織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第一章『白米を腹一杯食べたくて進化した人類が糖質制限ダイエットにハマる末世』 ②

「……え? ただ……イケ?」


 困惑するハンと後ろに控えるブリュンヒルドをながひでは値踏みするように見つめる。


「連れのお方もまるで銀シャリのような乙女。以前、どこかで────」

「先生、出会って五秒で弟子が口説かれていますよ。ピンチですよ」

「銀シャリって褒め言葉なのか……お前をもらけてくれるなら喜んで輿こしれ費用を出してやるぞ。あのキッチンカーを売っぱらってな」

「イケズですね〜。実際そんなことになったら必死で止めてくれるくせに〜」


 二人の掛け合いを見てながひでは快活に笑った。


「ハッハッハッハ! 炊き立てご飯のようにお熱い間柄のようだ! 貴殿らのような軽快で面白い者たちには会ったことがないな! ※ただし、きお館様は除く」


 ハン家の魔法指南役として仕えていたことは秘密にされており、しようへいしたながひでき主君とのつながりがある相手などとは気づきもしなかった。

 

 酒宴の席で酒の入ったながひでは気分良く自領の自慢話を始めた。

 そのことについてハンが思うところはない。民をでる良き主君の姿である。しかし、待ちに待ったはずの食事に対しては心の中で毒づくのがめられなかった。


(太った農民……売るほどある米……※ただイケをはじめとして、何かにつけて米とからめる性分……さらにはこの食事……コメろうってただのお米大好きおじさんじゃないか……)


 ハンの眼前にある食台には所狭しと料理が並んでいる。

 雪山のようにこんもりと盛られた白米、白米のおにぎり、白米のおひたし、白米の刺身、白米の湯漬け、飲み物は水…………米と水だけで作られた素材の味を楽しむ料理ばかりが。


「さあさあ、遠慮なく食べてくれ。※おかわりは自由」

「…………いただきまーす」


 おにぎりをおかずにご飯を食べるというのはハンにとって初めての経験だったが、


「むむっ。たしかに絶品ですな。柔らかくもシャッキリとした炊き具合。めばむほど甘みがし、口元が思わず綻ぶ」

「ハッハッハッ! 名指南役だけあってごけいがんだ! 思い返せば二年前。『きよの変』にてお館様が討たれ、領地を追われたわしは命からがらこの地に逃げ延びた。その時に農民に食わせてもらったのがこの米よ。これほどいものがこの世にあったのか! とどうこくしたわ。おかげでイナゴに襲われた稲穂のような状況から再起することができた!」

きよの変』とは、のぶながたかりの帰りに泊まった山寺にての襲撃を受け暗殺された事件に端を発する家滅亡の事変を指す。のぶながの死後、正室のちようは実家であるさいとう家の助力を得て、のぶなが暗殺を企てたとされる家一族をことごとく粛清し、さらに抵抗した家臣団に対しても領地を召し上げほうちくするという強硬策を取った。反発はあれどカリスマ的な支配者であったのぶながを失った家では戦国のきようゆうと名高いさいとう家当主、さいとうどうさん相手に立ち回れるわけもなく、二ヶ月もしないうちに家を乗っ取られた。

 そんな中、小さな集落とはいえ新たな領地を手に入れ再起したながひでは有能だと言えよう。


「領主と領民が支え合っている領地ほど良きものはございません。きっと人々の喜びが土や水にかえり、米をくさせるのでしょうな」

「わははははは! きっぱらに食う飯のようにウマいことを言うのう。気に入った! お主たちをまとめてかかえてやろう。めしだけに……はっはっはっは!」

(笑いどころがわからん……)


 食事でも話でも、隙あらば米が出てくるのでハンはおなかいっぱいだった。


「ごちそうさまです! おいしかったです!」


 元気のいブリュンヒルドの声が響く。細身にもかかわらず食欲旺盛な彼女は山盛りご飯をペロリと平らげていた。


「なかなかい食いっぷりじゃ。やはりおなは少し食いしん坊くらいの方がわいい!」

「お心尽くし感謝いたします。それでは私は先生のたくがありますので」


 と、ブリュンヒルドは早々に立ち去ろうとするがハンは小声で尋ねる。


「おい、普段なら気分良く一曲歌い舞うところだろう。具合でも悪いのか?」

「いえいえ。心配なさらないでくださいな。先にお部屋で待っていますからね」


 れんな笑みを投げかけてブリュンヒルドが去った後、ながひではニヤニヤと笑みを浮かべる。


ハン殿もせわしないな! よいとんの上で田植えに励まれるか!」

「(ド下ネタじゃないか……)あれはただの助手にございます。手のかかる娘というか、言うこと聞かない野犬を無理矢理連れているみたいなもので始末に負えませんよ」

「ハッハッハ、元気そうでよいではないか。それに引き換え、当家のは無口でどうにも扱いが難しい。何を考えているのか、よくわからん」


 の話が出た瞬間、ハンは米をまずにみ姿勢を正した。


「私が指南するのことでしょうか」

「うむ。この村の生まれの娘でな。三ヶ月ほど前に魔法が発現したのだ。まさに棚からおにぎり。今は弱い魔法しか使えぬがハン殿に指南いただければ当家の勢力を拡大する武器となる。憎きさいとうから土地も民もちやわんに盛って食らい尽くしてくれるわ!」


 釜の中のご飯のように熱くえるながひで。それをハンは冷や飯のように冷めた目で見ていた。


 滞在用に用意されたしきに戻ってくるハンをブリュンヒルドは起きたまま待っていた。


「おかえりなさいませ。ご飯にします? お米にします? それとも田、植、え♡」

「もう米はいい……てか、聞き耳立ててやがったな」

「大きな声ですから聞こえてきたんですよ。もっと静かで知的な方と伺っていたんですが」

を戦の道具としか見ていない野蛮で愚かな男だ。新米と思って買った米が備蓄米だったくらいにはガッカリだよ」

「先生、しっかり影響受けてますよ。それはさておき、戦の道具って……こんな小さな村を率いて戦を起こすつもりなんですか? 馬鹿げてますよ」

「まったくだ。自分を救ってくれた民を戦に巻き込むなど……とんだ恩知らずだ」


 ハンが吐き捨てた瞬間、ふすまが勢いよく開けられ、幼い少女が目を潤ませながら叫んだ。


「お館さまは恩知らずなどではありませんっ!」


 見知らぬ少女がいることにハンは戸惑ったが、ブリュンヒルドが説明する。


「先生。この子は私たちのお世話係のハンナちゃんです。おとん敷いたり、寝巻きを用意してくれたり、おいたり、至れりつくせり、いろいろしてくれるんですよ!」

「世話係か。そして……」


 夏草のような淡い緑色の癖毛と黄色く光る瞳。それは紛れもなくさいはつこうがん


「指南すべきというわけか……だが、お館様は君を戦の道具として使うつもりだ。大勢の人を殺して君自身も命を狙われる。それを非道とは思わないのか?」


 男児であってもういじんには早過ぎる年齢のハンナ。しかし彼女は負けじと言い返す。


「構いません! お館さまのおかげで私たちは飢えと暴力から解放されました! それだけじゃありません! お館さまは偉そうにふんぞり返ったりせず、私たちと一緒に汗をかきながら働いてくださいます! だから! 大恩あるお館さまに報いたいのです!」


 ハンナは床に手をついて頭を下げた。


「ご無礼申し訳ありません! 指南役さま! どうか私に強い魔法を授けてください! お館さまの力となりたいのです!」


 ひれ伏す少女を前にハン狼狽うろたえ、ブリュンヒルドは、


「あーっ! としも行かない女の子に土下座させるなんて、イイ趣味してますねー」


 とはやて、わざとらしく冷たい視線を送っていた。

 

 の少女ハンナを帰した後、眠るブリュンヒルドと障子一枚挟んだ縁側でハンは腕組みして座っていた。そこに外から帰ってきたよしがやってきてハンの隣で膝を突いた。


「どうだった?」


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