織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ②

「あんなに胸元を強調されては辛抱たまりませんて!」


 自分たちの蛮行を正当化しようと乱暴されたよしにも落ち度があったと訴える。


よしはそんなことしてませんっ────て、そんなことよりも、お館さまって……」


 頭巾をかぶった侍は男装をしたうりざねがおの美女だった。男勝りのしさを漂わせながらブリュンヒルドにほほみかける。


「いかにも。のやじよう城主、ろうなおとらとは我のことよ。さて、見たことがないほど奇抜な格好をして、謎の屋台を引いている貴様は何者だ?」


 ほほみながらもなおとらの鋭い目は得体の知れないブリュンヒルドの動きを逃さぬよう細められており、男顔負けの迫力があった。しかし、ブリュンヒルドはものじしない。


「私たちは依頼を受けて魔法指南をするためにこの地にやってきたのです! にもかかわらず、出迎えがこれではいささか乱暴がすぎるというものじゃないですか!」

「なに……すると、貴殿が高名な魔法指南役のハン殿であられるか!?」


 なおとらは慌てて馬の背中から飛び降りてブリュンヒルドの両手を取った。


「こんな辺境の地までお越しいただきかたじけございません! ハハハ、ハンだなんてお名前だからもっと静かで厳かなお方と思いきや、まるで太陽のような御仁でいらっしゃる!」

「えっ、いや……私はただのじょしゅ────」

「ただの女子とはご謙遜を! 貴殿のように美しいは見たことがない! おい! 者ども! 非礼をびよ! たとえサルであっても客人の持ち物だ! 汚してはならん!」


 なおとらがそう言うと、よしを乱暴しようとした女たちは平伏してブリュンヒルドに謝罪した。

 一方、キッチンカーの中のハンは出るタイミングを逸していたが、かえって良かったかもしれないと考えていた。


 のやじように入ったブリュンヒルドは早速、なおとらの元に招かれた。領主であるなおとらが奥に座り部屋の両側を埋めるように家臣たちが座っているが、


「あのー……どうして女性ばかりなのですか?」


 思わずブリュンヒルドが疑問を呈してしまう。広間に集まった家臣たちは全員女。家臣だけではない。のやじよう周辺に住んでいるのは女ばかりで男の影は見えなかった。


「ああ、男は全部食ってやった」

「ええっ!?」

「冗談だ。我におびえているのではないか? のやの男は逃げ上手よ! 我の婚約者も幼少の時は暗殺から逃げて、成人してからは我から逃げたからな! ガッハッハッハ!」


 痛々しさすらあるなおとらこんしんの自虐ギャグに周りの家臣は顔をらせるがブリュンヒルドは躊躇ためらわずに笑った。


「あっはっはっは! こんなに美人なしっかり者から逃げるなんて見る目のない方ですね!」

「おお! さすがはハン殿! 他人を見る目がある! これは指南も期待できるな!」

「いえいえ……そんな大したものでは」

「謙遜するな! 貴殿の功績はこの地にも聴こえておる! まあ、それがうそだったらただではおかんがな! 我の父も花嫁修業だとうそをついて我を寺にぶち込みおった。まあ、今は父の方が寺に逃げ込んでお経をあげて暮らしているらしいがな! ガッハッハッハ!」

「あっはっはっは!(先生……早く来てください〜〜〜〜!)」


 ブリュンヒルドの背中には滝のような汗が流れていた。

※ のやじよう到着直後のこと ※

 数刻前、なおとらたちから隠れて、ハンはブリュンヒルドに耳打ちした。


井伊谷ここではお前が『夜半』を名乗れ」

「ちょっ! どうしてそんな替え玉みたいなを!」

よしがされたことを見ろ。アレがこの辺りの風習ならば俺みたいな美丈夫がノコノコ出ていくなんて、ありの巣に砂糖を投げ込むようなものだ」

「先生って、案外ナルシストですね」

「的確な戦力分析だ。とにかく、お前はのやにいる間は夜半だからな。ちゃんと準備ができたら助けに行くからなんとかしのいでくれ」


※ 回想ここまで ※


(気軽に引き受けちゃいましたけど、普通にヤバい状況じゃないですか! 功績どころか存在そのものがうそですよ!)


 バレたら終わる。バレないためにはうそを積み重ねるしかない。命懸けの綱渡りにブリュンヒルドはもはや笑うしかなかったのであった。

 だが、何が功を奏すかはわからないもので、ものじせず、何を言っても堂々と笑ってのけるブリュンヒルドをなおとらは案外気に入ってしまっている。


「────と、いうことなのだがハン殿はどう思う?」

「…………」

ハン殿!」

「……あっ! そうか、私が夜半です」

「なんだ、呼ばれ慣れていないのか」


 ブリュンヒルドは「はっはっは……」と笑いながら頭を下げた。


「ふむ。だったら、一番呼ばれ慣れている名前を使おう。何というのだ?」

「あ、じゃあブリュンヒルドでお願いします」

「ほう……を名乗られておるのか。ならばブリュンヒルド殿と呼ばせていただこう」

「殿も結構です。遠慮なくブリちゃんとでも呼んでください」

「ガッハッハッハ! さすがに気安過ぎるぞ!」


 派手な顔立ちをくしゃっとさせて笑みを浮かべるなおとらの気さくさにブリュンヒルドの不安が少し和らいだ。


「さて、親交を深めたいところではあるが私はどうにも忙しい。故に稽古は日中、仕事の合間を見てつけてほしい」

「かしこまりました! できる、と思います! おそらく! 多分! 信じてっ!」

「ずいぶんと謙遜されるな。魔法がろくに使えぬを一人前にしたり、強力な魔法を操る山賊まがいのの性根をたたなおしたり。しよはつの制定にも一役買ったとかいうからもっと偉そうな人物だと思っていたのだが」

「へぇ! すごいですね! 先生はあまり自慢しないタイプなので初耳ばかりです!」

「先生? 貴殿の手柄と聞いているが?」

「うっ……す、すみません、クセで自分のことを『先生』と呼んでしまうことが……あと、名声や手柄に無頓着なので、人に言われて初めて自分の仕事の成果を知るんですよ」

「ああ、なるほど……いやいや、話に聞く以上によくできたお方だ。まだまだお若いのに。聞いた話では二〇代半ばということだったが……」

「にぃっ!? ま、まあ若く見られがちですので……あ、でも最近物忘れが激しくて、腰も痛いし、耳も遠くなってきたような……」

「我もそこそこなのだが……まあ、婚約破棄されて、その後、浮いた話の一つもないなんてババアも同然か」

「いえいえいえいえいえいえ! そんなことは全然! あと、最近のりだと婚約破棄されてからが勝負! わいい妹が羨むイケメンハイスペ夫が求婚してくるというものです!」

「我に妹はおらんぞ」


 なおとらは深く追及しなかったがブリュンヒルドはボロを出しまくっている。このままではマズイ、とばんかいを試みた。


「修行を始める前に貴家のがどんな魔法を使われるのか、見せてもらえませんか? ええ、私くらいになれば一目見ればどういう指南が相応ふさわしいか見極められますので」


 したり顔を作ってブリュンヒルドなりに有能な指南役を演じてみた。しかし、


「指南役殿! の正体を知りたいなどと! 軽々しく申すな! こちらも準備というものがあるんだ!」


 けたたましい抗議の声が飛んできた。声の主はふんわりと柔らかい髪を背中まで伸ばした小型犬のような愛くるしさのある少女だった。故にブリュンヒルドはあなどった。


「もう。大声を上げちゃダメですよ。大人の話し合いの場は退屈になっちゃいましたか?」

「子ども扱いするな! ボクはお館さまと同い年だ!」

「えっ……私よりとしうえ? そのなりで?」

「ぶ、ぶれいっ! 無礼であるぞっ!」


 顔を真っ赤にして怒る少女の様子がおかしいのか、なおとらは豪快に笑った。


「ハハハハ、ブリュンヒルド殿。確かにわいらしい見た目をしているが、この者は当家の筆頭家老だ。なあ、おつる

「ひっ、筆頭家老っ!?」


 戦国時代の大名家を企業にたとえるならば大名が社長。とりしまりやくかいにあたるのが家老と呼ばれる幹部たちである。筆頭家老はそのトップであり、大名の右腕となるポジションである。


「し……失礼つかまつりましたっ! 小柄でわいらしい小型犬のようなお姿なのでマスコット的な何かだと思い、『これくらいのポジションの人間は多少ぞんざいに扱っても大丈夫だろう』と甘い考えを抱いてしまってつい────」

「お館さま───っ! この魔法指南役! 無礼を通り越して絶対ヤバいやつです! この場で斬り捨てましょう!」


 なおとらは終始上機嫌であったのでブリュンヒルドの首はつながったままだったが、しっかりおつるとの間に禍根が残った。


 宿泊用のしきに向かうため、ブリュンヒルドはトボトボと歩いている。表情はえない。



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