歓喜する直虎。その直虎の肩を叩き、ブリュンヒルドは告げる。
「いいえ、大きな一歩目と二歩目です」
「えっ…………あっ!?」
直虎がじっくりと手のひらの髪を見直すと、一本の髪の毛は光に当てると黄金色に輝いた。
「はい、運んだ髪の中に私の髪が交じっていました。つまり、あなたはあなた自身以外のものも運ぶことができるということです。それをあなたの一部と認識さえしていれば」
「うおおおおおっ! 凄いぞっ! 見えるかお鶴! ブリュンヒルドの髪の毛だ!」
直虎は満面の笑顔でお鶴にブリュンヒルドの毛を見せつけた。
「お、お館さま! はしたのうございます! 着るか隠すかなさってください!」
直虎は髪の毛を運ぶことはできたが着物は運べていない。つまり、全裸ではしゃいでいる。夜半は顔を背けるしかなかった。だから、
「……素手では女しか殺せなかったが、武器さえ持たすことができれば」
誰かの発した不穏な独り言に気づかなかった。
稽古が終わった後、夜半とブリュンヒルドは屋敷に戻って一休みしていた。疲れ果てたブリュンヒルドは着物の帯革を緩めてだらしなく仰向けに寝転がっている。
「なんだかすごく疲れました……」
「魔法指南はぴったり相手に寄り添うからな。慣れないうちは緊張もするし疲労も激しい。とはいえ、お前はよくやったよ。俺が耳打ちしたことを伝えるだけとはいえ、それらしく喋り演じるのは誰にでもできるものじゃない」
寝転がったままブリュンヒルドはピースサインを掲げて笑う。
「フフッ。褒美をもらったら山分けですよ」
「ああ、お前の借金から差し引いてやる。お前に現金を渡すとすぐなくなりそうだしな」
「ええっ! いつの間に私がそんなお金にだらしない女だと思われて」
「出会って割とすぐだったかな!」
ひとしきり軽口を応酬した後、ブリュンヒルドはポツリと呟く。
「それにしても先生はすごいですね。二度、魔法を使うところを見ただけであっさりと解決の糸口を見つけられるし、指南の方法もわかりやすくて鮮やかで」
「なんだ? お前も指南してほしいのか?」
夜半はブリュンヒルドが本物の魔法を使うところを見たことがない。
ひと口に魔法と言っても多種多様であり、能力の強弱もある。丹羽長秀の下で働くハンナも夜半との出会いがなければ宝の持ち腐れになっていた可能性が高い。経緯はどうあれ、旅の仲間であるブリュンヒルドを鍛えることは有意義であり、もののついでで行えるためやらない理由はなかった。しかし、ブリュンヒルドは固辞した。
「結構ですよ。私の魔法はおいそれと見せられるものではないので」
「見せられないとな」
「ええ。私が魔法を使うと海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体が絶滅しますので」
「ほ──う。そりゃすごいな(ショボイ魔法を使う奴ほど大袈裟なこと言うんだよな……)」
「ん? 先生、今、私のことを侮りませんでした?」
「ソンナコトナイヨ……」
「もう! せっかく褒めてあげたのに! 先生の恩知らず! 純情者!」
純情でなにが悪い、と思わなくもなかったが、とりあえず謝ってあしらった。
魔法の詳細を秘匿するのは魔姫那の生存戦略のひとつ。特にブリュンヒルドのように大名家に属しているわけでもない野良魔姫那にとっては慎重になるべきことだろう、と出過ぎた真似をしたことを夜半は反省した。
「まったく……罰として日吉の様子を見に行ってきてください。あと、バナナを売り切ったらしばらく好きにしていいですよ、と伝えてあげてください」
「外に出るのはやぶさかじゃないが、日吉に冷たくないか? あんな忠臣なのに」
「忠臣だからこそ、適度な距離感が必要なんですよ。直虎さまのおかげで身の回りの世話をしてくれる人には困らないですしね」
と言って床の上をゴロゴロと転がるブリュンヒルドであった。
寂れた集落には似つかわしくない甘いバナナとチョコの香りがキッチンカーから漂っている。日吉はチョコバナナを客の一人一人に手渡しているところであった。
「お買い上げ、ありがとうでござる! おかげで完売できたでござるよ!」
「ウフフ、良かったわね、お猿さん」
屈託ない笑顔を振りまく日吉を女は温かい目で見ていた。年増ではあるが顔貌は整っており豊満で色香がある。その様子を離れたところから観察していた夜半はそれなりに楽しそうにやっている日吉を見て安堵するような気分だった。
「お猿さん、明日からどうするの?」
「しばらくこの地にいることになりそうでござるからな。なにか適当な仕事を探すでござるよ」
「へえ、だったらあたしの家で働かない? 三食出すし、お給金も弾むわよ。それに……」
女はダラリと舌を伸ばすとチョコバナナをゆっくりと淫猥に舐め回しはじめた。
「んんっ、寝所も、ちゅばちゅば、用意するわ、んちゅぶちゅう」
食虫植物が獲物を誘うように色香を放出し、日吉の情欲を搦め捕ろうとする。しかし、
「ちょっと! 抜け駆けしないでよ、おばさん! 日吉さん困ってるじゃん!」
勝気そうな少女が割り込んだ。そして、手に持ったチョコバナナを咥えると上目遣いで日吉を見つめた。
「ちゅばちゅば……ねえ、日吉さん……ジュボッ……この谷で一番最初にお客になったの……ジュルッ……私だよね?」
「ああ。贔屓にしてくれてありがとうでござるよ」
ニコッと人好きのする笑顔を作って日吉は少女の頭を撫でた。少女の頰は真っ赤に赤らみ、年増の女は顔を引き攣らせた。さらに、
「え〜〜〜ん! 日吉く〜〜ん! せっかくもらったチョコバナナを落としちゃった〜〜」
と、別の女が泣きついてきた。はだけた胸元から柔らかい二つのメロンが顔を見せている。
「ああ、それは残念だったでござるな。転んだりしたか? 大丈夫でござるか?」
「うん。平気。隙間に落としちゃっただけだから」
と言って女はおもむろにメロンの谷に指を突っ込むと、チョコバナナを引き摺り出した。
「お胸が汚れてつらたん……でも手は汚さずに食べられるかな……チュボっ……ジュボ、ジュボボボっ! あぁん……日吉さんの……おいひぃ……」
メロンとメロンに挟まれたチョコバナナを唾液まみれにしながらしゃぶりつく女。
女たちがチョコバナナを食べているだけの光景のはずなのに、彼女たちの日吉を見つめる目は据わっており、淫らな空気で溢れていた。日吉も困った様子で視線を泳がせていると、隠れて見ていた夜半と目が合った。
「ああ! よは──まひるどの! 待たせてすまん! 今日の商売はもうしまいでござる!」
「えっ、あの女だれ?」
「拙者の良い人でござる! 姫さまに次ぐ天下第二の美人よ!」
と、女装した夜半を紹介すると日吉に集っていた女たちは殺気を帯びた目で夜半を睨みつけた。謎の圧に夜半は思わず顔を背ける。しかし、その楚々とした仕草と際立った美貌がカウンターパンチとなって女たちに敗北感を叩きつけた。すごすごと引き下がっていく彼女らを見送って、日吉は大きなため息をついた。
「夜半殿。いいところに来てくれたでござる」
「俺はとんでもないところを見せつけられたよ。なんなんだこの領地は」
「ただ男がいないだけでなく貞操観念が逆転してしまっているようでござるな。男の性欲を女が持ったらあんなもんでござるよ」
「じゃあ、あれは団子持ってきた茶屋の娘にちょっかいかける輩みたいなものか……いや、でもさすがに食べ物であんな……」
悶々と考え込む夜半。日吉はテキパキと店じまいしながら話しかける。
「まあ、事情を聞けばさもありなん、といったことでござったがな」
「仕事が早い」
たった一日で日吉は多くの情報を聞き出していた。敏腕と言われる所以である。
「かつて井伊谷に攻め込んできた魔姫那は見えない爆弾を操る魔法を使っていたそうな。そのため『地雷女』と呼ばれておる。其奴は井伊谷城を占拠すると、まず最初に男たちをこの井伊谷から追い出した。いくら魔法で自衛していても寝首をかかれることを恐れたのだろう。女しかいない領地になったところで、地雷女はよその土地から男たちを呼び集めた。井伊谷の女たちの評判に関わる話ゆえ、誰も語りたがらなかったが」
「なるほどな……見えてきたぞ。彼女らがアレほどまでに性に貪欲になってしまったのが」
純情者の夜半でも魔姫那の支配下にある無力な女たちがどのような目に遭わされたかは容易く想像できる。地雷女が呼んだ男たちは目を覆わんばかりの乱行に及んだのだ、と。