織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第一章『白米を腹一杯食べたくて進化した人類が糖質制限ダイエットにハマる末世』 ④

「御指南させていただこう。清(きよ)洲(す)の変が起こったすぐ後に足(あし)利(かが)幕(ばく)府(ふ)から『魔(マ)姫(キ)那(ナ)諸(しよ)法(はつ)度(と)』が発布された。その中で交戦、攻城における魔法の使用が禁じられた。魔(マ)姫(キ)那(ナ)を戦に使いたくば『魔(マ)擬(ギ)合(ア)』と呼ばれる決闘を開く他ないというものだ」

「なんだその奇妙な法(はつ)度(と)は!? 今更足(あし)利(かが)が何ほどのものか! そんなもの誰が守る────」

「大抵の大名は守っている。少なくとも表向きはな。貴殿も織(お)田(だ)家の将であったならば主君が魔(マ)姫(キ)那(ナ)をかき集め、尾(お)張(わり)一国を治める大名にのし上がった様を見てきただろう」


 魔(マ)姫(キ)那(ナ)は武士の力を過去にした。

 瞬時に街を焼き尽くす業火(メガフレイム)、騎馬隊を押し流す水流(シユトローム)、城を崩す地割り(アースクエイク)、逃れようのない天から降る稲妻(ライトニング)。

 それらは旧来の武器が一度に一人しか殺せないのに対し、何十、何百の敵を一網打尽にする威力を誇る。それを一人で使う魔(マ)姫(キ)那(ナ)の戦術的価値はまさに一騎当千だった。


「だが、やりすぎたんだろうな。女に負けるようでは武士の権威なんてあったもんじゃない。大名どもは日頃軽んじている武家の棟(とう)梁(りよう)にせっつき、秩序を守るという建前で魔(マ)姫(キ)那(ナ)の力を制限させたんだ。魔法で破壊工作なんてしようものなら、たちまち幕(ばく)敵(てき)認定される」

「た、たとえそうであろうと今更止まれるか! お館様を弑(し)逆(ぎやく)し、織(お)田(だ)家を乗っ取った斎(さい)藤(とう)を地獄に突き落とさなくては!」


 夜(ヨ)半(ハン)はため息を吐(つ)いた。多少水を差したところで長(なが)秀(ひで)の復(ふく)讐(しゆう)の火は消えることはない。信(のぶ)長(なが)への忠義故のことと考えると、後ろめたさを感じてしまう。しかし、その時、


「お館さま…………」


 ハンナの瞳からぽろり、ぽろりと大粒の涙が溢(あふ)れ始(はじ)めた。それを見て頭に血が上っていた長(なが)秀(ひで)も慌てて駆け寄る。


「ハンナ! 泣くな泣くな! どうしたのだ?」

「ハズレを引いたから……私は追放されるんですか?」

「しないしない! アレは言葉のあや……というかヤツらが勝手に騒いで」

「私はっ! お館さまとずっといとうございます! お館さまのためなら魔法で戦います! 耕す魔法ですが、直接当てれば人間を耕すことだって」

「落ち着け! というかなんだその物騒な発想……」


 ハンナを落ち着かせようとする長(なが)秀(ひで)はまるで父親のようで、そこに夜(ヨ)半(ハン)はつけ込む。


「いじらしいほどに貴殿を慕う娘に血(ち)腥(なまぐさ)いことさせたくないでしょう。法(はつ)度(と)破(やぶ)りをした魔(マ)姫(キ)那(ナ)なんてそれこそ日(ひ)の本(もと)中から命を狙われる。魔法の中には暗殺向きのモノや拷問に適したモノもある。その危険に晒(さら)したいかって話です」

「くっ……だがわしは、お館様の無念を……」

「貴殿はもう信(のぶ)長(なが)殿の家臣ではない。この村の民にとってのお館様です。御身の肩に何が載っているか、どうかお考えください」


 夜(ヨ)半(ハン)は説得するものの、長(なが)秀(ひで)は納得しようとしない。勝ち目がなかろうが人の道に外れる行いをしようが自分の意思を押し通そうとする。武士とはそういう生き物であり、長(なが)秀(ひで)もその例に漏れない。「どうしたものか」と夜(ヨ)半(ハン)が頭を悩ませていると、


「はぁ─────いっ! 遠からずんば音に聞け! 天下一の愛(アイ)踊(ドル)、ブリュンヒルドの雷(ライ)舞(ブ)がはっじまりますよぉ──────!」


 雷鳴のように大きな声が村に響き渡ると民は仕事の手を止め、我先にと声の元に集う。声の主であるブリュンヒルドは土山の上に立って民衆を見下ろしていた。


(また何かナナメ上のことをやろうとしているな……)


 と、夜(ヨ)半(ハン)は、ハラハラしながら見つめていた。


「集まってくれてありがとうございます! ハンナちゃんが立派な魔法を使えるようになりました、ってことでまずは一曲! 『ありがとう、ごはん』」


 曲紹介の後に一拍おいて、日(ひ)吉(よし)が奏(かな)でる南蛮渡来のギターの音が鳴り始めた。小(こ)気(き)味(み)好(よ)いリズムとキャッチーなメロディは五〇〇年後でも通用しそうなものである。演奏者として活動していたこともある日(ひ)吉(よし)の技巧に観客が沸き立つとブリュンヒルドの歌が始まった。

 遥(はる)か空の彼方(かなた)の星を摑(つか)みにいくような強く伸びやかなブリュンヒルドの歌声はまるで魔法。感動のあまり泣き崩れる者、喜びを表現するために全身を使って飛び跳ねる者、笑顔を見せたことのない者が満面の笑みを浮かべ、悲しみの淵(ふち)にある者に生の喜びを思い起こさせる。聴く者の心を揺さぶる奇跡の歌だ。


「……珍妙な歌だ。南蛮かぶれというやつか?」

「南蛮にこんな歌ありません。ブリュンヒルドが生み出した新しい時代の音楽……変わってはいますが悪くないでしょう。村の至る所で歌っていたので民にも知られているようですね」


 戸惑い気味の長(なが)秀(ひで)の問いに夜(ヨ)半(ハン)は返す。会場は盛り上がり、ブリュンヒルドは観衆を煽(あお)って、自分の歌に合いの手を入れろと呼びかける。

 


「いきますよ〜『今日のごはんがおいしいのは〜〜♪ だいすきな────』」

「「「『おやかたさまのおかげ───!』」」」

「『おいしいお米を作るよ〜〜〜〜♪』」

「「「『おやかたさまのために────!』」」」

「あはっ! よーくできました! みんな最高ですよっ!!」


 

 ブリュンヒルドが太陽のように笑って、着物を翻(ひるがえ)し舞い踊る。観衆も釣られるようにして踊り始める。そのやりとりを見ていた長(なが)秀(ひで)の瞳は涙で潤んでいた。思い出したのだ。民とともに汗を流して米を作り、同じ釜の飯を食べる日々は満たされたものであったことを。それを守ることを新たな生(い)き甲(が)斐(い)にすると誓ったことを。


「わしは、とんだうつけだ。恩人であり宝でもある民を戦に巻き込もうとするなど……大切なものはここにあったのに」

「魔法の力は強大です。手元に転がり込んでくれば気が大きくなってしまうのはままあること。そういう方を諫(いさ)めるのも私の仕事のうちです」


 夜(ヨ)半(ハン)はそう言って長(なが)秀(ひで)の背中を叩(たた)く。


「次の指南先は今(いま)川(がわ)家の寄(より)子(こ)ですが、よろしければ仲介します。斎(さい)藤(とう)よりはマシでしょう」

「……かたじけない」


 察しの良(い)い長(なが)秀(ひで)はすぐに夜(ヨ)半(ハン)の意図を理解した。この地は今(いま)川(がわ)家と斎(さい)藤(とう)家の勢力範囲の間にある。両家は現在均衡を保っているが、争いに発展する可能性がある。そうなる前に旗色を決めてしまい、味方する側に村を守ってもらおうとするのは順当な外交戦略である。

 斎(さい)藤(とう)家への復(ふく)讐(しゆう)の機会は遠ざかるが、それを受け入れるための心の整理を長(なが)秀(ひで)はつけた。


 ブリュンヒルドの雷(ライ)舞(ブ)が終わった後、長(なが)秀(ひで)は夜(ヨ)半(ハン)たちを屋(や)敷(しき)に招き、晩(ばん)餐(さん)でもてなした。

 米丼、米のたたき、米のお吸い物、米の盛り合わせ、料理人の気まぐれ米サラダ……安定の米尽くしである。


「……ありがたく、いただきます」


 毒が盛られているならともかく、夜(ヨ)半(ハン)は出された食事を断らない主義。素材の味そのものの米のお吸い物に口をつけ、気まぐれ度合いが乏しい料理人の気まぐれ米サラダを食べる。


(悔しいけど美(う)味(ま)いんだよなあ……米なんていくらでも食べられるっちゃ食べられるし。とはいえ、そろそろ味覚に刺激がほしい…………ん?)


 炊事場の方から米を炊く匂いとは異なる匂いが漂ってきた。半ば反射的に夜(ヨ)半(ハン)が向かうと、ブリュンヒルドがたっぷりと味(み)噌(そ)を塗ったおにぎりを網焼きしていた。


「おい。それはなんだ?」

「焼きおにぎりですよ、焼きおにぎり。故郷の味が恋しくてですね。あと雷(ライ)舞(ブ)で汗をいっぱいかいたからしょっぱいものが食べたいです」


 悪びれることなくそう言うブリュンヒルド。すると、長(なが)秀(ひで)もその場にやってきた。


「な、長(なが)秀(ひで)殿!? これはですな……」


 米そのものの味にこだわる長(なが)秀(ひで)が怒り出すのを見越して夜(ヨ)半(ハン)は擁護に入った。だが、


「懐(なつ)かしいな! 味(み)噌(そ)焼(や)きのおにぎりか! 殿とよく食ったものだ!」

「どうですか、おひとつ」

「馳(ち)走(そう)になろう! 他の物と食った方が米の美(う)味(ま)さも引き立つな! ※お好み焼きを除く」


 美(う)味(ま)そうに焼きおにぎりに齧(かぶ)り付(つ)く長(なが)秀(ひで)を見て夜(ヨ)半(ハン)は拍子抜けした気分で味(み)噌(そ)を焼いて米の並ぶ食卓に戻る。久しぶりに食べる味(み)噌(そ)の味に舌を震わせて、後追いで米をかき込むと口の中いっぱいに旨(うま)みが広がっていく。


「やっぱ食事ってこういうものだよな……」

「先生! 日(ひ)吉(よし)がイワナを釣ったので塩焼きにしています! 楽しみにしていてください!」



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