織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑦

あわれな女たちよ。ならず者どもの慰み者にされてはおかしくなるのも仕方がない……」

「ん? 何を言っているのでござるか? のやの女たちは慰み者になどされておらんよ」

「え?」

「昨日、拙者が抱いた女も処女でござったし」

「えええええええええええっ!! よし、おまっ!?」


 キョトンとした顔で答えるよしハンは腰を抜かしそうになった。


「ああ、地雷女が男を呼んだことでりようじよくてんかいを想像したでござるか。広告で流れてくる露悪的な漫画の読み過ぎでござるよ」

「そっ……あんな言い方したら誰だって想像するだろ!」

「まあ、そうかもしれんが、事はもっとアレというか……」


 口にするのも気が引けるのか、よしハンの耳に近づいて小声で話す。


「地雷女の呼んだ男たちというのは接待酒場ホストクラブ……まあ要するに芸者の男版みたいなものでござる。拙者も少しやっていた時期があるが、そういう連中を連れて遊ぶのが一部の女の間でっているのでござるよ」

「待て。聞き捨てならない情報が交ざっていたぞ」

「若気の至りというやつでござるよ。まぁ、地雷女もその手の遊びが好きだったようで、のやの地にどもを出張させ、酒を飲み、愛を交わす。それを見て羨ましがるのやの女たちをさかなにさらに酒を────と、そんなことがごと繰り返されたそうな」

「俺が思ってたのと……だいぶ違うな」

のやの女たちは自分たちが手をつけられたわけではないが、目の前で男女の営みを散々見せつけられたのだ。だんだんと欲求不満が高まってな。地雷女に直訴したらしい。『私たちにもヤらせろ!』と……」

「とんだ醜い直訴があったものだ」

「まったく、地雷女の思うつぼでござるよ。当然、『お前らなんか畑のナスやきゅうりで遊んでな!』と笑って突っぱねられたらしい。女たちの不満は爆発し、どうにか地雷女を排除して、たちを我が物にしようと思い至った。そこで寺に入っていたなおとら様を頼ったのでござる。なおとら様は見事にを討ち取り、のやに平和が戻ったでござるが……」

「こ、今度は何が?」

なおとら様がたちを追い出されたのだ。まあ、あの方からすれば領地を荒らした一味であるし、置いておく理由はないのだが欲求不満の女たちはそうではない。ムラムラを解消するため、のやに戻ってきた男たちを片っ端から襲ったのだ。性的な意味で」

「性的な意味でっっ!?」

「それで恐れをなした男たちはのやとは距離を取り、のやには欲求不満な女たちが取り残されているのでござる」


 ハンが今まで見てきたものとは異なる、乱世がのやにはあった。


「と、まあ今のところこれくらいの事情しかわかっておらんが」

「十分すぎるんだが……やはり、女装しておいて正解だったな」

「拙者も最初は驚いたが、事情がわかればこれはこれで……慎みが無い女は趣味ではないでござるが、遊びと考えればオツなものでござるよ」


 心なしかよしの肌がツヤツヤしているようにハンには見えた。


「ところで姫さまから何か伝言でござるか?」

「あ、ああ。バナナを売り切ったのなら好きにしていとさ。まったく、忠義に厚い家来に対して冷たい仕打ちだよな」


 よしあわれむつもりでそう言ったのだが、よしと笑った。


「拙者は働きすぎるところがあるので姫さまが気遣ってくれているでござるよ。仕事が終わったのなら遊んで英気を養え、と。いち家来のことを理解し、気配りも欠かさない姫さま……姫さまが国を治められた暁には、きっともとに千年王国をも実現してしまう……」


 陶酔するよしを眺めながら「もうどうでもいいや」とあきれるハン


「さて、明日からは別の物を売らねばな。拙者が男を使って商売できる土地なんて滅多にないし、売値をげてガッツリ稼いでおくでござる」

「本当にお前はよくできた家来だな……あのブリュンヒルドが借金こさえまくってもなんとかやっていけているのってお前のおかげだよ」

「おろろ……どうしたでござるか? いくられいでも女装男は趣味でないでござるよ」

「口説き文句で褒めてるんじゃない! そういうところも主従そっくりだな!」


 ハンの慌てぶりを見て、ケラケラとよしは笑う。ハンの見立て通りである。


「さて、お褒めにあずかったところでござるし、息抜きと仕事を一気にしてこようかの」

「息抜きと仕事を一気に?」

「左様。しとねの上のおなわいらしく口がよく滑る。男勝りの性欲を持っているならなおさらでござろうな」


 と、いをほのめかすよしハンは目をいた。


「おま……! 一応、今のお前はハンの連れということで領内にいるんだからな!」

「心得ているでござる。そもそも、拙者は姫さまの家来。姫さまのかおに泥を塗るようなは致さん。ちゃんと乗り気の女を見繕って家に転がり込むでござるよ。では、御免!」


 遊び慣れた男の余裕をかもしながらよしは去っていった。


「……俺の目にはアイツがサルにしか見えないんだが……本当は小柄なイケメン侍なのかもしれないな。頰に十字傷がある感じの。おろろおろろ、ござるござるって言ってるし」


 黄昏たそがれてつぶやいたハンの独り言は風に吹かれて消えていった。


 わずか数日の修行によってなおとらの【一寸発心センチメンタル】はめざましい成長を遂げていた。髪の毛から葉、葉から枝、枝から扇子。次第に大きなものを運べるようになってきた。しかし……


「また同じです。見てはなりませんよ」


 ブリュンヒルドがハンの目を手で押さえている。その前では裸のなおとらがあらかじめ置かれたじゆばんを着直しているところだ。


「いろいろ手に持つことはできるようになられているのに、身につけているものは一つ持っていけないとは不思議ですね。着物など意志の拡張がしやすいはずなのですが」

「毎度、見苦しい姿をさらして申し訳ない。今日はここまでだ」


 魔法は体内の魔力を消費して発動する。魔力を使い切ったなおとらはもう今日は魔法が使えないので当主としての仕事に戻る。

 


「そういえば、今日おつるちゃん見かけませんね」

「ああ、そうだな。いつもなおとら殿に付きっきりなのに」


 二人きりになったので普通に会話ができるようになった。ブリュンヒルドはニマニマとうれしそうな顔でハンに尋ねる。


「私、気づいちゃったんですけど、多分おつるちゃんはなおとらさまのこと好きだと思いますよ」

「ん? ああ、たしかに忠誠心が高そうだが」

「それはそうですけど、もっと深いところというか、時々、恋人を見つめるような目をしているんですよね。なおとらさまの裸を見られるのもすごく嫌がるし」


 ブリュンヒルドの推測にハンも思い当たる節があった。おつるは筆頭家老の名に相応ふさわしく、現在の家の切り盛りを一人で行っているとよしから聞いている。激務極まりないはずだが、魔法の指南には必ず付き添っていて、今日のように姿を見せないのは初めてのことだった。


「女同士か……まあ、男同士でも主君と家臣がねんごろになるようなことはあるからな」

「先生はそんな関係になったことあるんですか?」


 ブリュンヒルドの問いに一瞬、のぶながの顔がよぎハン。彼はノンケだろうと構わず食っちまうタイプだったので、時々身の危険を感じることもあった。


「……ないよ。頑張って、守り切った」

「あら……すみません。過去の傷をほじくり返すようなことをしてしまって」

「いや、別にその方自身は嫌いではなかったよ。気まぐれで無茶ばかり押し付けてくるし、いつもナナメ上のことばかりしてくるものだから振り回されっぱなしだったけど……」

「要するに、先生は私のことが好きってことですね。知っていますよ」

「どうしてそうなる……まったく。俺は用を足して帰るから先に戻っていろ」

じよかわやで変なことしないでくださいね。先生を嫌いになりたくありませんので」

「するか! 草むらでするに決まってるだろ!」


 言わなくてもいいことを口走りながらハンはその場を離れた。

 

 城の裏手の人気のない場所を選んで、ハンうずくまり、小袖の裾をたくし上げた。


「やれやれ、女装をしていると一番困ることだな。さっさと済ませ……ん?」


 人の気配が近づいてくる。草むらに隠れているので見つからないとは思いながらもハンは息を殺した。


「ボクも忙しいんだ。あまり頻繁に来ないでくれ」


 と、聞こえてきた声はおつるのものであった。



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