織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑤

 褒められて機嫌が良くなるハン。だが、ブリュンヒルドは別の疑問が生まれた。


「あのー……何が起こったかはわかりましたけど『Lカップバスト』にたとえられるくらいすごい魔法ですか? 強力な魔法ってもっとドカーン! とかズドーン! とか派手なイメージがあるというか」

「いい疑問だ。たしかになおとら殿の魔法では一人で一〇〇〇の兵を倒すことはできないだろう。だが人間の力でできることを代行するなんてのは魔法としては凡庸なのさ。たとえば、森を焼き尽くすごうを放つことができるは強くて派手だが、火計を代行しているに過ぎない。しようせいと有効性を勘案すると、せいぜい『Dカップ』といったところだ。それに対して瞬間移動は理屈としてありえないからな。ありえないことを起こすということはこの世界のことわりから外れるということだ。たとえばもし、この国の東の端と西の端に離れている人間同士が言葉を交わし合う方法が生まれたとしたら書簡なんてものはその価値をくす。そして、思いもよらぬ商売や事件が起こるだろう。の力は本人だけのものだが、だからこそ、なおとら殿だけが世界のことわりから外れ、奇跡を起こす存在となる」


 ふむふむ、とうなずいていたブリュンヒルドだったが、突然ひらめいたように膝を打った。


「わかりましたよ! なおとらさまはその魔法を使ってに近づき、グサっ! とやっちゃったってことですね!」

「いきなりふところに飛び込まれては反撃の隙もない。だまちにはうってつけの必殺魔法だ」


 いつしかハンの声音が暗く重いものに変わっていて、ブリュンヒルドも目をしかめた。


「なんだか……似合わないですね。あんなに豪快な方がだまちみたいなことするなんて」

「見た目や言動だけで人間は測れないということさ。小さな領地だがのやは争いが絶えなくてな。少し前まで和泉いずみのかみとかいう家老が家を乗っ取ろうと謀略の限りを尽くし、なおとら殿も運命を翻弄され続けてきた。を討ち取っただけでなく領主の地位を我が物にし、邪魔な家臣団を城の外に追いやったのも思うところがあったんだろうな……どうにせよ、細かいことを探る必要があるな」

「わかりました! では、よしにお願いしに行きがてら、夕食までお散歩しましょうかね」

「気ままだな……お前も俺の助手って意味ではよしと同じ立場なんだが……」

「残念。今は私がハン先生ですので。弟子のまひるちゃん、ついてきてください。私をひとりで出歩かせるのは不安でしょう」

「不安だな。お前が何かやらかすんじゃないかと」

「そこは素直に身の安全を不安がってくださいよ、もう」


 ブリュンヒルドはそう言って団扇うちわハンに渡し、お出かけの準備を始めた。


のんなものだ……この指南、笑い話で終われそうにないというのに」


 の暗殺。強引な代替わり。排斥された家臣団。女だけで守る城。そして、必殺の魔法を操る姫大名。

 ひとつひとつの出来事が不自然で謎めいていることにハンは悪い予感がしていた。


「……だからこそ、指南のしがあるというものか」


 ぬるくなった桃をかじり、したたる甘い蜜を舌先で楽しんだ。


 翌日、のやじようの裏庭にブリュンヒルドは呼び出され、ハンは彼女に連れ添った。ブリュンヒルドはなおとらに魔法の見立てを問われ、ハンから聞かされたとおりに答えた。すると、なおとらはパッと顔を明るくして喜んだ。


「たった一度見せただけで見事に言い当ておった! おつる! 疑っていたようだがこの方は本物だぞ!」

(まあ、私はにせものなんですけどね)


 とブリュンヒルドは内心うそぶいた。家中でもなおとらの魔法については秘中の秘であり、おつるが人払いを徹底させていた。


「あのー……なおとらさま。先せ────私に魔法の指南を頼んだのはですか? すでにすごい魔法だと思うのですが」

「フッ……まあ、あの場では布一枚だったからわかりにくかったろうが、今一度、我が魔法をご覧いただこう」


 なおとらがそう言うとおつるが辺りを見渡し、人の目がないことを確認した。


「ではいくぞ。【一寸発心センチメンタル】」


 なおとらの魔法が発動する。再びハンの眼前になおとらが現れる。今回は前もって予想していたのでハンは驚かない。じっくりとなおとらの全身を視界に入れ────


「ぶっっふぉおおおおぉぉぉぉ────────っっっ!!」


 ハンは鼻血をらし尻餅を突いた。それはなおとらがまたもや一糸まとわぬ美麗な裸体をさらしていたからだ。


「助手殿、具合が悪いのか? あと、野太い男のような声が出ていたような」

「し、しつれい……声の調子がおかしくて……コホッ、コホッ」


 おつるの気づきを誤魔化すハンなおとらはブリュンヒルドに向かって恥ずかしげに言う。


「見ての通り、我の魔法は欠陥品でな。半径三〇メートル以内の視認できる場所であれば瞬時に移動できるがわきざし一つ持ち歩くことができぬ。やれやれ」

「その前に服ぅ────っ! いいとしした女性なんですからぱだかを恥じてくださいよ!」

「ふふ、この場には女しかいないぞ。何を恥ずかしがっておる」

「それは、そうですけど……こっちが困るんですよ!」


 ブリュンヒルドはササッと機敏な動作でハンの視界からなおとらを隠すように位置取った。


「こればかりはボクも指南役殿に同意ですよ」


 おつるが布を持ってきてなおとら身体からだを隠した。


「えー……要するになおとらさまの瞬間移動は身ひとつしか運ぶことができない。武器どころか着物一枚運ぶことができない」

「そうです! こんな魔法使えたものではない! だから魔法指南役として高名な貴殿をお呼びしたのです! どうかお館さまが裸にならず魔法を使えるようご指南ください!」


 おつるはブリュンヒルドに懇願した。しかし、なおとらは気楽そうに笑う。


「別に着物なんて飾り」

「「あなたは黙っててください!」」


 おつるとブリュンヒルドの声が一つになった。一方、鼻血を垂らしているハンまえかがみになって背を向けたままだった。


「(先生、大丈夫ですか?)」

「(恐ろしい魔法だ……いきなりふところに入り込まれるだけでも逃げようがないのにあんな姿を見せられては失血死してしまう)」

「(そんな殺され方をするのは先生みたいな純情な人だけです……どうするんですか?)」

「(まあ、任せろ。お前は次から言うことをそのまま伝えろ)」


 ハンはそう前置きをしてささやき、ブリュンヒルドは大きな声で復唱する。


「……なおとら殿! その魔法は、続けて使うことはできますか?」

「ん。連続しては無理だが五秒も空けば」

「でしたらひとつ試してみましょう。髪の毛を一本抜いて手に握ってください」


 なおとらはブリュンヒルドに言われるがまま毛を抜いて握り込んだ。


「その状態で髪を運ぶように意識して魔法を使ってください」

「わかった…………【一寸発心センチメンタル】!」


 なおとら身体からだが消えると同時に一〇メートルほど先の場所に現れた。おそるおそる手を開くと髪の毛は無くなっていた。


「情けないな。髪の毛一本すら運べないなんて」

「ちゃんと運んでるじゃないですか。何万本も」


 そう言ってブリュンヒルドは頭を指した。


「いやこれは自分から生えている髪の毛だから」

「そう。頭の髪の毛が運べるのに手のひらの髪の毛が運べないのは、あなたの魔法があくまで自分自身だけを運ぶ魔法だからです。なので、まず思い込みを消してください」

「思い込みを消す?」


 なおとらが首をかしげているところにブリュンヒルドは近づき、無遠慮に髪の毛を引っこ抜く。


「いたっ! なにを」

「痛かったですよね。あなたの髪の毛ですが、あなた自身、あなたの体なんですから。髪の毛はあなたの魔法で運ぶべき対象です」


 そう言ってなおとらの手に髪の毛を握り込ませる。


「あなたの髪の毛が手のひらから生えていると頭に思い浮かべて魔法を使ってください」


 なおとらに落ちないながらも言われたとおり目をつぶって握った拳の中の髪の毛の触感を確かめる。十分に精神集中を行って、魔法を発動する。


「【一寸センチ────メンタル】!」


 なおとらは再び瞬間移動を行った。移動した場所で握り込んだ拳をじっと見つめて、開く。


「…………やった」


 手のひらの上にはたしかにこんじようの髪の毛が握り込まれていた。


「やった! やったぞ! たかが髪の毛だが大きな第一歩だ!」



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