織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ①

 はままつきよとは違い、まばらにしか人が住んでいない、そんなやまあいにある集落『のや』。ハンの次の指南先であるが、ハンは具合が悪くキッチンカーに籠もっていた。


「先生、大丈夫ですか?」

「大丈夫、気持ち悪いだけだ……うぷっ……」

「大丈夫じゃないじゃないですか。お水飲んだ方がいいですよ。ガブ飲みせずゆっくりと」


 ブリュンヒルドは水をみ渡し、背中をさすった。普段はおうへいで面倒臭がりであるが、ふとしたところでしさを見せる娘だな、とハンは内心思った。


「あ〜〜……助かる〜〜」

「わざわざ傷んでるバナナばかり食べるからですよ」

「だってあのスケベぼうがオマケで大量に寄越してくるしもつたいいだろうが」

「人が食べられないものなら『シグルド』の餌にすればいいんですよ」


 ブリュンヒルドはキッチンカーをく馬に『シグルド』という名前をつけていた。南蛮に伝わる伝説の英雄が由来で、ちまたっている読み物でも多く流用されている名前だ。


「そう言えば、シグルドもキッチンカーと一緒に売ってもらったのか?」

「いいえ。キッチンカーを受け取りに行く道の途中、迷子になっていたのを拾いました。馬代が浮いて助かりましたよ」

「ヒヒヒヒ───ン……あぱぁ〜」


 しょっちゅう目をいてくうを眺めながら舌をダラリと出しているブサイクな馬である。「よく拾ったなあ……」とハンはブリュンヒルドの大らかさに感心していたが、


ハン殿……ハン殿……」


 ひとりキッチンカーの外にいるよしが窓ごしに声をかけてきたのでハンは耳を傾ける。


「どうした?」

「マズイでござる。何者かが遠巻きにこのキッチンカーを囲もうとしているでござる」

「なんだと? 数は」

「一〇はいると思うでござる。どういたす?」

「どうもこうもあるか。こっちは領主に呼ばれてやってきているんだ。襲ってきたら遠慮なく名前を出させてもらうさ」


 と、言いながらもそんな道理が通じる相手とは限らない。緊張を気付け薬にハンは背筋を伸ばし臨戦態勢に入る。するとその袖をブリュンヒルドはすがるようにつかみ、


「先生……」


 と不安そうな瞳でじっと見つめてきた。


(野盗におびえるなんて、案外わいいところもあるじゃないか……心配しなくともお前には指一本触れさせはしないさ)


 と、ハンは心の中でうそぶいたが、


「シャルロットだったら私は南蛮に出稼ぎに行ったと伝えてくださいね」

「前言撤回。あいつだったらソッコーで突き出してやる」


 ブリュンヒルドの首根っこをつかみ、外の様子をうかがった。すると、振り向いたよしと目が合う。決意の光が宿っていた。


ハン殿、もしいさかいになった場合は拙者がおとりになるでござる。姫さまを連れて城に駆け込んでくだされ。後のことはお任せいたす」

「やめろ。縁起でもない。俺はお前のようにブリュンヒルドの下僕になる気はないぞ」

「誰が下僕ですか! よしれつきとした私の従者です。炊事、洗濯、料理、楽器の演奏、キッチンカーの手入れ、調理、接客、チラシ配り、確定申告……となんでもできるんですよ!」

「ちょっとは自活しろ。お前の生活、よし頼りじゃないか……とはいえ、便利だな」


 軽口をたたいているうちにハンならば気配で察知できるような距離に不審者たちが近づいてきた。警笛を鳴らすようによしえる。


「貴様ら! この車はのやの領主様の大事な客人を乗せておる! らんぼうろうぜきを働こうものならば一族郎党皆殺しと思え!」


 強い言葉を使って威嚇するよし、だが構わず不審者たちの気配が距離を詰めてくる。「これはマズイ」とハンがキッチンカーの外に飛び出そうとした。しかし、


「へっ?」


 ハンは動きを止めた。キッチンカーを取り囲んでいたのは武器を持った野武士でも盗賊でもないただの農民。しかも、女だけだった。危険な相手ではないと判断したよしあんの息を漏らして女たちに呼びかける。


「ああ、これはこれは早とちりであった! 脅すような言葉を使ってすまなかったな! それにしてものやが誇る美女たちを差し向けての歓待とは! それとも拙者の野性味あふれる美貌に引き寄せられて集まってこられたのかな?」


 冗談交じりのよしの文句に思わずハンは吹き出す。


「よく口が回るヤツだ。サルに似ていることを野性味と言うか」

「お猿さんなんかと一緒にしないでください。よしはもっとカワイイものにたとえられるべきです。私が散らかしたものもいつの間にか片付けてくれるし、シグルドを怒らせちゃった時もなだめてくれるし、まるで妖精ブラウニーみたいですよね」

(こいつはゴブリンみたいだな。すぐ散らかすし、人に迷惑かけるの得意だし……ん?)


 農民の女たちはにじり寄るようによしに近づいていた。


「フフフ……男だ……男だぞ……」

「ククク……おとこだが……まあい……」

「キキキ……元気があって楽しめそうな男だ……!」


 ざわ……ざわ……と擬音が文字で見えるくらいに、女たちのつぶやきがざわめきとなってよしを覆う。「まさか!?」と嫌な想像がハンの脳裏をかすめた瞬間だった。


「………………け!!」

「エッ!? ちょっ……待つでござ…………アッ────!!」


 女たちがよしに襲いかかった! 性的な意味で。


「イヤアアアアアッ! よしぃっ!!」

「待っ……やめ────アアアアアアアッ!」


 よしの服は破かれ胸があらわになり、ふところに入れて温めていたブリュンヒルドの草履が転がり落ちる。女たちは草履をにじり、よしを地面に押さえつけてむしゃぶりつかんと迫る。よしは必死で手足を振り回し抵抗するが、女たちの数の前には無力であり、伸び切った脚が震え、がくりと力が抜けた。


よしっ…………女性キャラがやられていたら秒でセンシティブ扱いされる展開を肩代わりするかのように受けてくれるなんてどこまでも便利なやつ!」

「言ってる場合ですか! 早く助けてください!」

「えっ……いや、俺は腹の具合が……」


 ハンは基本的に女人嫌いである。特に恥じらいや躊躇ためらいもなく性欲をしにしている女などはけんと恐怖で戦意など持てなくなってしまう。ハンの目にはよしがゴキブリにたかられているように見えていた。


「もう! でも先生を差し出したら、それこそ大変なことになっちゃいそうですね! 私に任せてください! これでもけんは強いんですよ!」

「は? バカか! お前が行っても何の役にも────」


 ハンの制止など聞かず、ブリュンヒルドはキッチンカーの扉から外に転がり出た。


「あなたたち! 私の家来にひどいコトしないでください!」


 りんとした表情で命令するブリュンヒルド。すると女たちは、


「…………なんだ……女か……」

「女だな……つまらん……」

「くくく……女など余っている……需要なし……! ぜろっ……!」

「おちんちん生やしてから出直してこいっ……! まぬけっ……!」


 ぺっ、と地面に唾を吐き捨ててよしを責め立てる行為に戻った。


「もうちょっと興味持ってくださいよっ! ヒロインの登場ですよ!」


 ブリュンヒルドは無視され、よしはもっとひどい目に遭わされていく。


「あぁ────っ! 姫さまあっ! 見ないでぇっ! 見ちゃダメでござる───っ!」

「いや───っ! よしぃ────!」


 キッチンカーの外はきようかんの様相である。性別が逆ならば一大事なので我が身を顧みず助けに入るのだが、おとこが女たちに集団でナニされようとイマイチ危機感が湧いてこない。とはいえ、旅の連れの尊厳が傷つけられるのは気持ちいものではないし、性格はどうあれ、まだ少女のブリュンヒルドに汚いものを見せたくない気持ちがハンを動かす。

 扉を開けようと手をかけた────その時だった。


しずまれええええええいっ! 貴様ら何をしておる!」


 とがめる女の声が雷鳴のように強く響く。

 すると、女たちはの子を散らすようによしの体から離れ、その場にひれ伏した。ブリュンヒルドが声の方を向くと馬に乗った頭巾姿の侍がこちらに駆けてくるところであった。

 服を破られ、泣き腫らした顔で局所を隠すよしを見て、侍は顔をしかめながら告げる。


「……状況は察した。野盗まがいのことをしてまで情欲を紛らわそうとは、嘆かわしい」

「おっ、お許しください! お館様! 私たちはこの者に誘惑されたのです!」

「私たちのことをいやらしい目で見てくるので……ついその気に」


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