織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑥

 歓喜するなおとら。そのなおとらの肩をたたき、ブリュンヒルドは告げる。


「いいえ、大きな一歩目と二歩目です」

「えっ…………あっ!?」


 なおとらがじっくりと手のひらの髪を見直すと、一本の髪の毛は光に当てると黄金色に輝いた。


「はい、運んだ髪の中に私の髪が交じっていました。つまり、あなたはあなた自身以外のものも運ぶことができるということです。それをあなたの一部と認識さえしていれば」

「うおおおおおっ! すごいぞっ! 見えるかおつる! ブリュンヒルドの髪の毛だ!」


 なおとらは満面の笑顔でおつるにブリュンヒルドの毛を見せつけた。


「お、お館さま! はしたのうございます! 着るか隠すかなさってください!」


 なおとらは髪の毛を運ぶことはできたが着物は運べていない。つまり、全裸ではしゃいでいる。ハンは顔を背けるしかなかった。だから、


「……素手では女しか殺せなかったが、武器さえ持たすことができれば」


 誰かの発した不穏な独り言に気づかなかった。


 稽古が終わった後、ハンとブリュンヒルドはしきに戻って一休みしていた。疲れ果てたブリュンヒルドは着物の帯革ベルトを緩めてだらしなく仰向けに寝転がっている。


「なんだかすごく疲れました……」

「魔法指南はぴったり相手に寄り添うからな。慣れないうちは緊張もするし疲労も激しい。とはいえ、お前はよくやったよ。俺が耳打ちしたことを伝えるだけとはいえ、それらしくしやべり演じるのは誰にでもできるものじゃない」


 寝転がったままブリュンヒルドはピースサインを掲げて笑う。


「フフッ。ほうをもらったら山分けですよ」

「ああ、お前の借金から差し引いてやる。お前に現金を渡すとすぐなくなりそうだしな」

「ええっ! いつの間に私がそんなお金にだらしない女だと思われて」

「出会って割とすぐだったかな!」


 ひとしきり軽口を応酬した後、ブリュンヒルドはポツリとつぶやく。


「それにしても先生はすごいですね。二度、魔法を使うところを見ただけであっさりと解決の糸口を見つけられるし、指南の方法もわかりやすくて鮮やかで」

「なんだ? お前も指南してほしいのか?」


 ハンはブリュンヒルドが本物の魔法を使うところを見たことがない。

 ひと口に魔法と言っても多種多様であり、能力の強弱もある。ながひでの下で働くハンナもハンとの出会いがなければ宝の持ち腐れになっていた可能性が高い。経緯はどうあれ、旅の仲間であるブリュンヒルドを鍛えることは有意義であり、もののついでで行えるためやらない理由はなかった。しかし、ブリュンヒルドは固辞した。


「結構ですよ。私の魔法はおいそれと見せられるものではないので」

「見せられないとな」

「ええ。私が魔法を使うと海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体が絶滅しますので」

「ほ──う。そりゃすごいな(ショボイ魔法を使うやつほどおおなこと言うんだよな……)」

「ん? 先生、今、私のことをあなどりませんでした?」

「ソンナコトナイヨ……」

「もう! せっかく褒めてあげたのに! 先生の恩知らず! 純情者!」


 純情でなにが悪い、と思わなくもなかったが、とりあえず謝ってあしらった。

 魔法の詳細を秘匿するのはの生存戦略のひとつ。特にブリュンヒルドのように大名家に属しているわけでもないにとっては慎重になるべきことだろう、と出過ぎたをしたことをハンは反省した。


「まったく……罰としてよしの様子を見に行ってきてください。あと、バナナを売り切ったらしばらく好きにしていいですよ、と伝えてあげてください」

「外に出るのはやぶさかじゃないが、よしに冷たくないか? あんな忠臣なのに」

「忠臣だからこそ、適度な距離感が必要なんですよ。なおとらさまのおかげで身の回りの世話をしてくれる人には困らないですしね」


 と言って床の上をゴロゴロと転がるブリュンヒルドであった。


 寂れた集落には似つかわしくない甘いバナナとチョコの香りがキッチンカーから漂っている。よしはチョコバナナを客の一人一人に手渡しているところであった。


「お買い上げ、ありがとうでござる! おかげで完売できたでござるよ!」

「ウフフ、良かったわね、お猿さん」


 屈託ない笑顔を振りまくよしを女は温かい目で見ていた。としではあるが顔貌は整っており豊満で色香がある。その様子を離れたところから観察していたハンはそれなりに楽しそうにやっているよしを見てあんするような気分だった。


「お猿さん、明日からどうするの?」

「しばらくこの地にいることになりそうでござるからな。なにか適当な仕事を探すでござるよ」

「へえ、だったらあたしの家で働かない? 三食出すし、お給金も弾むわよ。それに……」


 女はダラリと舌を伸ばすとチョコバナナをゆっくりといんわいまわしはじめた。


「んんっ、寝所も、ちゅばちゅば、用意するわ、んちゅぶちゅう」


 食虫植物が獲物を誘うように色香を放出し、よしの情欲をからろうとする。しかし、


「ちょっと! 抜け駆けしないでよ、おばさん! よしさん困ってるじゃん!」


 勝気そうな少女が割り込んだ。そして、手に持ったチョコバナナをくわえると上目遣いでよしを見つめた。


「ちゅばちゅば……ねえ、よしさん……ジュボッ……この谷で一番最初にお客になったの……ジュルッ……私だよね?」

「ああ。ひいにしてくれてありがとうでござるよ」


 ニコッと人好きのする笑顔を作ってよしは少女の頭をでた。少女の頰は真っ赤に赤らみ、としの女は顔をらせた。さらに、


「え〜〜〜ん! よしく〜〜ん! せっかくもらったチョコバナナを落としちゃった〜〜」


 と、別の女が泣きついてきた。はだけた胸元から柔らかい二つのメロンが顔を見せている。


「ああ、それは残念だったでござるな。転んだりしたか? 大丈夫でござるか?」

「うん。平気。隙間に落としちゃっただけだから」


 と言って女はおもむろにメロンの谷に指を突っ込むと、チョコバナナをした。


「お胸が汚れてつらたん……でも手は汚さずに食べられるかな……チュボっ……ジュボ、ジュボボボっ! あぁん……よしさんの……おいひぃ……」


 メロンとメロンに挟まれたチョコバナナを唾液まみれにしながらしゃぶりつく女。

 女たちがチョコバナナを食べているだけの光景のはずなのに、彼女たちのよしを見つめる目は据わっており、みだらな空気であふれていた。よしも困った様子で視線を泳がせていると、隠れて見ていたハンと目が合った。


「ああ! よは──まひるどの! 待たせてすまん! 今日の商売はもうしまいでござる!」

「えっ、あの女だれ?」

「拙者のい人でござる! 姫さまに次ぐ天下第二の美人よ!」


 と、女装したハンを紹介するとよしたかっていた女たちは殺気を帯びた目でハンにらみつけた。謎の圧にハンは思わず顔を背ける。しかし、そのとした仕草ときわった美貌がカウンターパンチとなって女たちに敗北感をたたきつけた。すごすごと引き下がっていく彼女らを見送って、よしは大きなため息をついた。


ハン殿。いいところに来てくれたでござる」

「俺はとんでもないところを見せつけられたよ。なんなんだこの領地は」

「ただ男がいないだけでなく貞操観念が逆転してしまっているようでござるな。男の性欲を女が持ったらあんなもんでござるよ」

「じゃあ、あれは団子持ってきた茶屋の娘にちょっかいかけるやからみたいなものか……いや、でもさすがに食べ物であんな……」


 もんもんと考え込むハンよしはテキパキと店じまいしながら話しかける。


「まあ、事情を聞けばさもありなん、といったことでござったがな」

「仕事が早い」


 たった一日でよしは多くの情報を聞き出していた。敏腕と言われる所以ゆえんである。

 


「かつてのやに攻め込んできたは見えない爆弾を操る魔法を使っていたそうな。そのため『地雷女』と呼ばれておる。やつのやじようを占拠すると、まず最初に男たちをこののやから追い出した。いくら魔法で自衛していても寝首をかかれることを恐れたのだろう。女しかいない領地になったところで、地雷女はよその土地から男たちを呼び集めた。のやの女たちの評判に関わる話ゆえ、誰も語りたがらなかったが」

「なるほどな……見えてきたぞ。彼女らがアレほどまでに性に貪欲になってしまったのが」


 純情者のハンでもの支配下にある無力な女たちがどのような目に遭わされたかはやすく想像できる。地雷女が呼んだ男たちは目を覆わんばかりの乱行に及んだのだ、と。



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