「本当に神経が太いやつだ……喚かれるのも困るが、少しは危機感を持て」
「ハッ! 密室、薄着、汗ばむカラダ、絶世の美少女、持て余す情熱……ナニも起こらないはずもなく────」
「起こってたまるか! 危機感を持てというのは俺に対してではなく────」
ケラケラとブリュンヒルドは笑って髪をかき上げた。
「大丈夫ですよ。直虎さまは私のこと気に入ってくれていますし。むしろ、先生が耐えられるかが心配です」
「ア、アホか! 一緒に風呂に入ったくらいで理性を失って押し倒したりするなど」
「はて? 私は先生が暑さに耐えられるか心配してあげただけですけど? 押し倒す? 私とナニをしたいんでしょうかねえ?」
まんまと手玉に取られておちょくりまわされた夜半は閉口した。
「おう、どうだ、我が城の風呂は」
「あっ、ハイ! とっても気持ちよ…………ほぉぉぉぉ……」
風呂に入ってきた直虎を見るなりブリュンヒルドは感嘆した。夜半は地声を出すわけにもいかず、舌を嚙んで誤魔化し、垂れた鼻血も啜って戻したので、口の中は血の海である。
風呂場に入ってきた直虎は薄布一枚では包み切れない抜群のプロポーションを披露していた。寺の修行と武芸の稽古に励んだ人生を物語るように無駄な肉はない。にもかかわらずサラシから解き放たれた豊満な双丘はブリュンヒルドの目を釘付けにした。
「直虎さま……どこがとは言いませんが、大大名ですね」
「臣下の者にもよく言われる……揉んでくれる相手もいないのだから割譲してやりたいところだがな! ガッハッハッハ!」
「それを捨てるなんてもったいない。いや、実にいいものを見せてもらいました」
手を合わせて拝まれた直虎は肩の上で切り揃えた紺青の髪をつまんで苦笑する。
「できればこちらに驚いてほしかったのだが……」
「彩髪虹眼なんて私からすれば珍しいものでもありませんので」
フフン、とドヤ顔でのたまうブリュンヒルドに直虎は感心し、夜半は呆れた。
「このことは他言無用でお願いしたい。私が魔姫那だと知っている者は家内でも一部の者だけなのだ。それでよいな?」
直虎が凄むように言ったのでブリュンヒルドは全力で首を縦に振った。
三人とも汗をたっぷりかき、垢すりを終えた頃、「頃合いか」と直虎は立ち上がる。
「さて、お前の望み通り、明日からの稽古のために私の魔法を見てもらおうか」
「えっ!? いま、ここで?」
「ああ、使う場所を間違えると大変なことになる代物だからな。まひるはそのままで、ブリュンヒルドは私とまひるの両方が見えるように立ってくれ」
言われるがまま動くブリュンヒルド。浴室はかなり広く、部屋の端と端に離れた直虎と夜半の距離は一〇メートルほどある。構えるように足を肩幅の広さに開いた直虎は人差し指を立てて顔の前に掲げる。
「では行くぞ────────【一寸発心】」
それは一瞬の出来事だった。
一足飛びでは届かないほどの距離があった夜半と直虎の距離がゼロになる。なんの前触れもなく眼前に直虎が立っていることに驚き、反射的に夜半は後ろに飛び退いた。しかし、それは悪手だった。
「はっ────────ふゎあああああああああああああっっっっ!!」
声を抑えることもできず夜半は絶叫した。なぜなら彼の目の前にいる直虎は纏っていた湯帷子を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿を晒していた。張り、熟れ、豊かさ、そのすべてが満たされた完璧な女体は夜半の目と脳を焼き、その意識を断ち切った────
「わ─────っ! 先生───っ! 先生ぇ─────! ……あっ、この先生というのは私のことで……わっ、わたし!? わたしぃ──────っ!!」
突然のことにパニックとなったブリュンヒルドはボロと苦しい言い訳を撒き散らしながら倒れた夜半に駆け寄った。
カコ────ン、と甲高く響く鹿威しの音で夜半は意識を取り戻した。そよそよとしたぬるい風に頰をなでられていることに気づき、目をやるとブリュンヒルドが桃を齧る片手間に団扇であおいでくれていた。
「あっ、気づかれましたか。案外早かったですね」
「…………なにか、すごいモノを見てしまったような気がするんだが」
「先生、知っています? 目を閉じて眠ると夢が見れるんですよ」
「そっか……夢だな、夢に違いない…………………いや、現実逃避はよそう。あぁ〜〜〜〜〜すごかったなあ! 冥土の土産にするには割に合わないが!」
「そんなに悲観しなくて大丈夫ですよ。私の冷静な立ち回りのおかげで先生が男だとは気づかれていませんし、直虎さまも『驚かせてしまったみたいで申し訳ない』って反省されているくらいでしたよ」
桃を齧るブリュンヒルドを見て、夜半は自分の胸を弄る。
「……まさか、今お前が齧っている桃って俺の胸に詰めていたヤツか?」
「はい。まひるちゃんの右のおっぱいです。ちゃんと洗って皮剝きましたから気になさらないでください。先生もどうぞ」
「……お前が気にしないなら別にいいけど」
夜半は桃に齧り付いた。ずっしりと肉厚な桃の果肉を嚙み締めると口の中に甘みと水気が染み渡っていく。のぼせた体を癒すのにちょうどいい薬だった。
「先生が倒れたことはさておき、直虎さま本当に魔姫那だったんですね。どういう魔法なのか全然わからなかったですけど。詠唱もなかったし、あれって魔法なんですか?」
「素人目にはそう見えるか。まあ、そうだよな」
「ムッ。カンジ悪い言い方ですね。裸を見ただけで卒倒するくらい純情なクセに」
「悪い悪い。だから、もう蒸し返さないでくれ。お願いします」
「じゃあ、素人にもわかりやすく説明してくださいよ」
桃を齧る手を止め、夜半は口元を拭うと少し背筋を伸ばして語り始める。
「まず、魔姫那が魔法に目覚める際、魔法の効果と魔法名、そして詠唱が記憶に刻み込まれる。記憶に馴染んでいるからこそ、覚えた歌を口ずさむように自然と詠唱を行うことができるんだ。詠唱というのは魔法の効果や精度を高めるための精神集中に使うもので、強力な魔法には長大な詠唱を伴うことが多く、逆に弱い魔法ほど簡単な詠唱で済むことが多い。ここまではわかるか?」
「当然です。次に先生は、『詠唱しなかった直虎さまの魔法はクソザコナメクジだ! おっぱいほどの才能は与えられなかったようだな!』と言う!」
「何もかも的外れだ。お前の中の俺はどれだけヤバイ奴なんだよ……詠唱の長さと魔法の威力はほぼ比例するが無詠唱魔法だけは例外だ。精神集中せずに魔法を発動できる天賦の才能が為せる業。本来、必要な詠唱を省略しているだけであって魔法が弱いとは限らない。そして、直虎殿が行使した魔法は稀有で強力な魔法だ。無詠唱の才がある魔姫那にあんな魔法が授けられるなんて、えげつない話さ」
「ふ、ふ───ん! 私も才能がありますからよくわかりますが、読者にもわかりやすいよう直虎さまの凄さを伝えてください。先生の大好きな女体に喩えて!」
「むしろ苦手で苦労しているんだが……まぁ、敢えて言うなら『バストはLカップなのにウエスト五二センチのくびれボディ』とか?」
「バッ!? バケモノじゃないですかっ! すごい、を通り越して怖いですよ!」
「うん、まさにそんなカンジだ。魔姫那として破格の才能の持ち主だよ、直虎殿は」
腰が抜けそうなくらいに驚いたブリュンヒルドだったが、あることに気づく。
「ちょっと待ってくださいよ。無詠唱を『ウエスト五二センチ』だとすると魔法は『Lカップバスト』に喩えられるんですよね。アレってそんな凄い魔法なんですか? 私にはただ、直虎さまが服を脱いで先生の近くに移動したとしか」
「移動するところが見えたか?」
夜半の問いにブリュンヒルドは口籠もる。瞬きひとつしていなかったにもかかわらず、直虎が歩いたり跳んだりする様子は見えず、夜半の間近に移動したという結果だけがあった。
「直虎殿が俺の眼前に来た瞬間に一切の空気の揺らぎも感じなかった。目にも留まらぬ超高速で移動したのなら風が起こっている。そして、脱げた着物は元いた場所に落ちていた。着ていた者が煙となって消えたかのように。そこから導き出される結論は────直虎殿の使った魔法は『瞬間移動』。速く動く、ではなく、発動した瞬間に別の場所に移動する魔法だ」
夜半は断言する。ブリュンヒルドは「へぇ───っ」と感心の声を上げた。
「よく意識を失うまでの一瞬にそこまで見極められましたね」
「でなければ魔法指南役など名乗れんさ」