織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ④

「本当に神経が太いやつだ……わめかれるのも困るが、少しは危機感を持て」

「ハッ! 密室、薄着、汗ばむカラダ、絶世の美少女、持て余す情熱……ナニも起こらないはずもなく────」

「起こってたまるか! 危機感を持てというのは俺に対してではなく────」


 ケラケラとブリュンヒルドは笑って髪をかき上げた。


「大丈夫ですよ。なおとらさまは私のこと気に入ってくれていますし。むしろ、先生が耐えられるかが心配です」

「ア、アホか! 一緒にに入ったくらいで理性を失って押し倒したりするなど」

「はて? 私は先生が暑さに耐えられるか心配してあげただけですけど? 押し倒す? 私とナニをしたいんでしょうかねえ?」


 まんまと手玉に取られておちょくりまわされたハンは閉口した。


「おう、どうだ、我が城のは」

「あっ、ハイ! とっても気持ちよ…………ほぉぉぉぉ……」


 に入ってきたなおとらを見るなりブリュンヒルドは感嘆した。ハンは地声を出すわけにもいかず、舌をんで誤魔化し、垂れた鼻血もすすって戻したので、口の中は血の海である。

 に入ってきたなおとらは薄布一枚では包み切れない抜群のプロポーションを披露していた。寺の修行と武芸の稽古に励んだ人生を物語るように無駄な肉はない。にもかかわらずサラシから解き放たれた豊満な双丘はブリュンヒルドの目をくぎけにした。


なおとらさま……どこがとは言いませんが、大大名ですね」

「臣下の者にもよく言われる……んでくれる相手もいないのだから割譲してやりたいところだがな! ガッハッハッハ!」

「それを捨てるなんてもったいない。いや、実にいいものを見せてもらいました」


 手を合わせて拝まれたなおとらは肩の上でそろえたこんじようの髪をつまんで苦笑する。


「できればこちらに驚いてほしかったのだが……」

さいはつこうがんなんて私からすれば珍しいものでもありませんので」


 フフン、とドヤ顔でのたまうブリュンヒルドになおとらは感心し、ハンあきれた。


「このことは他言無用でお願いしたい。私がだと知っている者は家内でも一部の者だけなのだ。それでよいな?」


 なおとらすごむように言ったのでブリュンヒルドは全力で首を縦に振った。

 

 三人とも汗をたっぷりかき、あかすりを終えた頃、「頃合いか」となおとらは立ち上がる。


「さて、お前の望み通り、明日からの稽古のために私の魔法を見てもらおうか」

「えっ!? いま、ここで?」

「ああ、使う場所を間違えると大変なことになる代物だからな。まひるはそのままで、ブリュンヒルドは私とまひるの両方が見えるように立ってくれ」


 言われるがまま動くブリュンヒルド。浴室はかなり広く、部屋の端と端に離れたなおとらハンの距離は一〇メートルほどある。構えるように足を肩幅の広さに開いたなおとらは人差し指を立てて顔の前に掲げる。


「では行くぞ────────【一寸発心センチメンタル】」


 それは一瞬の出来事だった。

 一足飛びでは届かないほどの距離があったハンなおとらの距離がゼロになる。なんの前触れもなく眼前になおとらが立っていることに驚き、反射的にハンは後ろに退いた。しかし、それは悪手だった。


「はっ────────ふゎあああああああああああああっっっっ!!」


 声を抑えることもできずハンは絶叫した。なぜなら彼の目の前にいるなおとらまとっていたかたびらを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿をさらしていた。張り、熟れ、豊かさ、そのすべてが満たされた完璧な女体はハンの目と脳を焼き、その意識を断ち切った────


「わ─────っ! 先生───っ! 先生ぇ─────! ……あっ、この先生というのは私のことで……わっ、わたし!? わたしぃ──────っ!!」


 突然のことにパニックとなったブリュンヒルドはボロと苦しい言い訳をらしながら倒れたハンに駆け寄った。


 カコ────ン、と甲高く響く鹿ししおどしの音でハンは意識を取り戻した。そよそよとしたぬるい風に頰をなでられていることに気づき、目をやるとブリュンヒルドが桃をかじる片手間に団扇うちわであおいでくれていた。


「あっ、気づかれましたか。案外早かったですね」

「…………なにか、すごいモノを見てしまったような気がするんだが」

「先生、知っています? 目を閉じて眠ると夢が見れるんですよ」

「そっか……夢だな、夢に違いない…………………いや、現実逃避はよそう。あぁ〜〜〜〜〜すごかったなあ! 冥土の土産にするには割に合わないが!」

「そんなに悲観しなくて大丈夫ですよ。私の冷静な立ち回りのおかげで先生が男だとは気づかれていませんし、なおとらさまも『驚かせてしまったみたいで申し訳ない』って反省されているくらいでしたよ」


 桃をかじるブリュンヒルドを見て、ハンは自分の胸をいじる。


「……まさか、今お前がかじっている桃って俺の胸に詰めていたヤツか?」

「はい。まひるちゃんの右のおっぱいです。ちゃんと洗って皮きましたから気になさらないでください。先生もどうぞ」

「……お前が気にしないなら別にいいけど」


 ハンは桃にかぶいた。ずっしりと肉厚な桃の果肉をめると口の中に甘みと水気がわたっていく。のぼせた体をいやすのにちょうどいい薬だった。


「先生が倒れたことはさておき、なおとらさま本当にだったんですね。どういう魔法なのか全然わからなかったですけど。詠唱もなかったし、あれって魔法なんですか?」

しろうとにはそう見えるか。まあ、そうだよな」

「ムッ。カンジ悪い言い方ですね。裸を見ただけで卒倒するくらい純情なクセに」

「悪い悪い。だから、もう蒸し返さないでくれ。お願いします」

「じゃあ、しろうとにもわかりやすく説明してくださいよ」


 桃をかじる手を止め、ハンは口元を拭うと少し背筋を伸ばして語り始める。


「まず、が魔法に目覚める際、魔法の効果と魔法名、そして詠唱が記憶に刻み込まれる。記憶にんでいるからこそ、覚えた歌を口ずさむように自然と詠唱を行うことができるんだ。詠唱というのは魔法の効果や精度を高めるための精神集中に使うもので、強力な魔法には長大な詠唱を伴うことが多く、逆に弱い魔法ほど簡単な詠唱で済むことが多い。ここまではわかるか?」

「当然です。次に先生は、『詠唱しなかったなおとらさまの魔法はクソザコナメクジだ! おっぱいほどの才能は与えられなかったようだな!』と言う!」

「何もかも的外れだ。お前の中の俺はどれだけヤバイやつなんだよ……詠唱の長さと魔法の威力はほぼ比例するが無詠唱魔法だけは例外だ。精神集中せずに魔法を発動できる天賦の才能がせる業。本来、必要な詠唱を省略しているだけであって魔法が弱いとは限らない。そして、なおとら殿が行使した魔法はで強力な魔法だ。無詠唱の才があるにあんな魔法が授けられるなんて、えげつない話さ」

「ふ、ふ───ん! 私も才能がありますからよくわかりますが、読者にもわかりやすいようなおとらさまのすごさを伝えてください。先生の大好きな女体にたとえて!」

「むしろ苦手で苦労しているんだが……まぁ、えて言うなら『バストはLカップなのにウエスト五二センチのくびれボディ』とか?」

「バッ!? バケモノじゃないですかっ! すごい、を通り越して怖いですよ!」

「うん、まさにそんなカンジだ。として破格の才能の持ち主だよ、なおとら殿は」


 腰が抜けそうなくらいに驚いたブリュンヒルドだったが、あることに気づく。


「ちょっと待ってくださいよ。無詠唱を『ウエスト五二センチ』だとすると魔法は『Lカップバスト』にたとえられるんですよね。アレってそんなすごい魔法なんですか? 私にはただ、なおとらさまが服を脱いで先生の近くに移動したとしか」

「移動するところが見えたか?」


 ハンの問いにブリュンヒルドは口籠もる。まばたきひとつしていなかったにもかかわらず、なおとらが歩いたり跳んだりする様子は見えず、ハンの間近に移動したという結果だけがあった。


なおとら殿が俺の眼前に来た瞬間に一切の空気の揺らぎも感じなかった。目にも留まらぬ超高速で移動したのなら風が起こっている。そして、脱げた着物は元いた場所に落ちていた。着ていた者が煙となって消えたかのように。そこから導き出される結論は────なおとら殿の使った魔法は『瞬間移動』。速く動く、ではなく、発動した瞬間に別の場所に移動する魔法だ」


 ハンは断言する。ブリュンヒルドは「へぇ───っ」と感心の声を上げた。


「よく意識を失うまでの一瞬にそこまで見極められましたね」

「でなければ魔法指南役など名乗れんさ」



刊行シリーズ

織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征くの書影