織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑨

「皆の衆、落ち着かれよ。ここは筆頭家老であるボクがいちばんやりを」

「ちょっと待ったアアアアアアアッ! なにしれっと女側に交じっているんですか!? 先生を慰み者にする前にこの人をどうにかすべきと思いません?」


 ブリュンヒルドはおつるを指差した。しかし、家臣団は皆、目をらしブリュンヒルドの発言を無視した。なおとらはため息交じりに言葉を発する。


「ブリュンヒルドよ。男であることを偽っていただけならばまだ良かったが、いまがわの密偵を手引きするために潜り込んだのなら見過ごせん。やつらは女しかいないことをいことにのやを乗っ取ろうとしている。お前も師にそそのかされたのではないか?」

「先生はそんなことしません! なおとらさまだって、先生に指導されて喜んでいたじゃないですか! そもそも、領民が無差別に男性を襲ったりするから、先生も女装しなきゃいけなかったわけで、全部なおとらさまの失策ですよ!」

「うぐっ……」


 なおとらが救いを求めるようにおつるに視線をやるとおつるはすかさず助けに入った。


「悪いが、話はそういう段階ではない。ハン殿にはのお家事情を深いところまで知られている。こうなってはもうこちら側に取り込むしかない。体を交じらわせるのも家臣団の結束を強めるために必要なことだ」

「そうだそうだ! いえのため! いえのためだ!」

「決して自分のためにあらず!」

「仲間になるために必要なコトなの!」


 下卑た笑みを浮かべる家家臣団。ブリュンヒルドも思わず声を荒らげた。


「絶対ウソじゃないですか───! こんなのにまともに付き合うくらいお人よしだから男性も帰ってこないし、婚約者を寝取られたりするんですよ! 少しは改めてください!」


 瞬間、場が凍りついた。全力でなおとらの地雷を踏み抜いたことにおつるですらきようがくのあまり目と口を開けて固まっている。さしものブリュンヒルドも言いすぎた、と察した。


「あのー……ちょっと待ってください。私の本意はそこではありません。強い言葉を使ってしまいましたが、私が言いたいのはですねえ」

「斬れ。ここを汚しても良い」


 なおとらが冷たく言い放った瞬間、殺気が一斉にブリュンヒルドに向けられた。


「あわわ……先生! どうしましょう」

「……もぐ、(終わったな……まさか、こんなさいを迎えるなんて)」


 ハンが諦めるくらいには絶体絶命が極まった、その瞬間だった。


「姫さまっ! もはやこれまで! 魔法をお使いなされ!」


 ガタン、と天井の板が外されてよしが顔を出した。驚く家臣団をよそに、


「…………あ、そっか」


 打開策を思いついたブリュンヒルドは勝ち誇ったように笑った。


「アハハハハハ! そうでした! 別に我慢する必要なかったですね! そっちがその気ならこっちも魔法を使えばいいんですし!」

「っ! 【一寸発心センチメンタル】!」


 ブリュンヒルドのひようへんに危機感を抱いたなおとらはすかさず瞬間移動し、口を塞ごうとした。が、その手首はガッチリとつかまれ動かせなかった。


「指南中に何度見せてもらったと思ってるんですか! 魔法名を言うところを聞き逃さなければ捕まえられますよ。私の耳と運動神経をめないでくださいな!」


 ブリュンヒルドの指摘どおり、【一寸発心センチメンタル】は種さえわかっていれば不可避の必殺技というほどではない。真正面から使えばなおさら。とはいえ、鍛えられた女武者の奇襲をしのぐことができるのはブリュンヒルドの並外れたカンの良さと身体能力によるものである。


「このままみんな私の魔法のじきにして差し上げてもいのですが、無駄なせつしようは先生に禁じられていますからね! どうしようかしら〜〜〜? あ〜〜〜〜先生の口が封じられているせいで止められる心配もないですかね〜〜〜〜!」


 ブリュンヒルドは家臣団一人一人にくぎを刺すように視線を移していく。そして、筆頭家老のおつるのところで止まった。


「先生を解放してください。そして、私たちを無事にのやから出してください」

「……ダメだ。ここで逃がせば後が怖い。当家の事情をいまがわに売り渡すなりすれば、ほうをもらい、労せず報復することもできるだろうからな」

「私も先生もそういうタイプじゃないんですけどね……う───ん、じゃあこうしましょう。家の皆さんが私の家来になるんです。私は家来を守るためなら頑張るタイプですよ。先生にだって余計な手出しさせません! ねっ、よし!」

「はは───っ! 姫さまのご加護はだいにちによらいよりも強く、ろくさつよりもやさしい。でなければ、誰しも嫌がるサルもどきをおそばに置きなさるか」

よし。自虐はダメですよ。腹筋一〇〇回」

「はは───っ! ありがたき幸せ!」


 この場で腹筋を始めるよしを横目に、家臣団はブリュンヒルドの言葉をしやくしていた。二人を解放しなかったり、害そうとしたりすれば容赦なく魔法を放ち皆殺しにされる。逆に、ブリュンヒルドのさんに入れば、ハンの口止めをしてもらえる。

 ハンの断罪のための評定がいつの間にかブリュンヒルドが主導権を握っており、家の命運がかかった事態へと変貌していた。家臣団はすがるような目で筆頭家老のおつるに視線を注ぐ。頼りない味方にいらつきながら、おつるは一手を放つ。


「貴様の家来になる。それで家が救われるなら安いものだ」


 おつるの言葉になおとらと家臣団はきようがくと拒絶の反応を示す。しかし、


「ただし! 条件がある! 何もせずに軍門にくだっては武家の名折れ! に約定をませるからには作法というものがあるだろう?」


 と、言葉を続けブリュンヒルドに問うた。少しの間を置いてブリュンヒルドは思い至る。


「わかりました! だったらです! あなたたちが勝ったら先生を好きにしてください! 私が勝ったらあなたたちには家来になっていただきます!」

「あいわかった! 皆の衆! に勝てば、ハン殿はみんなのものだ! 壊れないように丁寧に遊べよ!」


 当主直々の「遊んでよい」宣言に家臣団は沸き立った。


「「「しかり! しかり! しかり! ハン殿はみんなのもの!」」」

「おいおいおいおい早くも涙目ですか? ハン殿っ? ウチらが勝ったら毎晩泣かせてあげますけどねえ!」

「あたいは〜泣かせてもらいたいかなあ〜。そのきようおんなみたいにれいなお顔の下にどんな暴れん坊飼ってるのかなあ〜〜」

「キャハハハ! ハン殿の童貞も処女もいただきまぁああすぅ〜〜〜!」

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! グエッグエッ!」


 盛りのついたケダモノたちを前にブリュンヒルドはぜんと立ち向かう。しかし、ケダモノたちの目は絶世の美少女の背後に隠れる青年に向けられている。


(……勝たねば)


 ハンは静かに必勝を期した。


 の決行は翌日と決まり、一旦ハンは解放されしきに帰された。毒を盛られぬようブリュンヒルドは自ら炊いた米でおにぎりを握り、ハンに手渡す。


「自由になれてよかったですね。私のおかげですよ。大きな貸しができちゃいましたねえ」


 なお、しきの周囲はもちろん、屋根裏や床下にも家の間者たちでいっぱいである。ハンたちが逃げないよう見張るだけでなく、における作戦も盗み聞きしようとしている。


「……色々ツッコミどころは満載だが、まあ、おかげで寿命が一晩伸びた。良しとしよう」

「フフ〜〜〜ン。もっと素直に感謝してくれてもいいんですよ。ありがとうございましゅ〜〜、そうめいなるブリュンヒルドさまぁ〜〜、って」


 事実、ブリュンヒルドがく立ち回らなければ慰み者一直線、そもそもおつるに思う存分掘られていたわけでハンは身の毛のよだつ思いだった。


「ずっとこういうシチュエーションが来たらやってやろうと思っていたんですよ。まあ、私の大魔法にかかれば! こんな谷、あっという間に火の海にできちゃうんですけどね!」


 隠れ聞いている家の者たちに聞こえるよう声を張るブリュンヒルド。それが虚勢であることをハンは見抜いていた。


「できれば、明日のことを相談したいのだが……こうも筒抜けではな」

「大丈夫ですよ。私たちなら本番前に舞台袖で目も合わせず『アレでいこうぜ』『おう』って意思疎通するくらいで」

「そんなベテラン漫才師みたいなことできるか。そもそもちゃんとの説明すらしたことなかったろ」

「あ、じゃあ講義してくださいよ。それだったら聞かれても大丈夫でしょう」



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