織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ③

「やっちゃったなあ……まさかあんなわいい子が重鎮だなんて思うはずないじゃないですか。着物に名札でも縫い付けておいてくださいよ『ひっとうかろうちゃん』って」


 ため息交じりにおつるへの恨み言をぼやく。


「まっ、あまり気にするほどのことじゃないですよね。どうせ、向こうは私を先生だと勘違いしているみたいですし。最悪、先生の名声が少し傷つくだけで済む────」

「聞き捨てならないことが聞こえてきたぞ」


 背後から静かながらもピリピリとした声がした。一瞬、驚いたブリュンヒルドだったが聞き慣れた声だ、とあんして振り返る。


「おどかさないでくださいよぉ……先生ぇ、えぇえええええええええええっっっ!? ふえええええええええええっっっっ!?」


 喉がひっくり返りそうなほど大きな悲鳴が発された。


「うるさいな。何事かと思われるだろ」

「紛れもなくナニゴトですよ!! どうしたんですか!? その格好!?」


 ハンあでやかな女物の小袖をまとい、髪を下ろし、口に紅を引いていた。その姿はどこに出しても恥ずかしくない美女。声を聞かなければ本物の女と見分けがつかないほどである。


よしの二の舞は御免だからな。護身の一種だ」

「護身って……フヒッ! ウククククッッッ!」


 ひとしきり驚いた後に押し寄せてくるのは真面目なハンが女装なんてぶっ飛んだことをしている滑稽さ。しかも無駄にクオリティが高いことがブリュンヒルドのツボに刺さった。


「アハハハハハハハハハハハ! ダメっ! もうムリっ! しんどいですよ! どうしたらそんなに完璧な女装できるんですか!? 頻繁にやってらっしゃるんですか!?」

「女の格好をした方が何かと便利な時があるんだよ。教える相手の身分によっては男に指南されたといううわさを立てられることさえまずいこともあるからな」

「あー、そう言われると納得です。これならどこからどう見てもれいなお姉さまですからね。私もこっちの先生の方が仲良くなれそうな気がします」

「どういう理屈だ?」

「だってお姉さまなら着替えやお洗濯も遠慮なく頼めますから」

「完全にじよ扱いじゃないか……」

「もちろんしてもらうだけじゃなくて歌と踊り、あと楽器の演奏も仕込んであげます。ひと月もあれば舞台に立てるよう指南しますね。死ぬ気でついてきてください」

「男に生まれて良かった」


 と言ったもののよしみたいに魂までささげたやつもいるので、ろうにやくなんによ関係なくブリュンヒルドに関わると苦労するんだろうな、という身も蓋もない結論に行き着いた。


「ずいぶん楽しそうだな、ブリュンヒルド」


 にぎやかな二人のかけ合いを聞きつけてなおとらが現れた。彼女はハンふんする美女をたりにすると「ほう」と息を漏らした。


「これはまた美しい……連れの者か?」

「えっ、その……」

「(お前の助手と言っておけ。そうすれば指南中に一緒にいて助けてやれる)」


 ハンが小声で指示をすると、すぐにブリュンヒルドは調子に乗って笑みを浮かべた。


「こちらは、え───と……『まひる』! 私の助手兼世話係なのです! 所用があって遅れていたのですが追いついてくれました! これで魔法指南も万全で行えますよ!」

「そうか。それは何よりだ。よろしく頼むぞ、まひる殿」

「…………」


 ハンは無言で、こくり、と頭を下げた。完璧に女、いや女以上にしとやかで艶っぽい所作である。なおとらは息をみ、ブリュンヒルドは声を殺して爆笑した。


「(ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! なんで無言! 無口キャラ設定ですか!? はかなげでいと思いますけど難役に挑戦されていますね! 今のお気持ちは? どんなお気持ち?)」

「(お前に蹴りを入れてやりたい一心だよ……)」

「は───っ。笑った笑った。それではなおとらさま、私たちはこの辺で」

「ああ、いや。用があって声をかけたのだ。助手もそろったのであればちょうどいい。これから少し付き合ってくれないか」


 なおとらの誘いにブリュンヒルドはハンに伺うように目を向ける。ハンは小さく首を横に振った。断れというサインである。


「え───っと、あいにくですが旅の疲れを取りたいところでして」


 体よく断ろうとするブリュンヒルドにハンは満足げにうなずく。しかし、


「疲れを取るならなおさらだ。我が家のにお誘いしようと思ったのだ」

「えっ……お!? おがあるんですかぁ────!?」


 この時代、まだまだおぜいたくなもので庶民の家には滅多になく、行水等で清潔さを保っていた。ブリュンヒルドの感動を現代的に表すのならば、友達の家に泊まりに行ったら家の中に業務用のマッサージチェアが置かれていて使い放題させてもらえるようなものである。真っ青な顔をしたハンに着物の袖を引っ張られても聞く耳を持つはずがなかった。


「…………で、どうして先生も入ろうとしているんですか? 女装したのは堂々と私と混浴するためですか? ダメですよ。私は健全系ヒロインですので」

うぬれるな。お前が健全系かどうかは置いといて、なおとら殿と密室で二人きりなんて危険すぎるからだよ」

「えっ……なおとらさまそっちの趣味が……ムリムリ! 女同士なんてありえないでしょ!」

うぬれるなパート2。もっと単純な危険の話だ。あのなおとら殿が女だてらに当主になれたのはか知っているか?」

のやの男性がなおとらさまを恐れて逃げ出したからでしょう。軟弱者ばかりですね」

「まあ、外れてもいないが、どうして恐れられているかは聞いていないんだな?」


 ハンの問いにブリュンヒルドは口ごもり何やら考え始めた。当てようとしているのではなく、ハンがツッコむことを期待して考えている。


「整いました! なおとらさまが家臣の不倫や酔った時の乱行を記事にして」

のやを乗っ取ろうとしたを暗殺したからだ」

「もう。ちょっとは乗ってくださいよ……って!? 暗殺ですか!?」

「ああ。出家させられ、家督を継ぐこともできなかったなおとら殿だったが、のやの危機を救い、女たちに祭り上げられて当主となった、と依頼の文に誇らしげに書かれていたよ」

「は〜〜、らんばんじような人生ですね。でも見るからに強そうな方ですし、そんな武勇伝の一つや二つあってもおかしくないと」

「おかしいのさ。のやの男たちが束になっても手に負えないほどのをただの男勝り程度の女が倒せるわけがない……彼女自身もであると見てもいい」

「ええっ!? そうなんですか!?」

「おそらくは。とはいえ、だと知られるのはしだからな。特に大名なんて身分のある方にとっては。だからさいはつを隠すため頭巾をかぶっているんだろう。こうがんは暗めの色ならば頭巾の陰で誤魔化せるし。で頭巾を巻いたままということはないだろうから、この誘いは正体を明かすためと見ていい。一応、第一関門は突破してくれたな。褒めてやろう」

「えへへへ……とはいえ、うそをついてだましてしまったことは心苦しいんですけど」

うそも方便というやつだ。気にするな。むしろここまで家の中枢に食い込んでしまったんだから絶対にバレないように立ち回れよ。失敗したらお前の首が物理的に飛ぶぞ」

「は? どうして」

「さっき言ったとおりだ。強力なほうむるような魔法の使い手と密室に二人きり。うそがバレたとしたらおとがめなしなんてあり得るわけもなく」

「ちょっとぉ───────っ! どうしてそんな危険だとわかっていながらお入ることになったんですか!? イヤアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

「一から一〇〇までお前のせいだよ……急展開すぎて俺の準備も追いついてないってのに」


 体中の息を吐き出すかのような大きなため息をつき、ハンは小袖を脱ぎ始めた。

 

 現代日本においてといえば浴槽にお湯が張ってあるものだが、当時の、つまりサウナのようなものであった。蒸気で満ちた高温の部屋に入り、体のあかや汚れをこすとす。清潔になることと快感を得ることが一体になったぜいたくな空間である。

 ハンとブリュンヒルドは先にに入り腰掛けに座る……なお、二人はかたびらを着ている。この時代のぱだかで入るものではなかったのだ。入浴シーンの挿絵に期待していた読者諸兄はいま、どんな気持ちだろうか?


「あっついですねえ〜〜! でもこれは気持ちイイ……」


 汗の垂れる白い首を伸ばし天井を仰ぐブリュンヒルド。つい先程まで大声で嘆き散らかしていたとは思えないほどリラックスして入浴していた。



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