序章 ②

 階段を下りて俺の目の前まで来る。


あかねから聞いた」

「え、何を……?」

「あんたと付き合うに至った経緯とか、これまであかねが置かれていた状況とか大まかにね」

「────! それで……聞いてどう思いましたか?」


 先輩の身に起こった出来事はとても現実的でない話だ。俺は旧校舎で独りで泣いている先輩を見かけたからこそ一大事と捉えたが、たとえ親友と言えど鵜吞みにはできなかっただろう。


「正直はじめは、あかねがあんたを庇うために噓をついてると思った」

「じゃあ今は信じてると?」

「ええ。噓にしては見え透いた内容なのと、話すときのあかねの態度が真剣だったからね。それにこれまでのあんたの言動にも辻褄が合ったし。…………ほんと、つい数週間前まで会話してたのがあかねじゃないなんて……恐怖を通り越して情けないわ」


 呆れたように肩をすくめる。

 きっと偽者だと気づかなかった自分に対してだろう。特に偽者の先輩を信じきってその手助けをしてしまっていたわけだから、そう思うのも仕方ない。


「あと……何も知らないであんたには嫌なことをいっぱい言った」


 ばつが悪そうに目線を逸らしつつ、続けて「ごめんなさい」と口にした。

 いきなりのことに反応ができない。しかも相手があのれい先輩なら尚更だ。


「……何よ? 呆けちゃって」

「いや、まさか謝られるとは思ってなかったから」

「アタシだって自分が悪いと分かったら素直に謝るわよ」


 信じられない。自ら非を認めるなんて。

 だが殊勝な態度からして本当に悪いと思っているようだ。

 あれほど敵対していた相手に謝罪するのは簡単なことじゃない。普通であれば自分から過去を掘り返すなんて真似はせずになぁなぁで済ませるだろう。それを良しとしないで真正面から伝えてくるなんて……。

 れい先輩って、もしや真っ当な人なのでは。

 きっとそうだ。思い返せば先輩絡みでしか会話をしていないし、加えて俺のことを『先輩を付け回す輩』だと認識していたから酷い対応だっただけで、普段の彼女は誠実で優しい人なのだ。でなければ温厚な先輩と友人になれるわけがない。

 今さらながらにれい先輩の本質を知り、俺も謝る。


「過ぎた話なので気にしてません。俺のほうこそ今まで生意気なことを言ってすみませんでした」


 するとれい先輩はフッと小さく微笑んで「お互い様ね」と返した。

 つられて俺の顔にも笑みが浮かぶ。

 ようやく心から分かり合えた気がし──────


「ま、あんたのことは嫌いだけど」


 ────────は?

 予想外の言葉を投げかけられて啞然とする中、れい先輩はいつものつんけんとした態度に戻り、「ほんとあかねもなんでこんな奴と……」と明らかな蔑視発言をする。


「……おい、ちょっと待て。今どう考えても仲直りする良い雰囲気だっただろうが!」

「はぁ? べつに過去の過ちを清算しただけでしょ。あんたと仲良しこよしする気はない」


 なに勘違いしてんのキモ、と言わんばかりに片目を細めて不快感をあらわにする。……こっちは歩み寄ろうとしてんのにこいつぅ……!

 前言撤回。本気で和解できると思った俺がバカだった。やっぱりこいつとは相容れない。


「ていうかあんた、恋人を免罪符にあかねに変なことを仕出かしてないでしょうね?」

「してねぇよ! 健全すぎるぐらいだわ」

「衆目がある中でキスを要求するやつの言うことなんて信じられないわ」

「あ、あれは先輩を助けるためだ! つーか俺と先輩が何をしようとてめぇには関係ないだろ、部外者が口出しすんな!」

「関係大有りよ! あんたと付き合い始めてからあの子、毎日のようにとおくんが〜とおくんが〜って惚気のろけてくんのよ」

「え、そうなのか」

「嬉しがるな! こっちはひとっつも興味のないあんたのことを聞かされてうんざりしてんのよっ。あんたにあかねは釣り合わないの、早く別れろ」

「はっ。先輩を取られて悔しいだけだろ。すみませんね、唯一の話し相手を奪っちゃって」

「唯一じゃないし、三ヶ月も経って未だにクラスどころか学校中から嫌われた孤立野郎に言われたくないんですけど」

「残念、俺にだって友達はいますぅ。それに自分で確かめもせずに他人の言葉を鵜吞みにする奴らなんかに嫌われようがこれっぽっちも気にしてねぇから」

「友達って言っても一人か多くて二人でしょ。強がっちゃってまぁ。あーあ、こんな甲斐性なしのせいで誤解されるあかねがほんっと不憫でならないわ」

「なんだと!」

「なによ!」


 まるで猫の縄張り争いのようにいがっていたとき、


れい先輩。なにか揉めごとですか?」


 背後からそんな男子生徒の声が掛かった。

 振り返ると、いつの間にやらそこには一年生の男女二人組がいた。

 襟足をちょこっと尻尾のように結んだ金髪に透き通るほど肌が白く端整なルックスの男子生徒と、ゆるふわにしたブロンドのロングヘアーにぱっちりとした大きな瞳の無垢な顔立ちの女子生徒。

 どちらも同じクラスで、美少年美少女と名高い人気者。そして片方は見知った仲だ。


「────聞いてくれよ、。さっきからこいつが俺と先輩の間柄にイチャモンつけ…………っ!」


 そこで失言に気づく。

 ──やべぇ! 苛立ちに駆られるあまり、ついで呼んじまった!

 リョウは小さい頃からの友人、いわゆる幼馴染というやつだ。

 俺の悪い噂が虚言だと信じてくれている反面、自己保身のために俺との関係を隠したがっている。教室で話すことは勿論なく、どうしても学校の用事で話さなければならない時は一クラスメイトを装うほど徹底的だ。

 不良の噂が始まった当初はあまりの他人行儀な接し方に薄情者だと罵っていたが、先輩に関するとある事件で俺がより孤立したときに周りの言葉に流されず信じて励ましてくれたこともあり、今は自分の悪い噂に巻き込みたくない気持ちのほうが強かったのだが……失態だ。


「りょう……りようすけのこと? あんたたち仲良いの?」


 ちっ、耳聡い。このままだといずれボロが出て俺たちの関係性がバレてしまう。

 しかし、さすがのリョウ。このピンチな状況でも顔色ひとつ変えていない。


「いえ。同じクラスというだけであまり話したこともないですけど。……だよね、しろさん」

「うん。しばくんとふじしろくんが話してるところは見たことがないよ」


 不思議がる二人。リョウはフリだが。相変わらず俺以外の前だとキャラが違う。

 当然、れい先輩の疑念の眼差しは俺に向けられる。


「……えーとほら、二人は同じクラスだから俺の日頃の行いを見てると思って、孤独じゃないことを証明してもらおうとしたっていうか」

「じゃあなんで友達でもないのに、あんな馴れ馴れしい呼び方したのよ?」

「そ、そのほうが親密アピールに繫がって信憑性が増すかなと……」


 かなり苦しい言い訳に、どうやら頭のおかしいやつ認定されたようで、「そんな意味の分からない行動するから嫌われんのよ」と正論をかれる。

 なんとかリョウとの関係はバレずに済んだが、代わりに口喧嘩の主導権を握られてしまった。これでは今後何を言われても反論できない。

 一方的に罵倒される窮地に立たされるかと思いきや、職員室がある廊下の奥のほうからナイスタイミングにも先輩がやってきた。