織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第零章『金を借りてまでやりたいことがある奴の下に自然と人と金が集まる』 ①

 戦国時代の日本の人口は一〇〇〇万人程度に過ぎなかった。しかも、国民の大半は農民で彼らは農地を中心に暮らしを営む農村を形成していたため、都市の数も規模も現代とは比べものにならないほど小さなものであった────というのはひと昔前の話。

 魔(マ)姫(キ)那(ナ)の出現によって日本の商業事情、都市事情は大きく変わった。

 戦において一騎当千たり得る魔(マ)姫(キ)那(ナ)は生産者としても革命的だった。ハンナのように一人で開墾や土木工事を行う者もいれば、従来の工程では一ヶ月かけて作られていた製品を一瞬で生み出す者もいる。

 加えて、大航海時代を満喫中の南蛮人が訪れ、日本各地で交易が始まったこともその要因である。これには魔(マ)姫(キ)那(ナ)の台頭により立場が危うくなった大名らが権威を保つためであったり、逆に権力を持った魔(マ)姫(キ)那(ナ)が南蛮渡来の品を気に入ったりと複数の理由があるのだが、とにかく南蛮人はエッホ、エッホと日本にヨーロッパのモノと文化を伝えた。結果、西洋かぶれした若者が蔓延(はびこ)り、街中にヨーロッパの言語を日本語ナイズしたカタカナ語が溢(あふ)れかえった。

 魔法による生産力の向上と西洋との接触による価値観の多様化。この二つが結びついた結果、着物姿の日本人女性がマリトッツォを頰張りながら中華風異世界を舞台にした読み物に耽(ふけ)り、チョンマゲ姿の日本人男性がお茶一杯でカフェに何時間も居座り『遊(ゆう)戯(ぎ)大(だい)名(みよう)』の札遊びに夢中になる────といった古今東西入り乱れた珍奇な光景が見られるようになった。

 そんな時代において、清(きよ)洲(す)の街は日本屈指の大都市であり、流行の最先端を走っていた。

 食堂、居酒屋、雑貨屋、本屋、ブティック、一文ショップ、スポーツジム、コンセプトカフェ……往来の両側には途切れることなく店が連なる。近年の尾(お)張(わり)国(のくに)は戦に見舞われることもなく、暮らしぶりが良くなったことから行き交う人々も朗らかな表情を見せていた。

 


「主君が代わっても街は変わらず……民草というのは薄情なものですね、信(のぶ)長(なが)様」


 清(きよ)洲(す)の変から二年。夜(ヨ)半(ハン)はようやく清(きよ)洲(す)の土を踏んだ。信(のぶ)長(なが)の早すぎる死を悔やみ、自分が側(そば)に仕えていれば悲運から救うことができたのではないのか、と後悔を未(いま)だに引(ひ)き摺(ず)りながら賑(にぎ)やかな街並みを眺めていた。

 夜(ヨ)半(ハン)の内心はさておき、美丈夫が遠い目をしながら物思いに耽(ふけ)っている姿は色気のあるもので、甘いにおいに誘われたカブトムシのように客引きの女たちが寄ってきた。


「お兄さんカッコいいですニャア。良かったらウチのお店で遊んで行きませんかニャ?」

「女の子は全員あなたのペット! 流(は)行(や)りのコンセプトカフェだワン!」

「店の名前は『クセつよ異種族に行列を作る独身収容所』っていうんだ、ヒヒィーン!」


 名前の通り、作り物のケモ耳と尻尾をつけたケモ娘たちが夜(ヨ)半(ハン)を取り囲んだ。小袖は鎖骨が見えるほど派手に着崩しており、性の匂いを隠そうともしない大胆な客引きである。


「あ、間に合ってます」


 夜(ヨ)半(ハン)は彼女たちから目を逸(そ)らし、そそくさと立ち去ろうとした。しかしケモ娘たちは狩りをするハイエナのように獲物を取り囲んで逃さない。


「ええ───っ。ツレないこと言わないでニャ! ちょっとだけでも遊んでニャア!」

「ほらケモ耳! 触っていいですワン!」

「なんならお兄さんもつけていいですよ。だから、お店にヒヒィ──ン!!」


 馬を演じる娘は本格的に嘶(いなな)いており、声量の大きさに夜(ヨ)半(ハン)の身は竦(すく)む。

 元より、夜(ヨ)半(ハン)は女性が苦手である。お喋(しやべ)りしてストレスを晴らすどころか溜(た)め込(こ)んでしまう。にもかかわらず、ケモ娘たちは夜(ヨ)半(ハン)を少しずつ自分たちのナワバリに誘い込んでいく。絵に描いたような美丈夫で纏(まと)う小袖の仕立ても良い。男にお金を落とさせることが生(なり)業(わい)の彼女たちにとっては趣味と実益を兼ねた狩りである。夜(ヨ)半(ハン)が強引に押して通るか悩んでいたその時、


「こらぁ────っっ! 嫌がっている殿方を無理やり連れ去ろうとしちゃダメですよ!」


 悪漢に絡(から)まれる美少女を救うヒーローのように彼女────ブリュンヒルドは登場した。

 衝撃の出会いの瞬間である。


「げぇっ!? ブリュンヒルドぉっ!?」

「ひっ……ヤバイやつに見つかっちゃったよぉ……」

「ヒ……ヒヒヒィン! ヒンヒン! ヒヒンヒヒン? ヒヒヒヒィイイイイイイイン!! ブルゥルゥルゥルルルル〜〜〜〜!」


 露骨に嫌そうな顔をする猫娘、震え上がる犬娘、パニックのあまり獣と化した馬娘。ブリュンヒルドは長い脚でズカズカと歩き、彼女たちと夜(ヨ)半(ハン)の間に割って入った。


「お客さんを喜ばせるのがあなたたちの仕事でしょう。嫌がる人からお金を巻き上げることではないはずですよ」

「う、ウチの店を三日でクビになったテメエが仕事を語るな!」

「まあ、昔のことはさて置いて、私は悪事を見過ごせないタチなのです」

「怖い……引け目を全く感じない鋼メンタル怖いよぉ……」

「ヒヒーン……」


 目の前で女たちが小(こ)競(ぜ)り合(あ)いをしているが、その内容は夜(ヨ)半(ハン)の頭に入ってこなかった。


(美しい……なんと美しい魔(マ)姫(キ)那(ナ)だ……)


 目を引く黄金の彩(さい)髪(はつ)に空を映したようなスカイブルーの瞳。女人にしては背が高く手脚もスラリと長い。見た目の美しさに加えて、凜(りん)とした堂々たる態度が夜(ヨ)半(ハン)だけでなく往来を歩く老(ろう)若(にやく)男(なん)女(によ)の視線を集めている。そのことに気づいたケモ娘たちは居心地悪そうに吐き捨てた。


「営業妨害しやがって……いつか泣かしてやるからな」

「あ、はい。身の上話ならいつでも聞いてあげますよ」

「泣ける要素ねえよ! ごくごく一般的な家で育ってるわ! 素で失礼なヤツだなっ!」

「は、早く行きましょうよぉ……コイツと関わるとロクなことにならないって……」

「ヒヒンヒンヒンヒンヒン!」

「うっせーなぁっ! もっと人間に寄せろっ! 馬鹿! ってか馬!!」


 敗走するように三人はその場から離れていった。


「お兄さん、危ないところでしたね。あの人たちのお店ってぼったくりで、カモにされちゃうと身(み)包(ぐる)み剝がされたり指を詰めさせられたりして大変なんですよ」

「あ、ああ……どうもありがとう。君はいったい何者だ? 一緒に働いていたとか、あいつらは言ってたけど」

「ほんの少しの間だけですよ。それもお店のやり口が気に食わなかったのでケンカになった挙句、軍が介入してきたり、店長がしょっ引かれたりしているので、もう関わりはないですよ」

「そこまでやっておいて、関わりがないと言っていいのだろうか……」


 冗談話と受け取り、笑って流した……というより見(み)惚(と)れていた。常識はずれのブリュンヒルドの美貌に目が眩(くら)み、夜(ヨ)半(ハン)は女性に対する警戒反応をオフにしていた。現金なものである。


「私の名前はブリュンヒルド。人々に笑顔を届ける『愛(アイ)踊(ドル)』です」

「あいどる?」

「えへへ、私の仕事ですよ。『愛』を『踊らせる』と書いて『愛(アイ)踊(ドル)』と読みます。なお、商標登録出願中────ところでお兄さん、歌と舞はお好きですか?」

「えっ…………まぁ、好き、かな?」

「フフフ、きっとそうだと思っていました。これから私の雷(ライ)舞(ブ)が始まるんですよ」

「らいぶ?」

「すごく楽しいことです! 来ればわかります!」


 ブリュンヒルドは夜(ヨ)半(ハン)の手を握って引いて走り出した。たくさんの人が歩く往来。しかし彼女が近づくと預(モ)言(ー)者(ゼ)の前の海が割れるように誰もが道を空ける。


「到着っ! ここで観(み)ていてくださいね」


 ブリュンヒルドは夜(ヨ)半(ハン)の手を離し、「バイバイ」と軽く手を振って、目の前にある舞台に上がる。気づけば夜(ヨ)半(ハン)は観衆の最前列にいた。


「ちょいとそこの旦那! 雷(ライ)舞(ブ)は初めてでござるか?」


 夜(ヨ)半(ハン)のヘソあたりから威勢のいい声が発せられた。視線を下げるとサルそっくりの短(たん)身(しん)痩(そう)軀(く)で貧相な男が夜(ヨ)半(ハン)を見上げていた。ブリュンヒルドの第一の家来、日(ひ)吉(よし)である。


「なんだ? この人だかりは」


 と尋ね返すと日(ひ)吉(よし)はニヤリと笑う。


「雷(ライ)舞(ブ)でござる! 雷(ライ)舞(ブ)! 最近、流(は)行(や)り始(はじ)めた見せ物で、こんな最前列の特等席なら一(いつ)貫(かん)文(もん)はいただきたいところでござるが、姫さまが連れてこられたのならタダで良(い)いでござるよ!」


 語尾にござるござると連呼するその喋(しやべ)り方(かた)は騒がしいながらも、どことなく愛(あい)嬌(きよう)があって耳を傾ける気にさせる口ぶりだった。

 


「たくさんあつまってくれて、ありがとうございまぁすっ! 楽しんでいってくださいね!」


 舞台の上にいるブリュンヒルドが叫んだ瞬間、彼女の背後に並んだ楽器隊が雷撃さながらの轟(ごう)音(おん)を搔(か)き鳴(な)らし始(はじ)めた。太鼓はドコドコドコドコと騎馬隊の突撃のような爆音を鳴り響かせ、弦楽器と管楽器は鳥や獣が一斉に吠(ほ)え出(だ)したようなけたたましい音色を紡(つむ)ぎ出(だ)す。


「な、なんだこれは……」



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