「憐れな女たちよ。ならず者どもの慰み者にされてはおかしくなるのも仕方がない……」
「ん? 何を言っているのでござるか? 井伊谷の女たちは慰み者になどされておらんよ」
「え?」
「昨日、拙者が抱いた女も処女でござったし」
「えええええええええええっ!! 日吉、おまっ!?」
キョトンとした顔で答える日吉に夜半は腰を抜かしそうになった。
「ああ、地雷女が男を呼んだことで陵辱展開を想像したでござるか。広告で流れてくる露悪的な漫画の読み過ぎでござるよ」
「そっ……あんな言い方したら誰だって想像するだろ!」
「まあ、そうかもしれんが、事はもっとアレというか……」
口にするのも気が引けるのか、日吉は夜半の耳に近づいて小声で話す。
「地雷女の呼んだ男たちというのは接待酒場の惚主人……まあ要するに芸者の男版みたいなものでござる。拙者も少しやっていた時期があるが、そういう連中を連れて遊ぶのが一部の女の間で流行っているのでござるよ」
「待て。聞き捨てならない情報が交ざっていたぞ」
「若気の至りというやつでござるよ。まぁ、地雷女もその手の遊びが好きだったようで、井伊谷の地に惚主人どもを出張させ、酒を飲み、愛を交わす。それを見て羨ましがる井伊谷の女たちを肴にさらに酒を────と、そんなことが夜毎繰り返されたそうな」
「俺が思ってたのと……だいぶ違うな」
「井伊谷の女たちは自分たちが手をつけられたわけではないが、目の前で男女の営みを散々見せつけられたのだ。だんだんと欲求不満が高まってな。地雷女に直訴したらしい。『私たちにもヤらせろ!』と……」
「とんだ醜い直訴があったものだ」
「まったく、地雷女の思う壺でござるよ。当然、『お前らなんか畑のナスやきゅうりで遊んでな!』と笑って突っぱねられたらしい。女たちの不満は爆発し、どうにか地雷女を排除して、惚主人たちを我が物にしようと思い至った。そこで寺に入っていた直虎様を頼ったのでござる。直虎様は見事に魔姫那を討ち取り、井伊谷に平和が戻ったでござるが……」
「こ、今度は何が?」
「直虎様が惚主人たちを追い出されたのだ。まあ、あの方からすれば領地を荒らした一味であるし、置いておく理由はないのだが欲求不満の女たちはそうではない。ムラムラを解消するため、井伊谷に戻ってきた男たちを片っ端から襲ったのだ。性的な意味で」
「性的な意味でっっ!?」
「それで恐れをなした男たちは井伊谷とは距離を取り、井伊谷には欲求不満な女たちが取り残されているのでござる」
夜半が今まで見てきたものとは異なる、乱世が井伊谷にはあった。
「と、まあ今のところこれくらいの事情しかわかっておらんが」
「十分すぎるんだが……やはり、女装しておいて正解だったな」
「拙者も最初は驚いたが、事情がわかればこれはこれで……慎みが無い女は趣味ではないでござるが、遊びと考えればオツなものでござるよ」
心なしか日吉の肌がツヤツヤしているように夜半には見えた。
「ところで姫さまから何か伝言でござるか?」
「あ、ああ。バナナを売り切ったのなら好きにして良いとさ。まったく、忠義に厚い家来に対して冷たい仕打ちだよな」
日吉を憐れむつもりでそう言ったのだが、日吉は呵呵と笑った。
「拙者は働きすぎるところがあるので姫さまが気遣ってくれているでござるよ。仕事が終わったのなら遊んで英気を養え、と。いち家来のことを理解し、気配りも欠かさない姫さま……姫さまが国を治められた暁には、きっと日の本に千年王国をも実現してしまう……」
陶酔する日吉を眺めながら「もうどうでもいいや」と呆れる夜半。
「さて、明日からは別の物を売らねばな。拙者が男を使って商売できる土地なんて滅多にないし、売値を吊り上げてガッツリ稼いでおくでござる」
「本当にお前はよくできた家来だな……あのブリュンヒルドが借金こさえまくってもなんとかやっていけているのってお前のおかげだよ」
「おろろ……どうしたでござるか? いくら綺麗でも女装男は趣味でないでござるよ」
「口説き文句で褒めてるんじゃない! そういうところも主従そっくりだな!」
夜半の慌てぶりを見て、ケラケラと日吉は笑う。夜半の見立て通りである。
「さて、お褒めに与ったところでござるし、息抜きと仕事を一気にしてこようかの」
「息抜きと仕事を一気に?」
「左様。褥の上の女子は可愛らしく口がよく滑る。男勝りの性欲を持っているならなおさらでござろうな」
と、夜這いを仄めかす日吉に夜半は目を剝いた。
「おま……! 一応、今のお前は夜半の連れということで領内にいるんだからな!」
「心得ているでござる。そもそも、拙者は姫さまの家来。姫さまの御顔に泥を塗るような真似は致さん。ちゃんと乗り気の女を見繕って家に転がり込むでござるよ。では、御免!」
遊び慣れた男の余裕を醸し出しながら日吉は去っていった。
「……俺の目にはアイツがサルにしか見えないんだが……本当は小柄なイケメン侍なのかもしれないな。頰に十字傷がある感じの。おろろおろろ、ござるござるって言ってるし」
黄昏れて呟いた夜半の独り言は風に吹かれて消えていった。
わずか数日の修行によって直虎の【一寸発心】はめざましい成長を遂げていた。髪の毛から葉、葉から枝、枝から扇子。次第に大きなものを運べるようになってきた。しかし……
「また同じです。見てはなりませんよ」
ブリュンヒルドが夜半の目を手で押さえている。その前では裸の直虎があらかじめ置かれた襦袢を着直しているところだ。
「いろいろ手に持つことはできるようになられているのに、身につけているものは足袋一つ持っていけないとは不思議ですね。着物など意志の拡張がしやすいはずなのですが」
「毎度、見苦しい姿を晒して申し訳ない。今日はここまでだ」
魔法は体内の魔力を消費して発動する。魔力を使い切った直虎はもう今日は魔法が使えないので当主としての仕事に戻る。
「そういえば、今日お鶴ちゃん見かけませんね」
「ああ、そうだな。いつも直虎殿に付きっきりなのに」
二人きりになったので普通に会話ができるようになった。ブリュンヒルドはニマニマと嬉しそうな顔で夜半に尋ねる。
「私、気づいちゃったんですけど、多分お鶴ちゃんは直虎さまのこと好きだと思いますよ」
「ん? ああ、たしかに忠誠心が高そうだが」
「それはそうですけど、もっと深いところというか、時々、恋人を見つめるような目をしているんですよね。直虎さまの裸を見られるのもすごく嫌がるし」
ブリュンヒルドの推測に夜半も思い当たる節があった。お鶴は筆頭家老の名に相応しく、現在の井伊家の切り盛りを一人で行っていると日吉から聞いている。激務極まりないはずだが、魔法の指南には必ず付き添っていて、今日のように姿を見せないのは初めてのことだった。
「女同士か……まあ、男同士でも主君と家臣が懇ろになるようなことはあるからな」
「先生はそんな関係になったことあるんですか?」
ブリュンヒルドの問いに一瞬、信長の顔が過る夜半。彼はノンケだろうと構わず食っちまうタイプだったので、時々身の危険を感じることもあった。
「……ないよ。頑張って、守り切った」
「あら……すみません。過去の傷をほじくり返すようなことをしてしまって」
「いや、別にその方自身は嫌いではなかったよ。気まぐれで無茶ばかり押し付けてくるし、いつもナナメ上のことばかりしてくるものだから振り回されっぱなしだったけど……」
「要するに、先生は私のことが好きってことですね。知っていますよ」
「どうしてそうなる……まったく。俺は用を足して帰るから先に戻っていろ」
「女子廁で変なことしないでくださいね。先生を嫌いになりたくありませんので」
「するか! 草むらでするに決まってるだろ!」
言わなくてもいいことを口走りながら夜半はその場を離れた。
城の裏手の人気のない場所を選んで、夜半は蹲り、小袖の裾をたくし上げた。
「やれやれ、女装をしていると一番困ることだな。さっさと済ませ……ん?」
人の気配が近づいてくる。草むらに隠れているので見つからないとは思いながらも夜半は息を殺した。
「ボクも忙しいんだ。あまり頻繁に来ないでくれ」
と、聞こえてきた声はお鶴のものであった。