プロローグ ②

 完全に崩れ去った廃工場。周囲に土煙が立ち込め、地響きがいまだ周囲の建物のガラスを震わせている。地面に突き刺さった鉄骨や、遠くまで飛散したガラス片がその倒壊のすさまじさを物語っている。

 しかし、土煙が晴れた先には、倒壊のど真ん中だったはずの場所に一人たたずむ青年の姿があった。体の各所に傷を負ってはいるものの、命に係わるようなはない。青年は自分の頰を伝う血をぬぐった。

 彼の左右では太い鉄骨が交差するように地面に突き刺さっており、傘のようになって彼を他のれきから守っていた。

 とはいえ……


「たまたま最初に落ちてきた鉄骨が傘代わりになり、たまたまそれ以外のれきもあなたをれた……ですか。相変わらずですね。もりさん」


 いつの間にかもりと呼ばれた青年の隣に金髪の少女が来ていた。少女の言うように青年の周囲にだけ不自然にれきが少なかった。

 青年はろんな目を少女に向ける。


「そう言うお前も、なんで服だけがボロボロなんだよ。アーカイブ」


 アーカイブと呼ばれた金髪の少女もまた服が傷だらけになっていたものの、体には傷一つついていない。


「私は今日死ぬ運命ではありませんので」


 少女は乱れた前髪を整えながら淡々とそう答えた。血の汚れすらないまぶしい肢体があらわになっているが、恥じらう素振りは全くない。

 青年はため息をついて空を見上げた。


「ハァ……運命ね……」


 彼は自分の右腕を見る。袖口からわずかにのぞいているのは青黒く変色した自身の肌。炎のようにうねったあざがあった。


「運命、運命……俺たちはそればっかだな」

「……少なくとも私の運命は呪われてはいませんがね」

「でも、自分の方がマシだなんて思ってないだろ」

「…………」


 何も答えなかった少女に青年は自身の上着を掛ける。


「ま、少なくともお前だけは解放して見せるよ。絶対にな」


 青年は袖を引っ張って炎のような暗いあざを隠した。

 金髪の少女は長いまつげを伏せて「ご自由に」とだけ答えた。そのまま彼女は手に持った赤いひもあやとりを始めてしまう。


「大丈夫ですかっ?」


 退避していた隊員が青年の下へ駆け寄ってくる。青年は片手をあげてそれに答えた。


「大丈夫っす。施設の制圧は?」

「済んでいます。組織員らしき人物は数名拘束済みです。どこの組織のさんかはこれから聞き出します」

「『グレイブ・ネスト』あたりっすかね。最近西側で騒いでる『ネオK』とかかも……」

「どちらにしても、切り捨て前提の末端組織の可能性が高そうなので、大した情報は得られなさそうです。ノアリーの名すら知らなかったので」

「ああ、そうなんですか。有名企業なのになぁ」

「ハハ、流石さすがに表での名前は知っていると思いますが」

「はは、そっすね。……っと失礼」


 青年が眉を上げると、ズボンの左ポケットから携帯端末を取り出した。羽根のストラップがついたその端末は「着信中」の文字を表示して何度も振動していた。画面に映った着信者名を横目に見ながら青年は通話ボタンを押す。


「……なんですか。なんさん」

『こーらこらこら、上司はそんなに邪険にするものじゃないぞー?』


 青年の面倒くさそうな声音を跳ね返すようなハイテンションな口調だった。中年程度の男性の声だが妙に声が高くハリもある。


『ちょうど任務が終わったところでしょー? さすが私。Nice timing!』


 最後だけやたら発音のいい英語だった。

 青年はうんざりした表情を浮かべる。


「……頼んでた件、進展があったんですよね?」

『おー流石さすがだねぇ。ご希望通り、の件は君の担当になったよ』


 その言葉で一気に彼の顔が引き締まった。彼の視線が隣で待機する金髪の少女に移る。


『根回し頑張ったんだよー? ……まあ、ただし破壊任務だ』


 青年の表情が曇った。


「でも、なんさん……」

『だーめだよ。大きな実害が出ているんだ。ノアリーとしては、あれを保管するという選択肢はない。私も頑張ったが……流石さすがにそこはくつがえせなかった』

「…………」

を助ける手がかりを見つけたいというのは分かる。望みをかなえたいなら破壊しない理由を見つけなさい』

「……わかりました」


 その後簡単なやり取りをしたあと、青年は通話を切った。彼は目を細めながら自らの右手に持つごうしやな装飾が施された剣を見た。

 青年はフルフェイスの隊員にしやくをする。


「すみません。それじゃあ俺達次の任務に行くんで、後片付けお願いします」


 隊員は鋭い敬礼でそれに答えた。


「了解。……ノアリー最上級調査員『金死雀カナリア』の方々と一緒に任務ができて光栄でした」

「いやあ、そんな。こちとらただの高校生ですよ。そんなかしこまらなくっても」


 ヘルメットの奥から笑い声が漏れた。


「一級の軍人ですら普通はなれない役職にいる高校生を『ただの』とは言わないでしょう」

「ハハハ……まあ、そうっすね……」


 なんとも言えない苦笑いを返し、青年は金髪の少女へ口を開く。


「アーカイブ。行こう。新しい任務が入った。場所も近い。連続だけど大丈夫か?」

「問題なく。そこに理のゆがみがあれば赴くだけです。それが我々金死雀カナリアの仕事なのですから。行きましょう」

「いや、やっぱ待った。その前にお前は着替えろ。服持ってきてやるから」


 吹いた風は土煙をさらい、どこか遠くに運んでいく。

 倒壊してもなお壊れた機械にはまり続けている歯車が、静かにきしみをあげた。

 これは運命に縛られた青年と少女の物語。

 決められた結末に向かい、それでもなおいた先で変わるものはあるのだろうか。

刊行シリーズ

蒼剣の歪み絶ちIII 正義の最果ての書影
蒼剣の歪み絶ちII 色無き自由の鉄線歌の書影
蒼剣の歪み絶ちの書影