「見事なものでござるよ。村の民は皆『お館さま、お館さま』と長秀を慕っておる。なんでも、元の領主や代官は腰抜けで野武士に好き放題されても捨て置き、民は奴隷扱いの日々を送っておったそうな。そんなところに落武者になった長秀が流れ着いたとのこと。なけなしの米を食わせてもらい、気力体力を回復させた長秀は家来衆と共に野武士を追い出し、村の再興に努めた。その結果、わずか二年足らずで田は倍に広がり、長秀一党と農民たちを食わせてもあまりある米が作れるようになったそうでござる」
日吉は夜半に命じられて村の情報収集を行っていた。この日吉という男、見た目はサルさながらであるが頭と舌がよく回り、農民の出自ながら早々と家を出て職を転々とした結果、数多の職能を獲得した多芸多才の持ち主である。
「米五郎左の名は民からの感謝と敬意の表れということか。もっとも『もう十分』と言われるほど米ばかり食わすのはどうかと思うがな」
「五郎左殿の思想だけでなく外界と交流がないのも理由でござる。ここは斎藤と今川に挟まれた土地。捨て地であった以前ならともかく、今の豊かさを知られれば狙われるのは必定。まして討ち漏らした織田家の重臣が治めているならば……隠れ潜む以外になかったのでござろう」
「だが、魔姫那が生まれたことで、事情が変わった。あの娘の魔法はわかったか?」
「実際に見たわけではござらんが、曰く、氷の張った湖を割るように、大地にヒビを入れることができるとか」
報告を受けて夜半の眉間に皺が寄った。
「よりによって土属性の『操作魔法』か。まずいな。長秀の狙いと見事に一致している。単騎で軍勢を破ることも、城を落とすことも可能な代物だ」
「ややっ!? まさかあんな幼い娘に……そんなことが」
「年齢は大した問題じゃない。地面を裂き、攻めてきた敵の騎馬隊を谷間に落としたり、城の石垣に割れ目を入れて崩したり、同系統の魔法を使う魔姫那を知っているが戦場ではやりたい放題やっていたもんさ。何も知らない無垢な状態であったとしても、俺が仕込めば相当な使い手になるだろうな」
感心とそれ以上の危惧に夜半は襲われる。自分の指南次第で未熟な魔姫那は一騎当千の戦略兵器へと変貌する。だがそれは胃に余る米が食べられるこの村を戦火に晒すことである。
さて、どうしたものか、と思案を始めたその時だった。障子がガラリと開いてブリュンヒルドが現れた。
「こんな時間に何の密談をされているのですか?」
「密談って言うほどのものじゃない。お前は寝ていろ」
「……はは──ん。なるほどなるほど。エチエチな話をしていたのですね。わかりますよ」
「まったくわかってないじゃないか、たわけめ」
「日吉、日吉。先生はこう言っていますけど、私の見込みは間違っていますか?」
「御慧眼のとおりにございます。拙者が『あんな幼い娘に』と申し上げたところ、夜半殿は『問題じゃない』と聞き入れず、『谷間』にあんなことや『割れ目』にこんなこと……と卑猥な体験談をしたり顔で語った挙句『幼くなにも知らない無垢な娘に俺が仕込む』と」
「切り取り報道はやめろっ!」
日吉は知恵者であるが、その前にブリュンヒルドの忠臣であった。
「それはさておき、ハンナちゃんは魔法に目覚めるまでどのような娘でしたか? 喧嘩っ早く、人に迷惑をかけるのが生きがいみたいな娘だったのですか?」
お前じゃあるまいし、と夜半は心の中で毒づく。
「いいえ、むしろ大人しく甲斐甲斐しい娘とのこと。魔姫那になってからも驕ることなく、いち早くお館様にふさわしい家来になろうと我々の世話係も買って出たとか」
「健気な娘ですね……そんな娘に殺し合いをさせようだなんてやっぱり間違っていますよ」
爛々と光る目を見て、ブリュンヒルドがハンナのことを案じて眠れずにいたことを察した夜半は返す言葉に頭を悩ませながら夜空を見上げた。
「米五郎左は間違っています。先生のお力で正してあげることはできないんですか?」
「簡単に言ってくれるな……あの男にとって復讐を遂げることこそが唯一無二の正しいことなんだ。別の正しさを押し付けても争いの種になるだけで、考え方を改めさせることは難しい」
「……そうですか」
ブリュンヒルドはガッカリした様子で膝を抱えた。その様子を見て夜半はかつての自分を見ているような気になった。
信長と別れてから魔法指南役として旅を続ける中で指南した魔姫那が戦の道具に使われることは少なくなかった。正しさを説いて聞かせようと、彼女たちやその周りの人間には別の正しさがあり、それを変えるには至らなかったのだ。誰しもが自分を信じ、異なる正しさを押し付け合った結果が、今の乱世であるということを思い知らされる日々だった。
「所詮、魔法指南役なんて魔法の使い方を教えるだけの雇われ人だ。大名どものように力で他人に正しさを押し付けるような荒業が使えるわけじゃない……しかし」
夜半はニヤリと笑って、顎に指をかけた。
「指南役の言葉は押し付けではなく、ありがたい教えなんだと聞き入れてもらいやすい」
「! では────」
「魔法指南なんてだいたいこんなものさ。むしろ、野蛮で前時代的な考えを持つ者だからこそ、正しい魔法の使い方を知る必要がある。育て甲斐があるというものだ!」
夜半の宣言にブリュンヒルドの表情がパッと明るくなった。
夜半が長秀の支配する村で過ごすこと半月────────
「……先生。ちょっと、その、肉付きが良くなってきてはしませんか?」
「おかずなしで米だけを食わされ続けるのは、もはや力士の体作りなんだよ…………」
「キメ顔で『育て甲斐があるというものだ!』なんて言ってた自分が育っちゃうなんて」
「言うな! この村を出たら糖質抜いて体重落とすから!」
夜半は明らかに膨らんでいた。ハンナへの指南に没頭していたが、朝、昼前、昼、昼過ぎ、夕方、晩、と提供され続ける米だけの食事を残さず食べていたからである。
「ちょっと太った先生もかわいいと思いますよ」
「そ、そうか?」
「と、心のケアはこの辺にして────ハンナちゃんの修行の成果、ついにお披露目ですね」
「たった一行でケアできるほど俺の心は安くないんだが」
二人が他愛もない会話をしていると長秀とハンナが現れた。
「今日は修行の成果を見せてもらえるとのことだが」
「ええ。早速お見せいたしましょう。ハンナ、やれ」
夜半が呼びかけるとハンナは前に出て岩や雑木だらけの荒れ地に向き合う。息を吐き、呼吸を整えながら、地面に両の手を突いた。
「『我が為に主人が為に郷が為に、物言わぬ大地よ、雄弁たれ』────【耕される大地】!」
澱みなく呪文詠唱が為された次の瞬間、ハンナの触れていた地面が盛り上がり、ズモモモモモモモッ! と勢いよく前進する蛇のように地面が掘削され畝が作られていく。長秀はハンナの魔法の威力向上に目を輝かせた。ハンナは魔力が尽きるまで【耕される大地】を連発する。
三分足らずで手もつけようがなかった荒れた大地が耕され、見事な畑に変貌していた。
「すご──い! 大成功ですね!」
「岩や木も運びやすいように砕かれているし、すぐにでも野菜作りが始められるな」
「凄まじい魔法でござる! こんな魔法があれば拙者の故郷も豊かになるだろうに!」
ブリュンヒルドと夜半、そして日吉までもがハンナの魔法を絶賛した。しかし、肝心の長秀はプルプルと頰を震わせて怒声を放った。
「夜半殿っ! これはどういうことか!? わしはハンナの魔法を鍛えろと言ったのだぞ!」
「鍛えたじゃないですか。千人力の『農耕魔法』使いに」
「何が農耕魔法だ! わしが欲しかったのは大軍を打ち破り堅城を崩すような攻撃魔法だ! 畑を耕す魔法などいらん! ※水田を作る魔法なら考慮あり」
長秀の言い草に、夜半とブリュンヒルドは申し合わせたように不満気な顔で愚痴り合う。
「はぁ……流行に流されやすい領主さまですこと。ハズレ魔法を引いたら追放追放って。ハンナちゃんがかわいそう」
「大丈夫だ。追放された先でも悠々自適のスローライフが送れるタイプのハズレ魔法だからな。流行の追放した側がザマァされるヤツだ。帰参してくれ、と言ってももう遅い」
「そんな流行りなど知らん! 何が魔法指南役だ! 虎の子の魔姫那を台無しにしおって!」
怒り心頭の長秀は刀に手をかける勢いで怒鳴ったが、夜半は受け流すようにして告げる。
「台無しにしようとしていたのは貴殿の方だよ、長秀殿。ハンナもこの村も、貴殿自身をも」
「なんだと?」