「御指南させていただこう。清洲の変が起こったすぐ後に足利幕府から『魔姫那諸法度』が発布された。その中で交戦、攻城における魔法の使用が禁じられた。魔姫那を戦に使いたくば『魔擬合』と呼ばれる決闘を開く他ないというものだ」
「なんだその奇妙な法度は!? 今更足利が何ほどのものか! そんなもの誰が守る────」
「大抵の大名は守っている。少なくとも表向きはな。貴殿も織田家の将であったならば主君が魔姫那をかき集め、尾張一国を治める大名にのし上がった様を見てきただろう」
魔姫那は武士の力を過去にした。
瞬時に街を焼き尽くす業火、騎馬隊を押し流す水流、城を崩す地割り、逃れようのない天から降る稲妻。
それらは旧来の武器が一度に一人しか殺せないのに対し、何十、何百の敵を一網打尽にする威力を誇る。それを一人で使う魔姫那の戦術的価値はまさに一騎当千だった。
「だが、やりすぎたんだろうな。女に負けるようでは武士の権威なんてあったもんじゃない。大名どもは日頃軽んじている武家の棟梁にせっつき、秩序を守るという建前で魔姫那の力を制限させたんだ。魔法で破壊工作なんてしようものなら、たちまち幕敵認定される」
「た、たとえそうであろうと今更止まれるか! お館様を弑逆し、織田家を乗っ取った斎藤を地獄に突き落とさなくては!」
夜半はため息を吐いた。多少水を差したところで長秀の復讐の火は消えることはない。信長への忠義故のことと考えると、後ろめたさを感じてしまう。しかし、その時、
「お館さま…………」
ハンナの瞳からぽろり、ぽろりと大粒の涙が溢れ始めた。それを見て頭に血が上っていた長秀も慌てて駆け寄る。
「ハンナ! 泣くな泣くな! どうしたのだ?」
「ハズレを引いたから……私は追放されるんですか?」
「しないしない! アレは言葉のあや……というかヤツらが勝手に騒いで」
「私はっ! お館さまとずっといとうございます! お館さまのためなら魔法で戦います! 耕す魔法ですが、直接当てれば人間を耕すことだって」
「落ち着け! というかなんだその物騒な発想……」
ハンナを落ち着かせようとする長秀はまるで父親のようで、そこに夜半はつけ込む。
「いじらしいほどに貴殿を慕う娘に血腥いことさせたくないでしょう。法度破りをした魔姫那なんてそれこそ日の本中から命を狙われる。魔法の中には暗殺向きのモノや拷問に適したモノもある。その危険に晒したいかって話です」
「くっ……だがわしは、お館様の無念を……」
「貴殿はもう信長殿の家臣ではない。この村の民にとってのお館様です。御身の肩に何が載っているか、どうかお考えください」
夜半は説得するものの、長秀は納得しようとしない。勝ち目がなかろうが人の道に外れる行いをしようが自分の意思を押し通そうとする。武士とはそういう生き物であり、長秀もその例に漏れない。「どうしたものか」と夜半が頭を悩ませていると、
「はぁ─────いっ! 遠からずんば音に聞け! 天下一の愛踊、ブリュンヒルドの雷舞がはっじまりますよぉ──────!」
雷鳴のように大きな声が村に響き渡ると民は仕事の手を止め、我先にと声の元に集う。声の主であるブリュンヒルドは土山の上に立って民衆を見下ろしていた。
(また何かナナメ上のことをやろうとしているな……)
と、夜半は、ハラハラしながら見つめていた。
「集まってくれてありがとうございます! ハンナちゃんが立派な魔法を使えるようになりました、ってことでまずは一曲! 『ありがとう、ごはん』」
曲紹介の後に一拍おいて、日吉が奏でる南蛮渡来のギターの音が鳴り始めた。小気味好いリズムとキャッチーなメロディは五〇〇年後でも通用しそうなものである。演奏者として活動していたこともある日吉の技巧に観客が沸き立つとブリュンヒルドの歌が始まった。
遥か空の彼方の星を摑みにいくような強く伸びやかなブリュンヒルドの歌声はまるで魔法。感動のあまり泣き崩れる者、喜びを表現するために全身を使って飛び跳ねる者、笑顔を見せたことのない者が満面の笑みを浮かべ、悲しみの淵にある者に生の喜びを思い起こさせる。聴く者の心を揺さぶる奇跡の歌だ。
「……珍妙な歌だ。南蛮かぶれというやつか?」
「南蛮にこんな歌ありません。ブリュンヒルドが生み出した新しい時代の音楽……変わってはいますが悪くないでしょう。村の至る所で歌っていたので民にも知られているようですね」
戸惑い気味の長秀の問いに夜半は返す。会場は盛り上がり、ブリュンヒルドは観衆を煽って、自分の歌に合いの手を入れろと呼びかける。
「いきますよ〜『今日のごはんがおいしいのは〜〜♪ だいすきな────』」
「「「『おやかたさまのおかげ───!』」」」
「『おいしいお米を作るよ〜〜〜〜♪』」
「「「『おやかたさまのために────!』」」」
「あはっ! よーくできました! みんな最高ですよっ!!」
ブリュンヒルドが太陽のように笑って、着物を翻し舞い踊る。観衆も釣られるようにして踊り始める。そのやりとりを見ていた長秀の瞳は涙で潤んでいた。思い出したのだ。民とともに汗を流して米を作り、同じ釜の飯を食べる日々は満たされたものであったことを。それを守ることを新たな生き甲斐にすると誓ったことを。
「わしは、とんだうつけだ。恩人であり宝でもある民を戦に巻き込もうとするなど……大切なものはここにあったのに」
「魔法の力は強大です。手元に転がり込んでくれば気が大きくなってしまうのはままあること。そういう方を諫めるのも私の仕事のうちです」
夜半はそう言って長秀の背中を叩く。
「次の指南先は今川家の寄子ですが、よろしければ仲介します。斎藤よりはマシでしょう」
「……かたじけない」
察しの良い長秀はすぐに夜半の意図を理解した。この地は今川家と斎藤家の勢力範囲の間にある。両家は現在均衡を保っているが、争いに発展する可能性がある。そうなる前に旗色を決めてしまい、味方する側に村を守ってもらおうとするのは順当な外交戦略である。
斎藤家への復讐の機会は遠ざかるが、それを受け入れるための心の整理を長秀はつけた。
ブリュンヒルドの雷舞が終わった後、長秀は夜半たちを屋敷に招き、晩餐でもてなした。
米丼、米のたたき、米のお吸い物、米の盛り合わせ、料理人の気まぐれ米サラダ……安定の米尽くしである。
「……ありがたく、いただきます」
毒が盛られているならともかく、夜半は出された食事を断らない主義。素材の味そのものの米のお吸い物に口をつけ、気まぐれ度合いが乏しい料理人の気まぐれ米サラダを食べる。
(悔しいけど美味いんだよなあ……米なんていくらでも食べられるっちゃ食べられるし。とはいえ、そろそろ味覚に刺激がほしい…………ん?)
炊事場の方から米を炊く匂いとは異なる匂いが漂ってきた。半ば反射的に夜半が向かうと、ブリュンヒルドがたっぷりと味噌を塗ったおにぎりを網焼きしていた。
「おい。それはなんだ?」
「焼きおにぎりですよ、焼きおにぎり。故郷の味が恋しくてですね。あと雷舞で汗をいっぱいかいたからしょっぱいものが食べたいです」
悪びれることなくそう言うブリュンヒルド。すると、長秀もその場にやってきた。
「な、長秀殿!? これはですな……」
米そのものの味にこだわる長秀が怒り出すのを見越して夜半は擁護に入った。だが、
「懐かしいな! 味噌焼きのおにぎりか! 殿とよく食ったものだ!」
「どうですか、おひとつ」
「馳走になろう! 他の物と食った方が米の美味さも引き立つな! ※お好み焼きを除く」
美味そうに焼きおにぎりに齧り付く長秀を見て夜半は拍子抜けした気分で味噌を焼いて米の並ぶ食卓に戻る。久しぶりに食べる味噌の味に舌を震わせて、後追いで米をかき込むと口の中いっぱいに旨みが広がっていく。
「やっぱ食事ってこういうものだよな……」
「先生! 日吉がイワナを釣ったので塩焼きにしています! 楽しみにしていてください!」