「こちらも仕事だからな。まったく、姫武将の部下なんてやるもんじゃねえ。お前はよくやっていられるな」
返す声は男のものであった。草むらからこっそり頭を出して確認すると、武士と思われる屈強な男とお鶴が向かい合って話をしている。男子禁制のようなこの地で、しかも身を隠すようにして話していることに不穏なものを感じた夜半は盗み聞きを続けた。
「で……直虎はどうだ? 説得できたか?」
「あと少し、というところだ。すべての準備が整ってから今川の大殿に献上する。だから、奴が魔姫那だということはまだ黙っておいてくれ」
今川の名前。直虎が魔姫那であるという秘密。どう解釈しても黒だった。
「まったく、我が殿ながらあの魔姫那好きには困ったものよ。もっとも、あのスケベなカラダを見れば魔姫那嫌いの俺でもモノにしたいと思ってしまうがな」
「お館さまをゲスな目で見るのはやめろ!」
お鶴は声を絞りながらも怒りを露わにした。しかし、相手の男は恐れも遠慮もしない。
「へっ。こんな女しかいない城で禁欲できているお前のような堅物の方がおかしいんだ。いっそ俺に直虎を一晩預けてみな。何でも言うこと聞くようにしてやるぜ」
下卑た物言いに夜半は辟易とした。業腹ではあるが家中の問題に首を突っ込むほど夜半はお節介でも身の程知らずでもない。用は足したし、さっさと立ち去ろうとしたが、
「おい……臭うぞ」
「あん? 狸が糞でもしたんじゃないのか?」
「いや……違う! これは!」
お鶴は弾かれたように振り返って駆け出し、夜半のいる草むらを探り当てた。
「おい! 貴様……って、まひる殿! こんなところでナニを……」
夜半の下に転がるものを目にしてお鶴は文字通り汚物を見るような眼を向けた。
「……ブリュンヒルドよりはまともだと思っていたのに……こんなところで野糞など」
「ま、待て! 説明が難しいんだが、事情があって……うわっ!」
突然、後ろから男に羽交い締めにされ、夜半は身動きが取れなくなってしまう。
「うひょお! これは随分別嬪なネズミがいたもんだ!」
「待て! この者は客人で」
「馬鹿野郎! テメエがこそこそ暗躍しているのを聞かれちまったんだぜ? 始末しねえと俺もお前もタダじゃ済まねえだろうが!」
男がそう言うとお鶴は悔しげに口をつぐんだ。
「へへっ……見れば見るほどいい女だ。殺す前に一発楽しませてもらおうか」
男は手早く夜半の手首を縛ると、小袖の襟を開いた。
ゴロン、とよく熟れた桃が地面に転がり、男とお鶴は顔を見合わせた。
「おっ、男じゃねえか!?」
「これはどういうことだ!? まひる殿!?」
大便をしているところは見られるし、拘束されて身動きは取れないし、男だということはバレるしで夜半はやけ気味に言い放つ。
「そうだよ。俺が本物の魔法指南役の夜半。あの娘は助手だ。どうにもこの地は男には居心地が悪かったのでな。謀らせてもらった」
「ああ……道理で。たしかに納得はいく」
「感心している場合かよ! チッ! 男じゃ俺は楽しめねえじゃねえか」
がっかりした様子の男だったが、不意にひらめいたらしく、夜半の小袖の裾をたくし上げて、お鶴に命令する。
「俺の代わりにお前がこの男を犯せ」
「は? なんでボクが?」
「お前はどうにも信用できねえ。ここいらで忠誠心ってのを見せてみろ。俺の命令に背くということは今川に背くということだ」
無茶苦茶な理屈を振りかざす男だったが、「是非もなし」とお鶴は夜半の前に立つ。
「待て待て待て! 俺はさっきのことを言いふらしたりしない! だから勘弁してくれ!」
読者諸兄はお気づきかもしれないが、夜半は童貞である。恵まれた容姿をしているものの、女嫌いの性格と間の悪さが相まって二〇代半ばのこの歳まで、ついぞその機会は訪れなかったのである。故に不本意な形で卒業してしまうことは避けたかった。
「すまない。夜半殿。冥土の土産に受け取ってくれ」
申し訳なさそうな顔をするお鶴。夜半の好みではないが、童顔の可愛らしい顔つきをしている。自分に犯されることが土産になると思うあたり自信が過ぎるというものだが、時間を稼げば場が好転するかもしれないと思い、夜半は腹を括った。
「でも……夜半殿は綺麗だからね、その辺の女よりも。あまり乗り気でなかったけど、ボクの愚息もすでにいきり立っているよ」
(くっ………………グソク?)
お鶴が帯を解き、着物の前をはだける……股座には夜半と同じものがついていた。
「グハァッ! はあああああああああああぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!?」
井伊谷城中に響き渡るような大きな叫び声が夜半の口から発された。幼い少女のような顔と体型をしたお鶴には似つかわしくない立派な長槍が構えられていた。
「なっ! なんなんだよ! なんで女の格好しているんだ!? 変態なのか!?」
「……そっくりそのまま夜半殿にお返し致すよ。さあ、お覚悟なされ」
「いっ嫌だアアアアアアアッ!! 童貞の前に処女を失うなんてぇっ! 誰か助けてえええええええええっっ!!」
お鶴の正体に気づく前とは明らかに違う取り乱し方をする夜半。しかし、男に押さえつけられ身動きは取れず、ひっくり返ったカエルのように股を広げられてしまう。
「これもお館さまのため! ええい、ままよっ!」
お鶴の長槍が夜半の裏門に突き刺さろうとした────その時だった。
「先生ぇ─────っ! ご無事ですかっ!!」
「お鶴! 助手殿にナニを───────あ」
夜半の悲鳴を聞きつけて、ブリュンヒルドと直虎が現れた。
二人の乙女の眼前では見目麗しい女装男たちが半裸で手脚を絡ませている。
「…………え、っと……せ、先生、その、おめでとう? ございます?」
「めでたいわけあるか!? てかギリギリセーフだ! 綺麗なカラダのままだ!」
「鶴っ! これはいったい?」
直虎がそう問おうとして、見慣れない男が一人いることに気づく。男は「マズイ!」と口走り逃げ去ろうとしたが、
「逃がすものか!」
思いがけない素早さでお鶴は脇差を抜き、搔き開くようにして男の喉を切り裂き殺した。
返り血を浴びたお鶴はサッとその場に跪いた。余計な描写ではあるが、彼の前には夜半からこぼれ出た桃の実とひねり出された物体が転がっていることを書き添えておく。
「お館さま。この者たちは我々を謀っておりました。そこにいるブリュンヒルドは魔法指南役の夜半にあらず! まひると称したこの者が夜半であるとのこと!」
ブリュンヒルドは「あちゃー」といった様子で顔を手で覆い、夜半も項垂れた。
だが、とりあえず貞操と命の危機が去ったことに安堵していたのだが、
「加えて! 此奴らは今川の密偵を手引きしておりました! 直ちに捕らえましょう!」
と、お鶴が罪をなすりつけてきたことで再び貞操と命の危機に陥ったのだった。
井伊谷城の広間にて、緊急の評定が開かれていた。議題は勿論、夜半とブリュンヒルドの処遇についてである。
「男であることを偽って井伊谷に忍び込むなど言語道断! 犯しましょう!」
「やっちゃいましょうよ〜派手にズブリと!」
「あらら……可哀想だけど、男じゃ仕方ないわね」
「男はすべて犯す……例外はない」
「考えるまでもない! お館さま! 私にヤらせてください!」
我先に、と井伊家の柱たる家臣が騒いでいる。屈強な男であっても震え上がりそうな彼女たちの圧力に負けず、ブリュンヒルドは堂々と反論する。
「待ってください! たしかに先生は女装していましたし、その姿はここにいる皆様より美しく嫉妬心を抱かせるものではありましたが、それは先生が悪いわけではなく、男性のいない環境に甘えて化粧や日頃のお手入れが雑になった皆様のせいです! まあ、元の素地も先生より落ちるとは思いますが……どうか許してあげてください!」
「もがもがも────っ!(お前、俺を殺したいんだろ!? 絶対そうだろ!?)」
夜半は猿轡をされて発言を禁じられており、ブリュンヒルドが代わりに弁明しているのだが地雷原の上で神楽を舞っているような危うさ。突きつけられる性欲の刃に夜半は生きた心地がしなかった。