「皆の衆、落ち着かれよ。ここは筆頭家老であるボクが一番槍を」
「ちょっと待ったアアアアアアアッ! なにしれっと女側に交じっているんですか!? 先生を慰み者にする前にこの人をどうにかすべきと思いません?」
ブリュンヒルドはお鶴を指差した。しかし、家臣団は皆、目を逸らしブリュンヒルドの発言を無視した。直虎はため息交じりに言葉を発する。
「ブリュンヒルドよ。男であることを偽っていただけならばまだ良かったが、今川の密偵を手引きするために潜り込んだのなら見過ごせん。奴らは女しかいないことを良いことに井伊谷を乗っ取ろうとしている。お前も師に唆されたのではないか?」
「先生はそんなことしません! 直虎さまだって、先生に指導されて喜んでいたじゃないですか! そもそも、領民が無差別に男性を襲ったりするから、先生も女装しなきゃいけなかったわけで、全部直虎さまの失策ですよ!」
「うぐっ……」
直虎が救いを求めるようにお鶴に視線をやるとお鶴はすかさず助けに入った。
「悪いが、話はそういう段階ではない。夜半殿には井伊のお家事情を深いところまで知られている。こうなってはもうこちら側に取り込むしかない。体を交じらわせるのも家臣団の結束を強めるために必要なことだ」
「そうだそうだ! 御家のため! 御家のためだ!」
「決して自分のためにあらず!」
「仲間になるために必要なコトなの!」
下卑た笑みを浮かべる井伊家家臣団。ブリュンヒルドも思わず声を荒らげた。
「絶対ウソじゃないですか───! こんなのにまともに付き合うくらいお人よしだから男性も帰ってこないし、婚約者を寝取られたりするんですよ! 少しは改めてください!」
瞬間、場が凍りついた。全力で直虎の地雷を踏み抜いたことにお鶴ですら驚愕のあまり目と口を開けて固まっている。さしものブリュンヒルドも言いすぎた、と察した。
「あのー……ちょっと待ってください。私の本意はそこではありません。強い言葉を使ってしまいましたが、私が言いたいのはですねえ」
「斬れ。ここを汚しても良い」
直虎が冷たく言い放った瞬間、殺気が一斉にブリュンヒルドに向けられた。
「あわわ……先生! どうしましょう」
「……もぐ、(終わったな……まさか、こんな最期を迎えるなんて)」
夜半が諦めるくらいには絶体絶命が極まった、その瞬間だった。
「姫さまっ! もはやこれまで! 魔法をお使いなされ!」
ガタン、と天井の板が外されて日吉が顔を出した。驚く家臣団をよそに、
「…………あ、そっか」
打開策を思いついたブリュンヒルドは勝ち誇ったように笑った。
「アハハハハハ! そうでした! 別に我慢する必要なかったですね! そっちがその気ならこっちも魔法を使えばいいんですし!」
「っ! 【一寸発心】!」
ブリュンヒルドの豹変に危機感を抱いた直虎はすかさず瞬間移動し、口を塞ごうとした。が、その手首はガッチリと摑まれ動かせなかった。
「指南中に何度見せてもらったと思ってるんですか! 魔法名を言うところを聞き逃さなければ捕まえられますよ。私の耳と運動神経を舐めないでくださいな!」
ブリュンヒルドの指摘どおり、【一寸発心】は種さえわかっていれば不可避の必殺技というほどではない。真正面から使えば尚更。とはいえ、鍛えられた女武者の奇襲をしのぐことができるのはブリュンヒルドの並外れたカンの良さと身体能力によるものである。
「このままみんな私の魔法の餌食にして差し上げても良いのですが、無駄な殺生は先生に禁じられていますからね! どうしようかしら〜〜〜? あ〜〜〜〜先生の口が封じられているせいで止められる心配もないですかね〜〜〜〜!」
ブリュンヒルドは家臣団一人一人に釘を刺すように視線を移していく。そして、筆頭家老のお鶴のところで止まった。
「先生を解放してください。そして、私たちを無事に井伊谷から出してください」
「……ダメだ。ここで逃がせば後が怖い。当家の事情を今川に売り渡すなりすれば、褒美をもらい、労せず報復することもできるだろうからな」
「私も先生もそういうタイプじゃないんですけどね……う───ん、じゃあこうしましょう。井伊家の皆さんが私の家来になるんです。私は家来を守るためなら頑張るタイプですよ。先生にだって余計な手出しさせません! ねっ、日吉!」
「はは───っ! 姫さまのご加護は大日如来よりも強く、弥勒菩薩よりも慈しい。でなければ、誰しも嫌がるサルもどきをお側に置きなさるか」
「日吉。自虐はダメですよ。腹筋一〇〇回」
「はは───っ! ありがたき幸せ!」
この場で腹筋を始める日吉を横目に、家臣団はブリュンヒルドの言葉を咀嚼していた。二人を解放しなかったり、害そうとしたりすれば容赦なく魔法を放ち皆殺しにされる。逆に、ブリュンヒルドの傘下に入れば、夜半の口止めをしてもらえる。
夜半の断罪のための評定がいつの間にかブリュンヒルドが主導権を握っており、井伊家の命運がかかった事態へと変貌していた。家臣団は縋るような目で筆頭家老のお鶴に視線を注ぐ。頼りない味方に苛つきながら、お鶴は一手を放つ。
「貴様の家来になる。それで井伊家が救われるなら安いものだ」
お鶴の言葉に直虎と家臣団は驚愕と拒絶の反応を示す。しかし、
「ただし! 条件がある! 何もせずに軍門に降っては武家の名折れ! 魔姫那が魔姫那に約定を吞ませるからには作法というものがあるだろう?」
と、言葉を続けブリュンヒルドに問うた。少しの間を置いてブリュンヒルドは思い至る。
「わかりました! だったら魔擬合です! あなたたちが勝ったら先生を好きにしてください! 私が勝ったらあなたたちには家来になっていただきます!」
「あいわかった! 皆の衆! 魔擬合に勝てば、夜半殿はみんなのものだ! 壊れないように丁寧に遊べよ!」
当主直々の「遊んでよい」宣言に家臣団は沸き立った。
「「「然り! 然り! 然り! 夜半殿はみんなのもの!」」」
「おいおいおいおい早くも涙目ですか? 夜半殿っ? ウチらが勝ったら毎晩泣かせてあげますけどねえ!」
「あたいは〜泣かせてもらいたいかなあ〜。その京女みたいに綺麗なお顔の下にどんな暴れん坊飼ってるのかなあ〜〜」
「キャハハハ! 夜半殿の童貞も処女もいただきまぁああすぅ〜〜〜!」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! グエッグエッ!」
盛りのついたケダモノたちを前にブリュンヒルドは毅然と立ち向かう。しかし、ケダモノたちの目は絶世の美少女の背後に隠れる青年に向けられている。
(……勝たねば)
夜半は静かに必勝を期した。
魔擬合の決行は翌日と決まり、一旦夜半は解放され屋敷に帰された。毒を盛られぬようブリュンヒルドは自ら炊いた米でおにぎりを握り、夜半に手渡す。
「自由になれてよかったですね。私のおかげですよ。大きな貸しができちゃいましたねえ」
なお、屋敷の周囲はもちろん、屋根裏や床下にも井伊家の間者たちでいっぱいである。夜半たちが逃げないよう見張るだけでなく、魔擬合における作戦も盗み聞きしようとしている。
「……色々ツッコミどころは満載だが、まあ、おかげで寿命が一晩伸びた。良しとしよう」
「フフ〜〜〜ン。もっと素直に感謝してくれてもいいんですよ。ありがとうございましゅ〜〜、聡明なるブリュンヒルドさまぁ〜〜、って」
事実、ブリュンヒルドが上手く立ち回らなければ慰み者一直線、そもそもお鶴に思う存分掘られていたわけで夜半は身の毛のよだつ思いだった。
「ずっとこういうシチュエーションが来たらやってやろうと思っていたんですよ。まあ、私の大魔法にかかれば! こんな谷、あっという間に火の海にできちゃうんですけどね!」
隠れ聞いている井伊家の者たちに聞こえるよう声を張るブリュンヒルド。それが虚勢であることを夜半は見抜いていた。
「できれば、明日のことを相談したいのだが……こうも筒抜けではな」
「大丈夫ですよ。私たちなら本番前に舞台袖で目も合わせず『アレでいこうぜ』『おう』って意思疎通するくらいで」
「そんなベテラン漫才師みたいなことできるか。そもそもちゃんと魔擬合の説明すらしたことなかったろ」
「あ、じゃあ講義してくださいよ。それだったら聞かれても大丈夫でしょう」