織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第一章『白米を腹一杯食べたくて進化した人類が糖質制限ダイエットにハマる末世』 ①

「タピオカ〜タピオカ〜♪ 美(お)味(い)しいタピオカはいかがですか〜♪ シャムからやってきた魔法の団子♪ 嚙(か)んで味わう新食感♪ ただいま京都で大流行中♪ 殿(てん)上(じよう)人(びと)から羅(ら)生(しよう)門(もん)の鬼までみんな大好きタピオカ♪ 畑仕事の息抜きにいかがですか〜♪」


 

 雲もまばらな青空に軽快なメロディに乗って伸びやかな美声が響く。のどかな田園地帯を進むのは牛のように大きく恰(かつ)幅(ぷく)の良(い)い芦(あし)毛(げ)の馬とその馬が引っ張る車輪のついた屋台。そして、屋台の屋根の上には少女が胡座(あぐら)をかいて座っている。

 煌(きら)びやかな金色の髪に空の色を映すようなスカイブルーの瞳は見事なまでの『彩(さい)髪(はつ)虹(こう)眼(がん)』。小さな顔に形の良(い)い目鼻を丁寧に並べた器量よし。加えて自作の切(ミニ)り(スカ)袴(ート)から生える脚はスラリと長く、一目見れば男も女も関係なく虜(とりこ)になってしまうほどの美に少女は恵まれている。

 少女の名前はブリュンヒルド。今はただのブリュンヒルドである。


「タピオカは微妙ですね……じゃあ、今度は────ナタデココ! 固く歯ごたえのある寒天! その固さがクセになる! 透明で涼やかな見た目は流(は)行(や)りに敏感な京都の若(わこ)人(うど)の間で大人気! ナタデココを食べなければ京(きよう)女(おんな)じゃない! いかがですか〜〜〜♪」

「…………京都でこんなもん流(は)行(や)ってない」


 屋台の日陰に隠れるようにして歩いていた男、夜(ヨ)半(ハン)が脱力しながら声を漏らした。


「営業妨害しないでください。訴えますよ」

「商売の邪魔はお前の方だ。俺の出先について回るんだから。押(お)しかけ女(によう)房(ぼう)のつもりか」

「にょ、女(によう)房(ぼう)だなんて……か、勘違いしないでくださいよね! 先生は住所も仕事も不定の上、友達や恋人もいない根(ね)無(なし)草(ぐさ)なんですからね!」

「そこに勘違いはないんだが……」


 一言もデレがない、ただの悪口でめった打ちにされた夜(ヨ)半(ハン)はしょげかえった。


「あ、ごめんなさい。別に先生を貶(けな)すつもりはなくて……一度、離れると二度と会えないかもしれない、ってことを言いたいんですよ。こんな時代ですからね。私は先生と片時も離れたくないですから! 私の気持ちはわかっていらっしゃるくせに! 罪なお方!」

「お前のことなんて何ひとつわかる気がしないな」


 バチーンと破壊力抜群のウインクを飛ばすブリュンヒルドを夜(ヨ)半(ハン)は鼻で笑い飛ばした。

 

 夜(ヨ)半(ハン)が信(のぶ)長(なが)の下を離れてからおよそ五年の年月が流れていた。月日は彼を惚(ほ)れ惚(ぼ)れとするほどの美丈夫に変貌させた。その美貌は道ですれ違う女たちの足を止めてしまうほどであり、ブリュンヒルドに負けず劣らず目立つ男である。

 しかし、二人の性格は対照的で、根が真面目で常識人の夜(ヨ)半(ハン)と破天荒という概念を人の形に押し込めたようなブリュンヒルド。当然、夜(ヨ)半(ハン)は彼女に振り回され続けている。


「俺はお前から借金を返してもらうこと以外に望みはないよ」

「ヒドイです! 金がなくなったらお払い箱なんて!」

「金がないどころかマイナスなんだよ! 早く〇(ゼロ)に戻してみろよ。ご自慢の屋台でさ!」


 バンバン、と屋台の壁を叩(たた)くとブリュンヒルドは血相を変えて夜(ヨ)半(ハン)にしがみついた。


「私のキッチンカーに乱暴しないでください! 残クレで買ったから壊すとマズいんです!」

「知るか! こんなもの引っ張ってるから遅くて仕方ない!」

「まあ! 自分勝手ですね〜。このキッチンカーのおかげで食べ物も飲み物も出来立てが食べられているというのに!」

「タピオカとナタデココばっかりだけどな! どこの世界の流行か知らんが食感が不気味なものばっか! 米食わせろ! 米ぇっ!」


 夜(ヨ)半(ハン)とブリュンヒルドが言い争っていると、突然キッチンカーの窓が開かれた。中からヌッと顔を出したのはサルのような顔をした男であった。


「夜(ヨ)半(ハン)殿。短気を起こしますな。せっかくの色男が台無しでござろう」

「日(ひ)吉(よし)……お前さんも文句言った方がいいぞ。キッチンカーだかなんだか知らないがこんな箱の中に閉じ込められて道中ずっと働かされているじゃないか」

「それがこのキッチンカーの凄(すご)いところですぞ。炊事場と店が一体となり、しかも移動ができるからどこにだって店を出せる! 拙者、飲食関係の仕事はいろいろやってきたが発想が段違いでござる! やはり姫様は天才……ローマのカエサルの知謀も姫様の前では霞(かす)み、クレオパトラすら美貌に嫉妬する。すべての道は姫様に続くのです」


 うっとりとした顔でブリュンヒルドを褒(ほ)め称(たた)える日(ひ)吉(よし)。「また始まったよ……」と夜(ヨ)半(ハン)は辟(へき)易(えき)とした。


「それはそうと、もう少しで依頼人の元に到着するであろう。腹ごしらえをするでござる」


 と日(ひ)吉(よし)は夜(ヨ)半(ハン)に茶(ちや)碗(わん)一杯に盛られたタピオカを差し出した。


「ナニコレ?」

「夜(ヨ)半(ハン)殿が『米が恋しい』と仰(おつしや)るのでご飯風に盛ってみたでござる。ここに生卵をかけて……卵かけご飯風タピオカでござる!」


 夜(ヨ)半(ハン)は育ちが良(い)い。なので出された食事を無下にすることはできない。醬(しよう)油(ゆ)を目一杯かけてタピオカを口にかき込んだ。


「うぅ……とにかく生臭い。嚙(か)めば嚙(か)むほどエグ味が……食感が独特な上、見た目も不気味だし、売れるワケがないが……売れないと借金が減らず、コイツらがずっとついて回る……金を借りた側じゃなくて貸した側が自由を奪われるってどういうバグだよ……」


 涙目でタピオカを嚙(か)み締(し)める夜(ヨ)半(ハン)がぼやいたとおり、ブリュンヒルドは彼の助手として魔法指南の旅についてくるようになった。ちなみに日(ひ)吉(よし)はブリュンヒルドの家来である。彼女らと夜(ヨ)半(ハン)を結んでいるのは借金ではあるが……それらの仔(し)細(さい)は後に語ることとする。

 

 夜(ヨ)半(ハン)が歩きながら茶(ちや)碗(わん)一杯のタピオカを食していると、農民たちが見慣れないキッチンカーなる乗り物を警戒しながらも近づいてきた。


「おぬしら、食い物を売っておるのか?」

「そうですよ。タピオカにナタデココ。お味は醬(しよう)油(ゆ)、塩、味(み)噌(そ)から選べまーす」


 ブリュンヒルドがそう答えた瞬間、農民たちはわっ! と声を上げて飛びついた。


「頼むっ! 売ってくれっ! いくらだ!?」

「えーと、お金なら五(ご)文(もん)。お米なら二(に)合(ごう)と交換しますよ」


 価格を示すと、農民たちは我先にと家から米を持ってきてタピオカやナタデココを所望した。その光景に夜(ヨ)半(ハン)は顔を引(ひ)き攣(つ)らせる。


「売れてる……マジか……」

「どうです? この私の商売センス!」


 ドヤ顔で勝ち誇るブリュンヒルドから商品を受け取った農民たちは菩(ぼ)薩(さつ)に遭ったかのように手を合わせて感謝し、それらを口にする。


「うっ……変わった食感だが、それでも美(う)味(ま)い! これぞ食の楽しみ!」

「味が、味がある! 舌が喜んでいるわ!」

「まともな食べ物……久しぶりに食べた……」


 中には涙を流す者すらいる始末。夜(ヨ)半(ハン)は訝(いぶか)しんだ。


「どうしたんですか、先生?」

「妙だと思わないか。まるで飢えていたところを救ってもらったかのような反応だが、ここの民は普通に血色も良(い)いし、何ならちょっと小太り気味の者すらいるじゃないか。それに上等な白米を躊躇(ためら)いなく譲ってくれるし」

「言われてみれば……まあ、そこはタピオカとナタデココの魅力勝ちということで。アハハ、お米がたくさん手に入っちゃったので帰り道はおむすび屋さんができますね」

「たしかに米が食えるのはありがたい……それに今回の依頼人はこのあたりの顔役って話だし晩(ばん)餐(さん)にも期待が持てる」


 夜(ヨ)半(ハン)が豪華な食事を思い浮かべていると白髪の男が尋ねる。


「おぬしら、米(こめ)五(ご)郎(ろう)左(ざ)様の客人なのか?」

「コメゴローザ?」

「このあたりを治めているお方の名じゃ。直接物申せるお方であるならば諫(いさ)めてくだされ。『もう十分だ』と」


 男の表情はどこか申し訳なさそうにも憐(あわ)れんでいるようでもあった。詳しいことを尋ねようとしたが、さっさと農作業に戻るようで引き止めることはしなかった。


 村の奥にある屋(や)敷(しき)を訪れた夜(ヨ)半(ハン)はブリュンヒルドを伴って、謁見に臨んだ。

 現れた侍、米(こめ)五(ご)郎(ろう)左(ざ)こと丹(に)羽(わ)五(ご)郎(ろう)左(ざ)衛(え)門(もん)長(なが)秀(ひで)はまだ二〇代半ばの青年であったが、えらく恰(かつ)幅(ぷく)が良く、顔もパンパンに浮(む)腫(く)んでおり、一〇は歳(とし)上(うえ)に見られる風貌であった。


「そなたが夜(ヨ)半(ハン)殿か。名指南役と言われているからもっと年寄りかと思っていたのだが」

「魔法が世に広がってまだ二〇年も経(た)ちません。むしろ魔法が浸透し、様変わりしていく世を見ながら育った私のような者の方が、理解が進んでいるというものです」


 夜(ヨ)半(ハン)の堂々とした振る舞いと弁舌を気に入ったのか長(なが)秀(ひで)はニヤリと笑った。


「実によい。やはり同年代の傑物というのは相対するだけで気持ちが躍るというものだ。

 ※ただし、イケメンに限る」


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