの?」
「ちゅき?」
首をこてんと横に倒した雪城。クール系の顔立ちが甘えんぼの顔になっていて、原作攻略後の雪城の姿と被って見えた。
な、何これ? 雪城とは今まで会ったことすらないのに、いきなり胸に顔をこすり付けてきたんだけど。
雪城は見知らぬ他人の胸に頭をこすり付けるヤバい奴だったのか? いや、そんな設定は知らないし常識的にあり得ない。そもそも雪城は『理玖』と俺の名前を呼んで駆け寄ってきた。そう。出会ってもない俺のことを湊理玖とわかって駆け寄ってきたのだ。
もしかして、俺と同じく記憶がある?
甘えんぼの顔が原作の雪城姫乃ルート攻略後に酷似していることを思えば、もしかして雪城はルート攻略後の主人公と結ばれた未来の記憶を持っているのではないだろうか?
「なあ、雪城……」
「ちゅき!!」
怒気を孕んだちゅきには、姫乃と呼べ、という意味が込められていて渋々呼び直す。
「……姫乃」
「ちゅきちゅき」
こくこく、と頷いた姫乃は「それでいい」って言ってる気がする。
「もしかして、記憶があるの?」
ちゅきだけで意思疎通しようとするヤバい女に尋ねると、
「ちゅき(うん! 今日、思い出したんだよ! また理玖と一から学園生活が送れるなんてもう楽しみすぎて嬉しくって、理玖の姿を見たらつい抱きついちゃった! 最愛の人に会えたから我慢出来なかった! えへへ、これからもよろしくね!)」
と聞こえたので、
「ちゅきだけじゃ何言ってるかわからないなぁ、あ、そうだ用事が!」
と俺はわからないことにして校舎内へ逃げた。