「……え? ただ……イケ?」
困惑する夜半と後ろに控えるブリュンヒルドを長秀は値踏みするように見つめる。
「連れのお方もまるで銀シャリのような乙女。以前、どこかで────」
「先生、出会って五秒で弟子が口説かれていますよ。ピンチですよ」
「銀シャリって褒め言葉なのか……お前を貰い受けてくれるなら喜んで輿入れ費用を出してやるぞ。あのキッチンカーを売っぱらってな」
「イケズですね〜。実際そんなことになったら必死で止めてくれるくせに〜」
二人の掛け合いを見て長秀は快活に笑った。
「ハッハッハッハ! 炊き立てご飯のようにお熱い間柄のようだ! 貴殿らのような軽快で面白い者たちには会ったことがないな! ※ただし、亡きお館様は除く」
夜半が織田家の魔法指南役として仕えていたことは秘密にされており、招聘した長秀も亡き主君との繫がりがある相手などとは気づきもしなかった。
酒宴の席で酒の入った長秀は気分良く自領の自慢話を始めた。
そのことについて夜半が思うところはない。民を愛でる良き主君の姿である。しかし、待ちに待ったはずの食事に対しては心の中で毒づくのが止められなかった。
(太った農民……売るほどある米……※ただイケをはじめとして、何かにつけて米と絡める性分……さらにはこの食事……コメ五郎左ってただのお米大好きおじさんじゃないか……)
夜半の眼前にある食台には所狭しと料理が並んでいる。
雪山のようにこんもりと盛られた白米、白米のおにぎり、白米のおひたし、白米の刺身、白米の湯漬け、飲み物は水…………米と水だけで作られた素材の味を楽しむ料理ばかりが。
「さあさあ、遠慮なく食べてくれ。※おかわりは自由」
「…………いただきまーす」
おにぎりをおかずにご飯を食べるというのは夜半にとって初めての経験だったが、
「むむっ。たしかに絶品ですな。柔らかくもシャッキリとした炊き具合。嚙めば嚙むほど甘みが染み出し、口元が思わず綻ぶ」
「ハッハッハッ! 名指南役だけあってご慧眼だ! 思い返せば二年前。『清洲の変』にてお館様が討たれ、領地を追われたわしは命からがらこの地に逃げ延びた。その時に農民に食わせてもらったのがこの米よ。これほど美味いものがこの世にあったのか! と慟哭したわ。おかげでイナゴに襲われた稲穂のような状況から再起することができた!」
『清洲の変』とは、織田信長が鷹狩りの帰りに泊まった山寺にて魔姫那の襲撃を受け暗殺された事件に端を発する織田家滅亡の事変を指す。信長の死後、正室の帰蝶は実家である斎藤家の助力を得て、信長暗殺を企てたとされる織田家一族を悉く粛清し、さらに抵抗した家臣団に対しても領地を召し上げ放逐するという強硬策を取った。反発はあれどカリスマ的な支配者であった信長を失った織田家では戦国の梟雄と名高い斎藤家当主、斎藤道三相手に立ち回れるわけもなく、二ヶ月もしないうちに家を乗っ取られた。
そんな中、小さな集落とはいえ新たな領地を手に入れ再起した長秀は有能だと言えよう。
「領主と領民が支え合っている領地ほど良きものはございません。きっと人々の喜びが土や水に還り、米を美味くさせるのでしょうな」
「わははははは! 空きっ腹に食う飯のようにウマいことを言うのう。気に入った! お主たちをまとめて召し抱えてやろう。飯だけに……はっはっはっは!」
(笑いどころがわからん……)
食事でも話でも、隙あらば米が出てくるので夜半はお腹いっぱいだった。
「ごちそうさまです! おいしかったです!」
元気の良いブリュンヒルドの声が響く。細身にもかかわらず食欲旺盛な彼女は山盛りご飯をペロリと平らげていた。
「なかなか良い食いっぷりじゃ。やはり女子は少し食いしん坊くらいの方が可愛い!」
「お心尽くし感謝いたします。それでは私は先生の寝支度がありますので」
と、ブリュンヒルドは早々に立ち去ろうとするが夜半は小声で尋ねる。
「おい、普段なら気分良く一曲歌い舞うところだろう。具合でも悪いのか?」
「いえいえ。心配なさらないでくださいな。先にお部屋で待っていますからね」
可憐な笑みを投げかけてブリュンヒルドが去った後、長秀はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「夜半殿も忙しないな! 今宵は布団の上で田植えに励まれるか!」
「(ド下ネタじゃないか……)あれはただの助手にございます。手のかかる娘というか、言うこと聞かない野犬を無理矢理連れているみたいなもので始末に負えませんよ」
「ハッハッハ、元気そうでよいではないか。それに引き換え、当家の魔姫那は無口でどうにも扱いが難しい。何を考えているのか、よくわからん」
魔姫那の話が出た瞬間、夜半は米を嚙まずに吞み込み姿勢を正した。
「私が指南する魔姫那のことでしょうか」
「うむ。この村の生まれの娘でな。三ヶ月ほど前に魔法が発現したのだ。まさに棚からおにぎり。今は弱い魔法しか使えぬが夜半殿に指南いただければ当家の勢力を拡大する武器となる。憎き斎藤から土地も民も茶碗に盛って食らい尽くしてくれるわ!」
釜の中のご飯のように熱く吠える長秀。それを夜半は冷や飯のように冷めた目で見ていた。
滞在用に用意された屋敷に戻ってくる夜半をブリュンヒルドは起きたまま待っていた。
「おかえりなさいませ。ご飯にします? お米にします? それとも田、植、え♡」
「もう米はいい……てか、聞き耳立ててやがったな」
「大きな声ですから聞こえてきたんですよ。もっと静かで知的な方と伺っていたんですが」
「魔姫那を戦の道具としか見ていない野蛮で愚かな男だ。新米と思って買った米が備蓄米だったくらいにはガッカリだよ」
「先生、しっかり影響受けてますよ。それはさておき、戦の道具って……こんな小さな村を率いて戦を起こすつもりなんですか? 馬鹿げてますよ」
「まったくだ。自分を救ってくれた民を戦に巻き込むなど……とんだ恩知らずだ」
夜半が吐き捨てた瞬間、襖が勢いよく開けられ、幼い少女が目を潤ませながら叫んだ。
「お館さまは恩知らずなどではありませんっ!」
見知らぬ少女がいることに夜半は戸惑ったが、ブリュンヒルドが説明する。
「先生。この子は私たちのお世話係のハンナちゃんです。お布団敷いたり、寝巻きを用意してくれたり、お風呂焚いたり、至れりつくせり、いろいろしてくれるんですよ!」
「世話係か。そして……」
夏草のような淡い緑色の癖毛と黄色く光る瞳。それは紛れもなく彩髪虹眼。
「指南すべき魔姫那というわけか……だが、お館様は君を戦の道具として使うつもりだ。大勢の人を殺して君自身も命を狙われる。それを非道とは思わないのか?」
男児であっても初陣には早過ぎる年齢のハンナ。しかし彼女は負けじと言い返す。
「構いません! お館さまのおかげで私たちは飢えと暴力から解放されました! それだけじゃありません! お館さまは偉そうにふんぞり返ったりせず、私たちと一緒に汗をかきながら働いてくださいます! だから! 大恩あるお館さまに報いたいのです!」
ハンナは床に手をついて頭を下げた。
「ご無礼申し訳ありません! 指南役さま! どうか私に強い魔法を授けてください! お館さまの力となりたいのです!」
ひれ伏す少女を前に夜半は狼狽え、ブリュンヒルドは、
「あーっ! 年端も行かない女の子に土下座させるなんて、イイ趣味してますねー」
と囃し立て、わざとらしく冷たい視線を送っていた。
魔姫那の少女ハンナを帰した後、眠るブリュンヒルドと障子一枚挟んだ縁側で夜半は腕組みして座っていた。そこに外から帰ってきた日吉がやってきて夜半の隣で膝を突いた。
「どうだった?」