織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第一章『白米を腹一杯食べたくて進化した人類が糖質制限ダイエットにハマる末世』 ⑤

 ブリュンヒルドからの朗報に夜(ヨ)半(ハン)の箸はさらに進んだ。

 懐(なつ)かしい味に心満たされて、長(なが)秀(ひで)の中で青い季節の記憶が蘇(よみがえ)る。信(のぶ)長(なが)と野山を駆け回ったことを。味(み)噌(そ)を塗った焼きおにぎりを頰張ったことを。野心を語る横顔に見(み)惚(と)れたことを────


「フフッ……しめしめ……先生が魚に気を取られている間にとっておきを……」


 わかりやすく悪巧みをしているブリュンヒルドに長(なが)秀(ひで)の視線は引き寄せられた。彼女は懐(ふところ)から小瓶を取り出すとその中身を手元の焼きおにぎりにサッと塗って頰張った。出し抜いたことで気分が良かったのか、夜(ヨ)半(ハン)を瞳に映しながら満足げな表情を浮かべている。その軽やかで茶目っ気のある振る舞いは誰かを彷(ほう)彿(ふつ)とさせた。


「ブリュンヒルド殿……あなたは────」

「……内緒ですよ」


 もきゅもきゅと頰を膨らませたり萎(しぼ)ませたりして咀(そ)嚼(しやく)しながら唇の前に人差し指を立てる。


「先生にも教えてないんです……この南蛮渡来の『食べるラー油』の存在は! 先生に見つかったら『無駄遣いだ!』とか『借金のカタに差し押さえる!』とか言われちゃうので!」


 真剣に懇願するブリュンヒルドの滑稽さに、長(なが)秀(ひで)は自然と目を細めて笑った。


 ガラガラと土の道の上を車輪が転がる。ブリュンヒルドの屋台は旗に描かれた『タピオカ』と『ナタデココ』の文字がバツで消されて『おむすび』の文字が上に書き足されていた。


「おむすび〜〜〜おむすびはいりませんか〜〜〜〜♪ 空にぽっかり浮かぶ雲のように白くてフワフワした特製おにぎり♪ 米(こめ)五(ご)郎(ろう)左(ざ)直伝のおむすびが食べられるチャンスですよ〜〜♪」


 相変わらず屋台の屋根に胡座(あぐら)をかいて乗っているブリュンヒルドは歌うように喧(けん)伝(でん)する。

 一息ついて売り物のおむすびを頰張ると、米の味に目を細めた。


「いくら食べても飽きませんね〜。ねぇ、先生」

「…………」


 ブリュンヒルドの声をあえて無視する夜(ヨ)半(ハン)。彼は屋台を後ろから押していた。


「別にそんな急ぐ旅じゃないですし、わざわざ押さなくても大丈夫ですよ」

「俺はさっさと次の依頼人の元に向かいたいんだよ! それにお前と一緒にダラダラ米食って過ごしていたらデブのままだからな!」


 そう、夜(ヨ)半(ハン)はダイエットを兼ねて屋台を押していた。米だらけの生活を半月続けた後に味(み)噌(そ)や醬(しよう)油(ゆ)が解禁されさらに食が進んでしまっていた。美意識の高い彼は団子のように丸い顔をして依頼人の前に出るのを良しとしていない。「ぬお〜〜〜〜」と踏ん張る声を上げながら必死で屋台を押す夜(ヨ)半(ハン)の姿を見てブリュンヒルドはご満悦だった。


「私が見込んだとおり、やっぱり先生のお仕事は面白いですね」

「ほとんど手伝いもせずにフラフラ遊び歩いていただけじゃないか」

「修行パートは描写的に盛り上がりそうになかったので」

「俺の仕事全否定かよ」

「過程じゃなく結果が大事! ハンナちゃんの魔法で畑もたくさん増えてあの村はもっと豊かになるでしょう。五(ご)郎(ろう)左(ざ)も大切なことを思い出せたようですし。先生みたいな魔法指南役がたくさんいれば、魔(マ)姫(キ)那(ナ)は戦に使われることなく、幸せに暮らせるようになるでしょうね」

「そんなに上(う)手(ま)いこといくものか」


 夜(ヨ)半(ハン)は一笑に付す。だが、最高の賞賛に少しだけ顔を綻ばせた。


「それに……半分以上はお前の手柄だよ、ブリュンヒルド。俺には魔法を強くしたり、理屈で諫(いさ)めることはできてもお前のように心を動かすことができるわけではないからな。お前の歌や踊りはもはや魔法だ」


 夜(ヨ)半(ハン)から賞賛が返ってくるとは思っていなかったのか、ブリュンヒルドは頰を赤らめごまかすように鼻唄を歌い出す。

 のどかな景色を背に彼らは次の目的地へと向かうのであった。



刊行シリーズ

織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征くの書影